蜃気楼のようなヒーロー像が、今のリアル 何をやっているのか、全然わからないことの凄さ

情報があふれ、フェイクニュースが紛れ込む、現代。何を読まされるのかわからない、油断できないのが、21世紀の東京、日本。新しいヒーローは、確実に、存在している。ただ、見えないだけ。ポストこたつ取材で一世を風靡した伝説のライター、フェイクナガシンの弟、フィクショナガシンが、真のヒーローを目撃する。

by SHIN FICTIONAGA; photos by MASUMI ISHIDA
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27 August 2019, 11:24am

東京。
このポテンシャルのある街に、多くのヒーロー、そしてヒロインが存在していると、人は言う。目撃情報も、絶えない。もっとも多いのは、渋谷は千駄ヶ谷だ。ヒーローとい っても、その定義は難しいが、飛び抜けた才能、それも、同時代の人間たちを熱狂させる稀有な存在のことだろう。スポーツはもちろん、古くはラジオや演劇、映画、アート、あるいは日々のテレビニュースなど、様々な業界で、時代にふさわしいヒーローが、ヒロインが、誕生してきた。かつて、それは一握りの、珍しい存在だっただろう。だが、今はSNSの時代。誰もが、ヒーロー、ヒロインになれる可能性が、ある。あるいは、語義矛盾かもしれないような、人知れずヒーローになる、というような事態すら、訪れている。そう、すでにある種の言葉は耐用年数を超えている。そもそも「ヒーロー」「ヒロイン」という言葉が、そうなのかもしれない。新しい定義が、必要なのかもしれない。私は、20年ほど、各界の飛び抜けたそんな才能を、追ってきた。そして、度々、本誌でも紹介してきた。その多くは若者だ。まったくそこら辺を歩いている若者と変わりない。というか、むしろ、ルックスは、目立たない感じ、クラスのどこにでもいそうな若者たちだ。しかし、彼ら、彼女らのことをネットで検索してみたら、驚くだろう。多くのフォロワ ーを持ち、また絶大な人気とカリスマ性を持っていることに、気付かされるだろう。かつて、ヒーローは、それが実在のアスリートでも、あるいは、アニメなどの2次元的な存在でも、見た目で、すぐにわかったものだ。「人は外見では判断できない」、そう昔よく聞いた。そんな昔ながらの表現が、今こそ当てはまる時代なのかもしれない。

東京。
私が取材した記事の多くもまた、わが国固有の領土渋谷区千駄ヶ谷で取材したものだ。例えば、それがスポーツなら、試合の前、もしくは終わってから、初めてインタビューは、スタートする。もちろん、できるだけその直後、もしくは直前がよく、緊張感がみなぎっているような、汗が光っているような、そんなホットなタイミングがいい。映画の場合は、取材時には、すでにクランクアップから時間が経過していることが多いから、関係者からホットな言葉を引き出すのは、難しい。どうしても、おざなりの、どのメディアでも見かける言葉になってしまう。音楽の場合も、録音時の方が、ミュージシャンのテンションは高い。CDを手にした状況では、かなり、言葉は生ぬるいものになってしまっている。そう、言葉の温度を、私は大事に取材してきた。取材相手との真剣勝負ができるよう、常に全力で取材し、インタビューすることを心がけてきた。相手の声が生き生きしてくるから、本当の「言葉」を見つけることができるからだ。予定された時刻に、予定された場所へ行って、ただ待っているだけでは、本当のヒーローの言葉は、聞こえてこない。こちらの積極的な姿勢が、大事なのだ。だから、ときに、私は、プレー中に、「今のお気持ちは?」と、そんなふうに声をかけることも、少なくない。また、撮影中に、「いい演技してますね。気分は、どうですか」と聞くこともある。潜入取材のとき、刃物を取り出した犯人に「いいクツ、履いてますね。どこで購入を?」と聞くこともある。もちろん、それは、瑣末な質問だという批判はDMで届くことがあるが、クツをどこで買うかというような、日常的な描写のなかに、時代を体現するヒーローの秘密が、見えてくることがあるのである。このような取材方法は、とてもコストがかかるし、リスクを伴う。あらかじめ、関係各所との綿密なコミュニケーションがとれていないと悲惨な結果になる。まったく収穫がないことがあるのだ。そうなると、1匹あたりの値段が高騰し、庶民の食卓に大きな影響を及ぼしてしまう。それでは本末転倒である。だから私は念入りに下準備をし、カメラマンともロケハンをする。それくらいの準備をした上での、あの体当たり取材なのである。最初は、失敗続きだったが、本誌での活躍を見てもらえばわかるように、この私の名前は、今やどこでも見かけるようになった。そんな私の取材スタイルが、英国でも話題になったと聞く。最近、私の方が逆取材されることもあるくらいである。事務所も白金台に移転、スタッフも50人以上が常時働いている。昨年は3度目の結婚もし、5人の子供の父親でもある。そんな私だから、インタビューには、自信もあった。だが、今回だけは、別だ。私はベテランのプライドを捨て、この取材に取り組む覚悟でいた。私は、初めてライフルを握るハンターのような気持ちでいた。しかし、のっけから、インタビューの実現は難航した。というのは、まず連絡先がわからないのだ。今回、本人に巡り合うまでに、かなりの時間をロスしたことも事実だ。

今回の特集の企画会議のなかで、その人物は、誰の念頭にも、すぐ浮かんだ存在だった。しかし、誰も、その会議で、その名を述べた者はいなかった。理由は、簡単に説明することができる。

まず、大のインタビュー嫌い。これまで受けたインタビューは、たったの1回だけ。しかも、デビュー直後のものだ。まだそれほど認知されていない段階だから、知っている読者は少ないだろう。実は私も、手を尽くしたが、そのインタビュー記事を入手することが、できなかった。

会議で名前があがらなかった理由の第2、それは、名前が明かされていないことだ。今でも、私は、名前を知らない。名前が知られていないのに、若者に支持され、ここまでスターダムをかけあがることができたのは、やはり、SNS時代の申し子というべき存在ならではなのかもしれない。

さて、第3のポイントだが、これも根本的なことなのであるが、何をしているのか、わからない、という驚くべき事実なのである。私は取材の大半を検索に頼っているが、いくら検索しても、出てこない。というのは、名前だけでなく、何をやっているのかも、わからないからだ。まったくキーワードがないのである。ヒーローともいうべき存在が、にもかかわらず、何をやっているのかサッパリわからないというのは、どういうことか。名前ひとつ知られていないとは、どういうことなのか。もし、見知らぬヒーローの存在を知ったならば、人は、検索してみたくなる誘惑にかられるだろう。人は、このところずっとあの横長の四角形のなかに、あまりにも気軽に、人名を、あるいはキーワードを、投げ込んできた。しかし、そんなところに名前が書かれるようでは真のヒーローとは、いえない。真のヒーローは、検索すら拒むもの。そのような意図が、あるのではないか。もちろん我々の業界にだけ入ってくる、情報というのは、ある。その精度は低かったが、夜を徹して、アクセスできる回路を探し続けた。

幸運なことに、あるルートから、連絡先の教示を得た。そして直接、本人にオファーすることが、できた。事務所に所属しているものだとてっきり思っていたので、自宅だということに、やや拍子抜けしたが、むしろ、そのドメスティックなところが、圧倒的な、新世代の大物感なのかもしれなかった。電話に出たのはお母さんだったようで、「はい、少々待ってくださいね」と言われ、「お友達よ」と続き、それに対して「はあい」と応じるのも、このスマホ時代に、むしろ新しさの萌芽を見せつけられた感じがした。ガツンとやられたような気がした。お友達という言葉に(それはお母さんの発した言葉であるが)、ある種のサービス精神のようなものすら感じたほどである。「もう取材は始まっている」と、久々に、闘志がわいてきた。

今回、取材する我々には、多くの制限が課せられた。それは、シビアなものであった。かなり、こちらの手足を縛ることになり、とてもやりにくかったが、仕方がない。これだけの大物になると、そのようなことは、これまでもないわけではなかった。ただし、難易度の高さは、これまでの私の経験上、最大級だということは、告白しておこう。

第1の条件は、質問は3問まで、というものだった。あまり多くを聞かれたくないし、語りたくないのだろう。なぜ、そのように秘密にするのですか、と、電話口で私は言った。すると、「それにも答えられないから」と言う。もちろん、どんな悪条件でも、最大限の情報を引き出すのが、我々の責務である。むしろ、私の、力量が試されていると、そう強く思った。

それから、第2の条件は、ルックスにまつわる描写がNGだということである。写真は当然ダメかと思ったら写真はオーケーだというから意外だった。ただ、どんな人柄か、記事のなかでわかることが、ダメだというのである。透明感がある雰囲気であるとか、聡明な人柄であるとか、そういう表現は完全にアウト。どうやら、言葉に対して、警戒があるようであり、興味深い。ぜひ取材をするとき、その辺を探りたいと思った。

第3の条件として、年齢、性別に関係する記載も、当然のように、禁じられた。しかも、単に禁じられただけではなく、さらに厄介だったのは、記事のなかで、「彼」と呼び、また「彼女」とも呼ぶように、という要望が付されたのである。交互に、「彼」「彼女」と、自分のことを呼んでほしいというのである。「だって、その方が面白いでしょう?」というのが、彼の答えだった。「読者が、混乱してしまいますが」と、私が懸念を伝えると、「面白いと思うんだけどなあ」と彼女は言った。これは長電話になるぞ、と、私は思いながら、公衆電話に10円を次々と投入し、「小誌の読者は、かなり意識が高いですから、大丈夫だと思いますが、もし、読者の家に遊びに来た者が『なんだろう、これは、面白そうな雑誌だな、やや、重たいが』と思いながら、小誌を持ち上げ、ページを開いて、この記事を読んだとしたら、おそらく『なんだ、これは!』と投げ出すのではないかと思われます。『彼とか彼女とか、ひとりなのに、定まってないじゃないか、そんなヘンな書き方は認められない!』と放り投げてしまう可能性があると思うんです。もし、ちょうどそのとき、友人である読者が、部屋に戻って来て、小誌が彼の膝に当たったら、彼がせっかく準備してきた紅茶のたっぷり入ったポットの載ったトレイを落としてしまうでしょうし、膝に、ちょっとしたダメージがあるかもしれません、もし背表紙などが当たったとしたら」と言うと、彼は「でも、それでお願いします」と言う。相当な決心だ。そして、彼女は「複数いるような気がして、賑やかになって楽しいから」と続けた。

名前もわからぬまま、しかも、「彼」「彼女」と、複雑に揺れる表記を求められたこと以上に、痛恨だったのが、これが第4の条件であるが、職業を明かすことが、ダメだというのだ。私は、「あなたは何をしている人?」という質問を、用意していたのだが、これは使えないことになる。これにはさすがに参った。すでに読者はお気づきと思うが、私は、ここまで、すでに結構な字数を費やしているが、彼が、どんなジャンルのヒーローなのか、触れていない。彼女が、どんな職業で、今を生きる若者たちのヒロイン像を担っているのか、触れていない。触れていないというか、触れられないのだ。まるで蜃気楼のような⋯⋯これは、なんというか、ライター泣かせである。実際、私は、泣いた。しかし、人は、涙を拭くときが必ず来る。私は、これらの条件を見直しながら、なるほど、これが、この得体の知れなさが、平成最後の大物のすごさなのだろうと、そう思ったのである。そしてだからこそ、私がインタビューする意義がある。いや、これは、私にしか聞こえてこない声だ、と、そんな不遜なことすら、思うようになったのである。前代未聞のヒーロー像が、この記事のなかで、伝わることを祈るばかりだ。

待ち合わせの場所にカメラマンと佇みながら、私は、とても緊張していた。質問事項を復習しようとする手が、震えて止まらない。買ったばかりの機種なのに、落として画面に亀裂が入ってしまった。緊張のあまり、もう帰ろうか、と、同行のカメラマンに言ったほどだ。彼女は「それは、まずいですよ」と、さすがに、引き止めたが、私は「いや、帰る」と、実際にバッグを、手にし、帰りかけたとき、「お待たせしました」という声が聞こえた。私は、振り向いた。

「お待たせしました」
声がして、私は振り返った。まったくそれは予想と違っていたので、私は、思わず、「あなたなの」と聞いてしまった。最初の質問が、そんな愚問になってしまったことに、自分で戸惑ってしまったほどである。「そうです」と、相手は、こちらを見上げて笑う。「本当に?」と、私は、また追いかけるように、聞いてしまった。よほど、狼狽していたのだろう。私は、このとき、人が、なぜ戦争を繰り返すのか、わかった気がした。なぜ、結果がわかっていながら、発射ボタンを押してしまうのか、完全に理解した気がした。いずれ地球を破壊するのは、当然だと納得できた。それは、人は、とても、愚かだからだ。愚かだから、わかっているはずの質問をし、貴重な問いかけの機会を、失ってしまうのである。すでに述べたように、質問は制限されていたというのに、もう2問も、貴重な質問を使ってしまった。あと1問しか、残っていない。そんな私の表情を見ながら、彼女は、「本当です」と答えた。このままでは、また愚かな質問をしてしまいそうだった。そこで、私は、直球で聞くしかない、と思い、「これからの地球にどんな人が必要だと思いますか?」と聞いたのだった。彼女は、コオロギが手に乗ってきたような顔をして、しばらく無言だったが、「それは」と答えかけた。しかし、そのとき、我が国固有の大きな車から発信される大きなボリュームの別の声によってかき消された。車がゆっくりと通過して、静かになったとき、彼は、「と思います」と、すべて言い終えていたのだった。

「次回もまたオリンピックの誘致を?」
私は、受け付けてくれないと思いながらも、4つ目の質問を投げかけていた。あるいはそれは、質問というより、私の願望だったかもしれない。東京はこれからもずっと手をあげなければならない。永久に、東京オリンピック。この取材を通じて、私はこんな確信を得るに至った。すでに我々から離れ、北参道駅の階段を降りかけていた彼女は、こちらを振り向いた。逆光だったが、かすかに、うなずいたように、私には見えた。彼は、すぐに、我々の視界から消えたが、春の訪れを感じさせる、爽やかな風が、私の耳をくすぐった。

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この記事は『i-D Japan No.7』ヒーロー号から転載しました。


Credit

TEXT SHIN FICTIONAGA
PHOTOGRAPHY MASUMI ISHIDA

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