モダン・ラグジュアリーの解放:COACH HOUSE

ロンドンのリージェント・ストリートに生まれたCOACH路面店は、クリエイティブ・ディレクターのスチュアート・ヴィヴァースがコンテンポラリーに解釈した新たなラグジュアリーの形を体現している。デザイナー本人に話を訊いた。

by Anders Christian Madsen
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14 December 2016, 8:05am

ロンドンはリージェント・ストリートとファウバーツ・プレイスの角にオープンしたCOACHの路面店。スチュアート・ヴィヴァースはこの「COACH HOUSE」を作り上げるのに9ヶ月を費やした。「大きな子どもといったところかな」と、9ヶ月間を回想しながらヴィヴァースは話す。「大きな子どもをリージェント・ストリートに生み落としたようなもんだ」。この日、ヴィヴァースが厳選した家具がそこここに置かれた店内を彼自身が案内してくれた。クリエイティブ・ディレクターに就任して3年目のヴィヴァースだが、COACHにとってこれまででもっともブランドの世界観を的確に表現した店舗を作り上げた。彼が信頼を寄せる建築家ウィリアム・ソーフィールド(William Sofield)とのコラボレーションによって出来上がったこの空間は、ヴィヴァースがCOACHで築いたコンテンポラリーにして一部の富裕層に限らない民主的ラグジュアリーなブランドイメージを、ディテールにまでこだわった空間で体現している。皮小物やハングタグにイニシャルなどを刻めるクラフトマンシップ・バーから、背景にロンドンの観光名所の写真を選んで写真が撮れるフォトブースまで、COACH HOUSEはインタラクティブでパーソナルなショッピングを体験できる空間になっている。そこには、職人の技巧が光りながらも、とっつきやすいCOACHの世界観が息づいている。「eBayの売上にどれだけ貢献したことか」と、ヴィヴァースはスタジャンコーナーを歩きながら私に説明してくれた。スタジャンにはいずれもヴィンテージのレアものエンブレムが配されている。そのうちのひとつに目を落とす。そこには「Windsors」と書かれている。「リージェントの店でウィンザーのエンブレムか……」と彼はしばし考えこむ。しかし、ウィンザーもすぐそこ——バッキンガム宮殿も目と鼻の先だ。そんなCOACH HOUSEへようこそ!

ショッピングは好きですか?
たまに火が付くときがありますね。いつでもショッピングをしていたいというタイプではありません。「買い物がしたい」という衝動を感じて買うだけ買ってしまえば、それで落ち着いてしまいます。そして、自分自身のものを買うより仕事関係のものを買うことが多いです。ショップを巡ってインスピレーションを得るのが好きです。良いヴィンテージものを探してショップ巡りをすることが多いかな。洋服よりも家具を探して歩くことのほうが多いような気がしますね。

でもたまに散財することもあると。
そうですね。僕は買い物リストみたいなものを作っていて、新しいシーズンが来るとCOACHのストアに出かけて、買いたかったものを買い漁るんです。うちには今、ビッグシルエットのシアリングコートがたくさんありますよ。

いつもはブランドのショップにどうしても気後れしてしまう私ですが、ここでは温かく迎えられているような心地よさを感じます。
僕も、かつてはデザイナー・ブランドの店に行って緊張した経験があります。初めて行く店ではいつも居心地の悪い思いをしました。今ではもうどんな店に行っても居心地悪く感じたりはしませんが、過去のそんな経験から、僕はCOACH HOUSEでは来るひとにそんな思いをしてほしくなかったんです。「エクスクルーシブである」ということは、往々にして「排他的」になりがちですが、それこそがCOACHと他のブランドを分ける大きな要素だと思うんです。僕は、日常性といったものをCOACHのコレクションにもショップ空間にも反映したかった。これまでもスクラップヤードやガソリンスタンド、郊外のストリートを舞台としたキャンペーン広告を展開してきましたが、COACHとはそういった何かリアルなものに根付いたブランドであって、ファンタジーを思い描くライフスタイル・ブランドとは一線を画していると考えています。

それがこのCOACH HOUSEにはどのように反映されているのでしょうか?
COACHと他のブランドとの大きな違いは、その「誰をも迎え入れる」雰囲気です。それを反映して、COACH HOUSEには温かくフレンドリーな雰囲気を作り出したかった。そのために、まずは実直な素材を使いました。ボルトやナットも剥き出しに。すべてがどのようにして作られているかを見えるようにしたんです。それはラグジュアリー・ブランドの世界ではほとんど見られないことです。服作り自体にも、同様のアプローチを用いています。完璧でシックな世界を具現化するのではなく、我々の姿勢が見えるような服作りを目指しているんです。

ニューヨークが感じられるショップですね。
この建物の壁にはもともとレンガが用いられていて、それを剥き出しにしているんです。この場所にもともとあったユニークな雰囲気を残そうというアイデアでね。他には、床のパイン材など、使う素材には温もりが感じられるものを用いました。鉄骨も剥き出しにして、随所に黒とスチールを用いることでインダストリアルなニューヨーク・スタイルになって、とても気に入っています。COACHが生まれる前に、もしニューヨークにCOACH HOUSEが存在していたらこうなるだろうというオリジナルのディテールを考えました。

スタジャンに用いられているエンブレム同様、ここにある家具もすべてレアものなのですね?
eBayや1stdibsを使って買い揃えたものと、COACHで独自に作ったものもあります。多くはヴィンテージ家具ですよ。インターネットを使って買ったものがほとんどです。インターネットでは特別なものに多く出会えました。このショップにユニークな家具を置くというアイデアは僕にとってとても大きな意味を持っていたんです。それが一貫したヴィジョンとして空間全体に反映されていなければいけないと思ったので。こういうストアなら、なにかユニークなものに出会えそうだと感じるでしょう?

そこまでパーソナルな空間、ユニークな空間にこだわるのはなぜですか?
今こそそれが重要だと思うからです。パーソナルな空間や体験というのが、今の"ユニーク"のあり方だと思います。このCOACH HOUSEのような空間にいると、何か特別なものに出会えそうな気になる。人々は特別なものを求めているんです。なにか、作り出す過程に自分が参加したからこそ特別な意味を持つ——そうしたものを。ファッションはどこか圧倒的すぎるきらいがある。いたるところで存在感を放っていてね。COACHはその対極となるアプローチを目指したわけです。また、従来の「ラグジュアリー」が持つドライでフォーマルでオールドスクールな世界観ではなく、より親しみが持てる、役に立つ世界観を目指しました。実用性と遊び心を表現しているんです。

「商品が売れず小売業が苦戦を強いられている」とファッション業界を憂う声が多く聞かれます。COACHでは、そんな現実が見受けられますか?
こういう時代には、確固たる視点というものが必要だと思います。周囲とは違う視点が。最終的に立ち返るのは、とても基本的なことなんですよ。いまファッション業界が課題に直面しているのであれば、我々はもっとクリエイティブになって、もっとリスクを負って道を切り拓いていくしかないわけです。少なくとも僕はずっとそうしたアプローチを大切にここまできましたよ。

Credits


Text Anders Christian Madsen
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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