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バリー・コーガンの驚くべき物語:母の死から『聖なる鹿殺し』まで

バリー・コーガンは、尽きることのない才能をもつ俳優であることを短い期間で証明してきた。彼が演じてきた役柄は、若きダブリン野郎から死をもたらす悪魔まで多彩だが、彼の歩んできた人生もそれに劣らず波瀾万丈だ。

by Ryan White; translated by Ai Nakayama
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02 October 2018, 10:27am

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This article originally appeared in i-D's The Earthwise Issue, no. 353, Fall 2018.

バリー・コーガンは丁重にインタビューを中断し、ウエイトレスに声をかけた。彼が注文したのはアイスコーヒーだったが、ウエイトレスは呆然とバリーを見つめ、この店には置いてない、と返答した。しかしアイスコーヒーはちゃんとメニューに載っている。それほどまでにバリーのアイルランドなまりは強いのだ。何度も「アイス」という単語を繰り返し、ようやく意味が通じた。「何を話してたんだっけ?」とバリーはインタビューへの返答を再開する。「僕の母は…」

バリーは、彼が12歳のときに母親がドラッグのオーバードーズで亡くなったことに言及した。「母親の死はあなたにどんな影響を及ぼしましたか?」。バリーはこの数ヶ月、うんざりするほど何度もこの質問に答えてきた。しかし現在のハリウッドには、こんなバックグラウンドのある若手俳優はなかなかおらず、見過ごすわけにはいかない経験だ、と彼も気づいている。「僕は別世界からやってきた。母の死は、間違いなく僕という人間をかたちづくったけど、故郷には、そうやって母親を亡くした子どもたちが大勢います。僕だけが特別じゃない。みんな、僕が知らない経験をしてきてるんです」

Barry wears coat The Kooples. Rollneck John Smedley.

バリーはダブリンのインナーシティ(都市内集落。都心周辺に位置する低所得層の居住エリア)、ダブリンの核といえる地域に育った。故郷についてバリーは、「ダブリンらしさしかない地区」と笑う。母親は90年代にダブリンで流行したアヘンに毒されてしまい、バリーと兄弟のエリックは、いくつかの里親と母親のもとを行き来する幼年時代を送った。「母は僕たち兄弟の面倒をみることができない状態で、かなり衰弱していました」。母親が亡くなると、兄弟は祖母とおばの家へ引き取られた。「ドラッグは多くの家族に影響を及ぼしました。僕の家族もそのうちのひとつだった。苦しみに耐えなきゃいけなかったわけです。でも僕たち兄弟は、一心同体という感じでした」。

アマチュアのボクサーで、学校では「ひどかった」という彼は、ある日地元の店のウィンドウに〈俳優募集〉の張り紙を見つける。そして17歳のとき、最初の役のオーディションを受けた。「ウインドウに広告が貼ってあって、素人を公募してました。奇しくも学校は休み。小さな映画作品だったけど、僕にもできるな、と思って。それから数ヶ月後、映画の資金集めを終えた監督が連絡してきて、初めての役が決まったんです。『Between the Canals』という犯罪ドラマの、アイドという役でした」

Coat MCQ. Cardigan and trousers sandro. Rollneck John Smedley. Socks (worn throughout) Pantherella. Shoes Timberland.

その後すぐに学校を退学したが、役者になりたいという新たな夢は、友人から当然のごとくバカにされる。「『学校なんか通う必要ない、演技ならできる』と僕がいうと、みんな『はいはい。じゃあ俺らは歌手か、サッカー選手にでもなるわ』って」。しかし前述の監督に再び声をかけられ、別作品に出演すると、さらにアイルランド映画やテレビシリーズの大きい役が次々と決まった。『King of the Travellers』の若きダブリン野郎から、犯罪ドラマ『Love/Hate』の童顔で虚ろな目をした、ネコ殺しのウェイン(Wayne)などを演じたバリーは、若手アイルランド俳優の有望株としてただちに名を知られる。そして2017年、スターへの階段を一気にかけのぼることになる。

まず、第二次世界大戦を描いたクリストファー・ノーラン監督の大作『 ダンケルク』で、英国兵の救出に向かう民間船に飛び乗る、穏やかで心優しいティーンエイジャー、ジョージ役を演じた。「夢が叶いました」とバリー。それだけでも、彼がハリウッドで次の役を得るには充分だっただろう。ただし短期間だけ、だ。〈次世代スター〉と謳われ、矢継ぎ早に新人が登場するハリウッドにおいて、バリーは、ただの〈アンサンブルキャストのひとり〉以上の経歴を積む必要があった。そんなときに演じたのがヨルゴス・ランティモス監督作『聖なる鹿殺し』のマーティンだ。近年の出演映画でもっとも興味深く、もっとも邪悪なこの役で、バリーは試練を見事乗り越えただけでなく、ランティモス監督のヴィジョンを成功へと導いた立役者となった。

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マーティンは、コリン・ファレル演じる主人公スティーブンの、普通ではない、執着心のある友人として本作に登場する。スティーブンは、米国郊外に住む裕福な核家族の父親で、心臓外科医だ。このふたりがどうして仲良くなったかは当初明らかにされないが、ふたりのあいだの仄暗い雰囲気はすぐに感じとれる。マーティンがスティーブンに会いたがる回数が異常に増えると、スティーブンは彼と距離を置く。その後すぐ、スティーブンの息子が、徐々に身体の麻痺が進む謎の奇病にかかる。実はマーティンは、自分の父親がスティーブンの怠慢による手術ミスで死んだことを知っていた。報いを受けてもらう、とマーティンはスティーブンに告げる。その報いとは、家族がひとりずつ、同じ病気にかかって死ぬこと。まず手足の麻痺、食事の拒否、目からの出血と続き、最終的に死に至る、とマーティン。それを避けるためには、スティーブンが家族のひとりを殺さなければならないという。

マーティンの暴力的な最後通牒はカオスへと発展していくのだが、それ以上に、映画が終わってからもずっと引っかかっているシーンがある。Tシャツと下着姿でソファに座るマーティンが、太ももに置いた皿の上のスパゲティをむさぼり喰うシーンだ。ニコール・キッドマン演じるスティーブンの妻が、家族を赦して、と彼に懇願しているのだが、マーティンは平然としたまま、容赦のない目つきで、彼女の苦しみなどまったく意に介さずに話をしては、ぐるぐる巻きにした大量のスパゲティを口に運び続ける。「僕は何かを表現しようと… 一体何を表現してるのかは、自分でもわからないんですけど」とバリーは、あのシーンについて語る。「演技で怖いのはそれですね。頭がおかしくなって、ああいう状態に陥る。僕はマーティンのダークさには及ぶべくもないですが、実際、僕自身もいっちゃってましたね」

Jumper Belstaff. Trousers Sandro. Shoes Timberland.

毎日毎日そんなダークな役に没入していたら、その役から抜け出すのはかなり大変なのでは?「役には膨大な時間を割いてます。それはセラピーでもあるし、いろんなことを喚起する行為でもある。役者は、喚起された感情を一身に受けなくちゃいけない。僕も、そうやっていつもいろんな感情を体験して、ギアチェンジしながら演技してるから、間違いなく、心はその影響を受けてると思います」

役を演じるときはそうでも、勝ち取れなかった役の準備で疲れ果ててしまったときはどうするのだろうか。「役を勝ち取れなかったら、頭のなかはぐちゃぐちゃです。『自分ってダメなのかな』ってことばかり考えちゃう。気持ち的には相当キツイです。僕の場合は大体1日かかりますが、そのあとは立ち直って、また自信をもつことができます。毎回オーディション用テープを撮ってくれてるガールフレンドのショーナ(Shona)が元気づけてくれるんです。最近も、役を勝ち取れなくて落ち込んでたら、喝を入れてくれました。『ほらしっかり、元気出して』って。そういってくれる人が必要です」

次の公開作は、バート・レイトン監督の話題作『アメリカン・アニマルズ』。実話を脚色した本作でバリーが演じるのは、大学図書館から高価な希少本を盗もうとした4人の大学生のうちのひとり。思慮に富み、明晰で、感受性の強い役を演じきっている。さらに、DCコミックスの『Y: The Last Man』を映像化したテレビシリーズでは、主人公のヨリックを演じる予定だ。これから数年の自身のヴィジョンを見据え、バリーは1歩1歩確実に進んでいる。彼は、自分の野望を明確に認識しているのだ。いっしょに仕事がしたい監督たちの名をiPhoneのメモにリストアップしているし(ひとまずランティモス、ノーラン、レイトン監督は叶った)、もっと年上の役柄も演じられるよう身体づくりに励む予定だともいう。「僕は、いわゆる主人公らしい見た目じゃないですから。特に『聖なる鹿殺し』でヤバいヤツを演じたんで、今はみんなあの役と僕とを同一視してます。だから、これはひとつの戦略ですよ。僕の選択は全部、戦略的選択です」

バリーは戦略を意識しているだけでなく、地にしっかり足をつけて、スターダムのダークサイドに溺れないよう気をつけている。「今みんなが僕に払っている関心の高さには驚きます。『もし僕が映画に出てなかったら、僕にそんな興味もちます?』って訊いちゃいますね。すごいですよ。特に、前は僕のことなんて知らなかっただろう人たちが、今は街で僕に気づくし、僕に興味深々なんです。何色の靴下履いてるんだろう、とか」。しかし、バリーが自分のルーツを忘れることはこれからもないだろう。「そんなとき、もしうちのおばあちゃんが横にいたら、平手打ちされちゃいますからね」

Coat McQ. Cardigan Sandro. Jumper John Smedley. Trousers Sandro.
Coat The Kooples. Rollneck John Smedley.

Credits


Photography Eddie Wrey
Styling Max Clark

Hair Mark Hampton at Julian Watson Agency using Fatboy Hair. Photography assistance Nicola De Cecchi and Sam Henry. Styling assistance Louis Prier Tisdall.

This article originally appeared on i-D UK.