キアヌ・フォーエバー:なぜキアヌ・リーヴスは完璧なのか?

『マトリックス』の出演料のほとんどを特殊メイクチームに還元。猫と犬どっちも好き。いまだに地下鉄に乗っている、などなど……。押しも押されもせぬ人気俳優、キアヌ・リーヴス。非の打ちどころのない彼の愛され力の秘密を探る。

by Philippa Snow; translated by Ai Nakayama
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20 May 2019, 8:25am

「誰か、〈私をがっかりさせることのないハリウッドの男優リスト〉持ってない?」 2017年の年末、#MeTooスキャンダルが世間を騒がせていたころ、誰かのこんなツイートを目にしたのを覚えている。「〈キアヌ・リーヴス〉って書いてある付箋1枚に収まっちゃうかな?」

キアヌ・リーヴスがショービズ業界における〈いいひと〉(具体的にいうと、電話に向かって叫んだり、女性のお尻を叩いたりしないひと)の象徴になった経緯をたどるのは難しい。最近では『ジョン・ウィック』、『ジョン・ウィック:チャプター2』というバイセクシュアルで味付けした駄作アクションムービーに出演。さらにX Artists’ Booksという出版会社も立ち上げた。キアヌよりひと周りもふた周りも若い男女が主役を演じるラブコメが主流のハリウッドで、当時53歳のキアヌは、X世代とミレニアルズを骨抜きにした90年代を代表するアイコン、46歳のウィノナ・ライダーと『おとなの恋は、まわり道』にダブル主演。この作品のPRインタビューのおかげで、「ウィノナ・ライダーとキアヌ・リーヴスは26年のあいだ婚姻関係にあった」という、ここ10年でもっともキュートなエピソードが明らかになった。

私は、キアヌの共演者、家族、一般人への、数えきれないほどの優しい対応をまとめたRedditのスレッドを読んで以来、キアヌをハリウッドの良心を体現する存在だと思っている。たとえば、映画『マトリックス』シリーズでのギャラ7000万ドル(約78億円)のうち5000万ドル(約56億円)を、同作の特殊効果チームとメイクアップチームに還元したというエピソードで、彼はこういった。「お金は僕にとっていちばんどうでもいいもの。これまでの稼ぎであと数世紀は暮らしていけるだろうし」。また、スタントチームにバイクをプレゼントした/白血病の妹の面倒をみている/映画出演で稼いだギャラの大半を投資して白血病の慈善事業をひそかに立ち上げていた/猫と犬どちらも好き/いまだに地下鉄に乗っている/彼にとっての永遠の幸福といえば「おいしいワインやすてきな食事に囲まれながら、友人や家族と、楽しい近況を語り合う」時間…などなど、このRedditのスレッドにはさまざまな〈いいひと〉エピソードが溢れている。

2017年の〈Esquire〉のインタビューで、このRedditのスレッドについて訊かれたキアヌは「たいしたことじゃない」と答えた。「僕はただ普通の男なだけ。(略)まあ、いいやつとして知られるのはいいことだよね」。本当にそのとおりだ。しかも、彼のような存在は映画業界では実に珍しい。Twitterの黒人ユーザーは、キアヌについて、ポール・ラッドと同じように、まっとうな年の取りかたとしている〈問題のない白人男性〉というだけだ、とジョークを飛ばしたりもする。ベイルートで生まれ、カナダで育ち、中国、英国、アイルランド、ポルトガル、ハワイの血が混ざった〈問題のない〉男であるキアヌは、54歳の今でも若々しく、不老不死なんじゃないか、とまことしやかにささやかれている。

ニコラス・ウィンディング・レフン監督の『ネオン・デーモン』(2016)では、レイピストのモーテルの支配人を演じたキアヌ。エル・ファニングの口のなかにナイフを突きつけるシーンでは、カメラが回っていないときの彼と、スクリーンでの熱情のこもった、力でねじ伏せようとする彼はまったく異なっていたという。のちにエル・ファニングは、『New York Magazine』のインタビューでこう語っている。「ナイフはゴム製で、偽物だった。でもキアヌは、『大丈夫? 本当に大丈夫?』って震えてた。あんなに礼儀正しいひとはいませんね。とても素敵でした」

彼のひとの良さは有名で、ハーヴェイ・ワインスタインの事件が明るみに出た時期には、「キアヌ・リーヴス、デートがステキだったとして複数名の女性に訴えられる」と『New York Times』の見出しを模したスクリーンショットがバズった。本人はまったく気にしていないようだが、キアヌはミームになりやすい。彼の人気ミームといえば、〈Sad Keanu(悲しげなキアヌ)〉〈Happy Keanu(よろこびのキアヌ)〉〈Brutal Horseriding Keanu(馬に乗る冷酷なキアヌ)〉など枚挙にいとまがない。〈悲しげなキアヌ〉の写真に関してキアヌは、サンドイッチを食べているときにこんなに悲しげな顔をすべきじゃなかった、と後悔しているようだが、〈悲しげなキアヌ〉ミーム自体は「誰も傷つけないし、良質で健全なおもしろさがある」と発言している。さすが、クィアの恋人役でも、名女優ダイアン・キートンの恋人役でも、どちらも気負わずに演じられる彼だ(しかし映画『恋愛適齢期』で、最終的にダイアン・キートンがキアヌではなくジャック・ニコルソンを選んだのは、いくら後者がぴかぴかのインテリアに囲まれた生活を送るわかりやすい金持ちだったからって、どう考えてもあり得ないと思う)。

ここまでみてきたエピソードだけでもキアヌを愛するに充分だとは思うが、もうひとつ紹介させてほしい。キアヌを大根役者と称する批評家もいるが、実際彼はすばらしい演技をする。「キアヌの演技の良いところは、役になりきる能力や、セリフ運びの上手さではない」と指摘するのは、私たちと同じキアヌ狂の映画評論家、アンジェリカ・ジェイド・バスティアン。「映画における、もっとも原初的な要素の表現で、キアヌはその力を発揮する。その眼差しや唇の動きに、キャラクターが歩んできた歴史が展開され、それらは観客の予想を覆す。キアヌにとって、演技は〈変身〉ではない。〈状態〉なのだ。彼はストーリーに生々しさを与えてくれる」

つまり、キアヌは演技のスキルが劣っているわけではない。限定的なスキルをもっているのだ。同じく大根役者と評されることの多いクリステン・スチュワートと同じだ。キアヌは、カウボーイ的な、優しく洒脱な都会人風の雰囲気を漂わせる。フランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』ではたしかにひどいと思わせるものがあったが、それは、1893年には、彼みたいな人間がいなかったからだ。『ビルとテッドの大冒険』の主人公で、どうも抜けているが好感が持てるタイムトラベラーのテッドや、『マイ・プライベート・アイダホ』の、金持ちの息子ながら男娼として働く、猫のような魅力を放つスコット・フェイヴァーを思い出してほしい。

キアヌのくぐもった声、ゆったりしたカリフォルニア的な喋りかたは、間抜け、あるいは猥雑な印象を与えるかもしれないが、それこそがキアヌの卓越した感受性とクールネスを示すひとつの特徴であり、それらは矛盾なく共存している。

This article originally appeared on i-D UK.