「オペラ」という世界で実験する、過去からの変容と再生 | チェリスト/アーティスト ケルシー・ルー interview

ロックダウンによる約1年間の公演を中止したニューヨークのアートセンター「The Shed」が、今年春に再開を決定。再開公演には、チェリストでアーティストのケルシー・ルー。7月8日、9日のオンライン配信を迎える前に、彼女が13人のミュージシャンとともに新たに挑戦した「オペラ」について語り尽くす。

by Yusuke Nakano; translated by Mai Ebina
|
07 July 2021, 1:00am

ケルシー・ルーがコロナ禍による約1年のライブ制限を経て、2021年4月、ニューヨークのアートセンター「The Shed」にてオペラ作品「THIS IS A TEST」を発表し話題となった。その作品の映像版が、7月8日、9日に世界へ向けてそれぞれ一回限りで配信される。

2019年5月の現代美術作家、杉本博司氏が手がける芸術施設「江之浦測候所」でのパフォーマンスから2年、音楽、アート、ファッションシーンと幅広く、ドラマティックに歩みを進めてきた、チェリストでありアーティストのケルシー・ルー。
厳戒なロックダウンによる「The Shed」の公演中止以降、約1年ぶりの公演再開を飾る1人目のアーティストとして抜擢され、13人のミュージシャンとともにステージに立った。

これまでチェロを片手にソロやバンドでパフォーマンスしてきた彼女にとって、今回の公演は「命を甦らせるような全く新しいタイプのパフォーマンスだった」と語るように新境地を感じさせるものとなった。そのきっかけである「オペラ」という表現形態のなかで、夢と現実、自由と制約の狭間を行き来しつつ、ミュージシャンやオーディエンスと共有したものとは一体なんだったのだろうか?「THIS IS A TEST」と名付けられたオペラを通じた実験とパフォーマンス前後の心境、そして発表を控える映像作品について話を伺った。

image_1.jpg


不安定な日々の中、揺るがないものを探していた

コロナによる活動制限以降からThe Shedでのパフォーマンスが決まる日まで、この1年どんなことを考えて過ごしてきましたか?

内面的にも、外的にも、とても多くのことが変わりました。ロックダウン中の時間は「関係」について考える機会を与えてくれましたね。他人との関係だけでなく、私にとってのクリエイティビティや音楽など、自分自身との関係について考え、整理していました。

生活のすべてが不確かで宙に浮いているような状態で、安心感や保証は無いように感じられました。何が起きていて、いつになったらこの状況から抜け出して、少しでも「普通」の状態に戻れるのか。「普通」をあえて「」に入れて話すのは、パンデミック以前の私たちはただひたすら動き回っていただけで、座ってきちんと身の回りの環境や自分の行動を理解する時間がなかったように思うから。実際、私もツアーを繰り返し、進み続けていた。今では必要だと感じているような、じっくりと立ち止まって考える時間はなかったですね。

1人ではなくパフォーマンスを愛するみんなとともに


今回の公演は、The Shedにとって公演再開の一発目として意味のあるものだったと思います。オファーをもらった時の心境について教えてください。

ロックダウンから1年以上、まさか私が観客にとって生で観たり聴いたりする最初の人物になるなんて思ってもいませんでしたが、オファーを聞いたときは「YES! YES! YES!… 」と即答しました。そして次の瞬間、頭の中では鐘の音のように「オペラオペラオペラオペラ…」と鳴り響いていたので、そのまま私は「オペラをやります」と続け、「そして…18人のミュージシャンを起用する」(最終的には13人のミュージシャンを起用)と伝えました。

 なぜオペラだと考えついたのでしょうか?

直感的で反射的なアイディアでした。でも私自身、そして他の皆にとっても、多くのことが変わったし、私含め全員が経験してきた変化を確認し、受け入れ、表現したかった。だから、以前と同じ形でパフォーマンスをすること、ステージ上に1人で立ち、これまで何度も歌ってきた自分の歌を歌うということは想像できなかった。もちろん観客とのエネルギーの交換から生まれる活力は私にとっての生命線なので、やっと辛い期間を終えた気持ちでした。だからこそ今回は1人で達成するよりも、私と同じくパフォーマンスすることを恋しく思っている他のミュージシャンとこの経験を共有し、お互いに分かち合いたいと思ったんです。

image_2.jpeg
image_3.jpeg
Photo by Alima Lee THIS IS A TEST at The Shed

オペラの「幕」が表現するもの

2019に発売されたアルバム「Blood」のロンドンツアーの時も4部構成で発表していましたね、幕を分けて構成するパフォーマンス形態には以前から興味を持っていましたか?おそらくこの形態がオペラに繋がると思うのですが。

そう。ロンドン・EartHでの公演形態は、継続して行いたくて。ただ今回のオペラとの違いのひとつは、休憩時間があったかどうか。ロンドン公演ではみんなが休憩時間に集まって、飲み物を片手に会話し、切り替える時間がありました。一方、今回のオペラには休憩がなく、物事が互いに織り合わさっているような感じで、まるで夢を見ているような感覚でしたね。

 逆にロンドンと今回のオペラの共通点は、幕を分けること。幕の役割には、まるで重ね着している服を徐々に脱ぎ捨て、外見を段々と変化させていくような意図があります。なので、オペラでは衣装と幕を脱ぎ捨てていく行為が、ストーリーを語る仕組みとして組込まれていました。衣装は、音楽や各幕に潜むメッセージを表現する上で、とても重要な役割を果たしています。また、もともと私自身レイヤー/層に興味があって。幕があることで、何層にも積み上げたレイヤーを幾度となく壊していき、変化と成長を表現する時間と空間が生まれたことによって、よりストーリーに奥行きを持たせられたと思います。

オペラの構成についてですが、タイトルやテーマを設けて考えていきましたか?

ううん。タイトルは特に決めてなかった。なぜなら、構造(幕という決められた形)の中にも流動性を持たせたかったから。何が起こるのか、そしてそれぞれの幕毎に感じられる感情を、必ずしも固定したくなくて。どちらかと言うと、タイトルは後からついてくるものだろうと思ってました。

 オープニングアクトのみ、Instagramで投稿していた通り、タイトルや意味があったように感じました。

「Funeral Procession led by a symphony of Birds」のイントロ部分には、常に私の音のテーマでもある鳥の音色によって、会場の空気感を切り替える役割がありました。そしてその鳥の声の下には、唸るような音も入れていて、観客にとってゆっくりと会場へ参列するような経験をもたらしたかった。私にとってそれは、かつてあったものを悲しむ(惜しむ)死の行進でした。人生には死、再生、死、そして生があり、これらは循環し、互いに共存している。今回のコロナで変容、再生、そして世界共通の共感のようなものを誰もが持つことができたと思ってます。だからこそ、このオープニングアクトは、みんなが共有した苦難から命を再び呼び起こす儀式のようなものでした。

image_7.jpg
Photo by Alima Lee

いつもMVやライブでの衣装や舞台美術が印象的です。それらはあなたのパフォーマンスにおいてどんな役割を持っていますか?

自分のアイデンティティを作り上げてくれるもの。常に自分の周りにある環境は、自分が何者であるか、また自分が世界に向けて発信するものに影響してきます。私にとってのクリエイティビティとは、自分のインナーチャイルド(内なる子供)を育て、純粋な状態に戻すものです。

例えば、今回の公演ではみんなの足元に1万ポンドの土をしきました。それもわたしの幼少期の原体験である土の記憶にもとづいていて。同時に地面や土は、誰にとっても平等なものであり、みんなの下に必ずあって誰もが関わりのあるものでもある。パフォーマンス中に土に触れることができれば、地球の感覚をパフォーマンスや、そこで生まれる話や祈りに入れ込むことができると思ったんです。

image_10.jpg

この1年間を体験したみんなにとっての「THIS IS A TEST」

An Audience With…というThe Shedのシリーズタイトルでしたが、シンプルにその空間を(オーディエンスと)共有したというのはどんな経験でしたか?

最初はとても不思議/非現実的な感じがしましたが、その後はただただ高揚感に包まれました。夢の中にいるような気分でしたが、同時に自分の使命もはっきりと感じました。パフォーマンスするために私は生まれてきていて、パフォーマンスがもたらしてくれるコミュニケーションを愛してるのだと改めて気づかされて。言葉の壁を越えて、オーディエンスや他のミュージシャンの心や魂に入り込むことができるパフォーマンス本来の力と自分の人生の目的を取り戻すことができました。間違いなくアファメーション(肯定)でしたね。

今回の「THIS IS A TEST」のタイトルに込められた意味を聞かせてもらえますか。

タイトルは沢山検討したんだけど、結局すべてが「初めて何かをする」ということに辿り着きました。また「実験」のようでもあるなと。この1年は、次に何が起こるかわからない(人類)実験のような感覚でした。政府があることを言えば、他の人は別のことを言ったりして、私たちは常に何かのふちに立たされているみたいだった。こんな中、再びステージに立つことは、「まぁ、これからどうなるかはわからないけど、とりあえずやってみよう」という感じで。不確定要素は常にあるけど、前進するしかないじゃない。このタイトルにちなんで私が書いた詩を紹介したいと思います。ティーザー映像ではシンガーソングライターのビバリー・グレン=コープランドが朗読しています。このタイトルが何を意味しているのか、より理解してもらえるかもしれません。


This is a test.

Underneath the veil 

Inside the memories of many rests

Lies anticipation

Between the lines of breath

A familiarity of some kind

A slow paced rhythm

Quick to recall

Mornings of mourning

Am I awake in a dream

Or am I asleep to be awoken 

To an alarm crying

This is a test

This is a test

This is a test


This is a test

ベールの下

たくさんの休息の記憶のなか

期待がひそむ

呼吸のあいだに

ある種の親しみやすさ

ゆったりとしたリズム

すぐに思い出す

悲しみの朝

私は夢のなかで起きているのか

それとも起こされるために眠っているのか

アラームが泣いている

This is a test
This is a test
This is a test

詩:Kelsey Lu  朗読:Beverly Glenn-Copeland

“Am I awake in a dream / Or am I asleep to be awoken”という言葉が表現するように、現実と夢が混じり合い、何が現実で何が夢なのかというのは、曖昧だと思っていて。今回のパフォーマンス中にも自分の意識が身体を離れて、自分がなぜこのステージに立っているのかわからなくなった瞬間があったんです。

 
ライブしてる自分をもう1人の自分が外から見ているような体験?

そう、体外離脱のような感覚に近い。以前にもパフォーマンス中に体外離脱した経験はあるけど、どちらかというと多幸感のあるものだった。今回の体験は、パニックではないんだけど、混乱した体外離脱。「ここで何をしているのだろう?」と理解できなくて。「なぜ私は歌っているの?人の前で?」と混乱のあと、「ああ、そうか、そうか、よし、続けよう」と意識を身体に取り戻したのですが。とても奇妙な体験でした。でも、まさにこの1年がそういう感覚の繰り返しだったとも感じました。

image_11.jpeg

ただ単なる「奏者」ではなく、お互いの記憶や経験を音にする

ミュージシャンたちにはいろいろ自由に演奏してもらったと話されてました。みなさん即興演奏されたのですか?

 そう、部分的にはそうね。曲の順番やスコアの大枠までは決めて、リハーサルは1日だけ。どうなるかわからなかったけど、完璧さは求めていなかったので、リハーサルを重ねることは避けたかった。多少の無知と、聴覚の震えと、「違う、止めて、止めて」というような間違った音があることを望んでいました。

 
そういう意味でも、そこにいる全員にとってテスト(実験)って感じだったのでしょうか?

そう。参加者のみんながパフォーマンスの一部であると感じてもらいたかった。そう感じてもらえるように、各々の創造性を発揮できるような余白をつくることにも注力しました。みんな集まった初日には、まず全員に円になって座ってもらい、それぞれ去年の経験について話してもらって。それぞれがお互いの経験を共有し共感することで、この場/経験は私だけでなく、あなた(ミュージシャン)のためのものでもあるということを明確にしたかったんです。

特にクラシック音楽の世界では、ミュージシャンをミューズとして、奏者は必ずしも自分らしさを表に出さない…とは言いたくないですが…ただの楽器として存在しています。今回は、彼らにはそういったただ雇われた奏者としてでなく、彼らの経験がパフォーマンスにとって不可欠であると感じてほしかった。そうすることで、私自身が「私」個人、そして私が書いた言葉の中の「私の物語」から離れられ、より即興(インプロビゼーション)の余地が生まれると思って。即興は、思いや本能、感情の流れであり、楽譜のように考え抜かれた構造ではないですからね。このような経験を共有できたことは、本当に素晴らしいことでした。彼らも音楽や楽譜こだわる必要がないことにとても興奮していて、「私たちに自由を与えてくれてありがとう」と言ってくれました。また同時に、違和感や不快感を生み出すことも私がしたかったことでもあります。自由の中に、違和感や不快感があるのです。 


全員が1年近くライブしてなかったわけですが、この1年ライブしなかったこと自体がある意味では準備になって、特別な1回だった。
 
そう、知らないうちに準備はできていた。とても美しいことですよね。不確実な中で実は準備をしていたと知る/感じることは、生きていたいという気持ちを後押ししてくれる。「何の意味があるの?もうこれ以上進み続けられない」と感じてしまっているその瞬間は、その問いや不安な気持ちが次の一歩を後押しする価値のあることだとは気づけないから。そういう意味で今回の公演は、命を甦らせるような全く新しいタイプのパフォーマンスだったように感じます。


 新しいオペラのかたち

コロナによって物理的な距離、隔たりが私たちの目の前に発生しましたが、フィジカルに相手と対面することは、改めてLuにとってどんな意味を持ってますか?

 すべてを意味します。でも、リモートやディスタンスを取る生活の中で学んだことは、エネルギーは「本物」だということ。たとえ、どこにいてもエネルギーの交換はできる。遠くにいても誰かを感じることはできるし、誰かが手を差し伸べていることを感じられる。物理的にその場にいることは素晴らしいこと。今回のことで、お互い共有するスペースをより意識的に捉えられ、特別なことのように感じられます。

 対面で観客を入れて公演を再開したというのがメインのトピックですが、一方で配信プラットフォームでも発表されるわけですよね。このような方法でパフォーマンスを離れた人と共有することに対して何か期待することはありますか?

 多層なレイヤーを表現するため、意図的に空間全体のあらゆる角度/視点にカメラを設置したので、実際にライブパフォーマンスを見に来た人にとってもまた新しい景色が映し出されていると思います。常に動きがあって、お互いに影響し合っていて。映像上のタイムラインも直線的ではないし、映像に所々取り入れるグラフィックスコアも作ったので、夢の中の風景のように感じられるはず。そういう意味では、私にとっても、ライブと映像両方を通して、今回まったく新しいタイプのオペラを体験できたと思います。そして、それは自分の今後の作品にも影響してくる可能性も秘めているし、オーディエンスにもオペラの可能性について改めて問い直す内容になってると思います。


[ 配信情報 ] 
THIS IS A TEST

配信プラットフォーム
Moment House @momenthouse 
www.momenthouse.com/kelseylu

配信日時 アジア地域  7月9日 午後6時

事前チケット制
※1回限定、アーカイブ無し

STREAMING DATES:

North + South America: July 8 @ 6 PM PDT / 2 AM BST
Asia + Australia: July 9 @ 6 PM JST / 10 AM BST
Europe + UK + Africa: July 9 @ 6 PM BST
Hosted on @momenthouse 

Edit by Yoshiko Kurata
Interview & Text by Yusuke Nakano
Translate by Mai Ebina