『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』小説家・李龍徳interview「作品から自分を遠ざけたい」

日本初の女性“嫌韓“総理大臣誕生、新大久保戦争、ヘイトクライム──近未来の日本を舞台にした挑発的問題作『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』。著者の李龍徳(イ・ヨンドク)が、この"スキャンダラス"な青春群像劇について、在日文学について、そしてK-POPについて語った。

by Tomoya Matsumoto
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16 April 2020, 7:00am

「排外主義者たちの夢は叶った。」──ショッキングな書き出しから始まる350ページ超の近未来小説、『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』。同性婚や夫婦別姓を推進しつつ、在日コリアンを徹底的に排除する「日本初の女性首相」が誕生した世界で、何人もの在日コリアンの若者たちが、ある計画を実行すべく動き出すというストーリーだ。

一方にはアイドルやグルメ、コスメを中心とした第三次韓流ブームがあり、もう一方にはヘイトの激化がある、矛盾した今日的な状況。それを踏まえたうえで在日コリアンの現実が描かれるところに、本作の新しさがある。著者は、デビュー作の『死にたくなったら電話して』以来、人間の悪意と自意識を描き続ける作家・李龍徳。彼自身も、大阪府在住の在日コリアン三世だ。

素直に告白すれば、私自身、これまで韓国のカルチャーや歴史に熱中しながらも、日韓の関係や国内の問題にそこまで関心を持ってこなかった。いつか勉強しなければと、好奇心と疚しさがないまぜになっていたところで、この作品と出会った。

本作は、珠玉のエンターテインメントであると同時に、自分のような韓国カルチャー愛好者が韓国と日本の関係を捉え直すための最良のガイドでもある。見たいものを見るだけではなく、「見たくなかったもの」を直視しなければならないときに、文学はうってつけのメディアだ。

文学好きだけでなく、広く韓国カルチャーに興味がある人にこそ読んでもらいたい一冊だと感じた──緊張しつつそんな素朴な感想を伝えると、李龍徳氏は「まさに、そのために書きましたよ。本当に」と笑いながら答えてくれた。いま、「在日」を表現することについて、作家としての思いと併せて掘り下げる。

「いま書かないでどうする?」という気持ちから

──今作がデビューから4作目とのことですが、「在日」というテーマがメインに据えられるのは初めてですよね。このテーマを描くことに決めた経緯を教えていただけますか。

李龍徳(以下、李):やっぱり時代ですよね。ヘイトスピーチがかなり激しくなり、ヘイトスピーチ対策法ができたりもしていたので、作家であり在日でもある自分が書かないでどうする?という気持ちはありました。

あとは、そのあたりの時期に、純文学作家が近未来SFを書いたり、ウエルベックの『服従』(注:2015年刊。ムスリムがフランス大統領になった近未来を描く設定は本作と通ずる)が出たりという流れがあり、それにも触発されました。在日をテーマにそういう近未来SFを書いてみようと。ただ、一方的な被害者としては描きたくなかったので、いろんなスタンスの人がいるということを見せるために、群像劇にしようかなと。

──実際に、龍徳さんのご自身の経験や、周囲の人々がモデルになっている?

:実体験や聞いたことなんかを溶かしこんでますね。自分は関西に住んでいるので、(本作の重要な舞台である)新大久保は何度も取材をして。「もし本国の韓国人がここからいなくなったら一体どうなるんだろう」とか考えながらぐるぐると何周も歩きました。

きれいな「分断」があるわけじゃない

──群像劇だからこそ、さまざまな声を重層的に描けた。

:そうですね。読者のなかには、在日韓国人がどういう存在なのかわからない方もたくさんいるだろうと思ったんです。ある時、人に言われてびっくりしたのが「在日韓国人ってみんなお互い顔見知りなんでしょ」って。いやいや、何十万人もいるのにわかるわけないでしょと(笑)。何かひとつの組織に属しているわけでもないですし。でもそこで「ああ本当に知らないんだなあ」と思って。在日といってもいろんな立場や考えの人がいるということを見せたい。そのためにはまず登場人物の数を出さないと、と。

──帰化したい人もいればそうでない人もいる。作中のジャンホのように、日本で育ち、韓国語もまったくできないのに韓国へと「帰国」しようとする人もいることに驚きました。

:「なんで日本に帰化しないの?」とよく言いますよね。質問自体は、別に差別的でもないと思うんです。でも、個人によって事情があるわけで、帰化しない=反日ということではない。どう思われるかなと考えると、なかなか答えづらいんですよね。

──そうしたやりとりが、在日韓国人同士の対話という形で出てくるところも新鮮でした。本当に一枚岩じゃないということがわかって。

:日本の方に問われるのとはまた違うんですよね。本国の韓国人に訊かれるのもまた意味合いが変わってくるし。

──先日、韓国からの移民であるラッパー・Moment Joonが新しいアルバムを出しました。移民としての苦悩やヘイトに対する率直な思いが歌われた曲が多数収録されていますが、そのなかの「Hunting Season」という曲にこんな一節があります。名刺の代わりに通帳/在日だったら通称/でも俺はそうでもないから横文字名前〉。本作を読んでから改めて聴き直した時に、強く印象に残ったフレーズでした。作中でも、在日韓国人の方が日本でどんな名前を名乗るかという問題は大きく取り上げられています。留学生として韓国から日本に来た彼と、日本にずっと住んでいる在日韓国人の方々とでは、立場は本来全然違うはずです。だけど、その違いをなんとなく鈍感に見過ごしてしまっているところがあったなと。

:きれいに線引きできるわけじゃないですからね、日本人と、昔からいる在日と、ニューカマーの本国人と。もやがかかっているような状態が普通なのであって、そんなにはっきりした「分断」があるわけじゃない。そういうことを表現するのに文学、とくに長編小説は有効なのかなと思っています。

人間の「芯のなさ」を表現する

──今作も、「会話」によって物語を動かしていく手法が見事でした。直接の対話だけでなく、ブログや手紙、あるいは「見たい夢を見られる」アプリを用いた死者との交信まで、さまざまなレイヤーで「会話」が展開されます。

:単純に好きなんでしょうね、会話劇が。影響を受けたドストエフスキーもそうだし、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』もそう。あと、これは書簡小説ですがラクロの『危険な関係』とか、とにかく喋りでドライブしていくものが好きです。映画でもイングマール・ベルイマンとか、会話で殺しにかかるような作品を好んでいて、それを自分でもやってみたいなと思って。

あとは、人間ってそんなに芯がないですから。カリスマへの懐疑みたいなものも自分のなかにあって、そういう存在に対しての下からの突き上げを描くなら、会話が一番表現しやすいのかなと。

──たしかに、「思想犯」として描かれる人物の思想すらもどんどん変わっていってしまうところに緊張感がありました。ちなみに、今作の登場人物のなかで龍徳さん自身はどのキャラクターに似ていると思いますか?

:絶対聞かれると思った……(笑)。実は今作の土台になったのは、ある出版社の新人賞に出して最終の手前までいった作品なんです。そこでの主人公が朴梨花で、太一と宣明(ソンミョン)はサブキャラでした。その3人だと、梨花は似てるかな。あとは宣明の自殺願望だったり、あまのじゃく的な気質だったりは近いかもしれないですね。太一が一番関係ないかな……。

──梨花は少し意外です。

:梨花の文学趣味には自分の要素がありますし、あとは彼女が前半で語っていた「文学的に無名なままで死にたくない」みたいな感覚は、はっきりと自分の経験を踏まえてますね。僕は37歳までデビューできなかったんです。いくら石を投げても水紋ひとつ立たないような時期が長かった。あのときは梨花と同じように「世に出なくても、書き続けることで地球に触れていられる」と本当に思っていたんです。頭おかしいと思いますよね、37歳まで派遣の仕事しながら「小説家になりたい」って言ってるやつ隣におったら(笑)。

ちなみに4作目まで在日を特に扱ってこなかったのは、マイノリティであることをテーマにするのではなく、もっと抽象度の高いノンジャンルな文学で勝負したいという気持ちがあったからですね。なので今作は、どうせ扱うなら真正面からやろうということで、「二度と在日小説は書くまい」ぐらいの気合いですべてを出し切ってみました。

風通しのよい小説を書きたい

──文学のお話が出ましたが、いわゆる在日韓国人文学には今日まで長い歴史があります。そうした系譜は今回どの程度意識されましたか?

:F5ボタンを押して更新したい、みたいな気持ちはありましたね。若い頃は反発して在日文学を読まなかったけど、やっぱり大人になると読むようになるんです。たとえば金鶴泳さんとかも刺さるし、李良枝さんは昔から好きだったけど、改めて読んですごいなと思ったし。柳美里さんや金城一紀さんにも敬意を持っています。でも、自分は違う路線を開拓したいという思いもあって。それは在日文学というより日本文学全体に対してかもしれないけど……湿気を取りたい。とにかく風通しをよくしたい。僕の小説は決して明るくはないですが、ジメジメした小説は書きたくなかったんです。

──たしかに、あまり私小説的な湿度は感じないかもしれません。

:読後感も、周りからは最悪だと言われますが、自分ではそんなに悪くないつもりなんです。とにかく面白い小説、ページをめくりたくなるような小説を書かないと意味がないとは思っていました。もちろんテーマも大事ではあるんですが。

──群像劇でカメラが引いたところにあるので、シリアスではあるけど少し喜劇的ですよね。

:悲喜劇、人間劇ですよね。あくまでも劇。だから先ほど「誰に似ているか」と聞かれたのには少し困りましたね(笑)。僕はなるべく作品から自分を遠ざけたいと思っているので。

皮肉なラストに込められた思い

──ラストの皮肉な結末には驚きつつも、どこか納得感がありました。

:自分たちのことをニュートラルだと思いこんでいる人たちに対して、マイノリティがどう戦っていくのかを書きたかったんです。在日についてヘイトやデモがあったときに、大半の日本人は「俺ら関係ないのに」って思っちゃう。「あれは戦争の時のことだから」とか、「みんな良い人だけど一部の韓国人は」っていちいちエクスキューズをつけたりとか。自分は関係ないって感じの人たちが、自分のことをニュートラルだと思いこんでいるのが気持ち悪くて。

──主人公の太一はまさに、そうした状況をショック療法的に変えようとしたわけですよね。

:もちろん、そうやって戦おうとしてもやっぱり負けるんです。でも、そうだとしても負け方があるじゃないかと。どちらかが成功して終わるという結末にはしたくなかったし、「頑張って頑張って、でも計画がバレて失敗」という展開は単純にベタすぎるかなとも思って、少し皮肉なラストを用意しました。

──物語の、あるいは現実の「終わらなさ」を突きつけられたように感じました。

:人間の「差別したい気持ち」がなくなるとは思わないし、でも絶望しかないとも思っていなくて。良くなっている部分も確実にある。歴史を経てようやく勝ち得た普通選挙法もあるし、僕のような在日もすぐに殺されたりするわけじゃない。あのラストは、そうした差別の変遷を描くための一局面として、皮肉をたっぷり込めて書きました。

──全体を通して、「答えは出してもらえないけど、問いを見つめる解像度が上がる」という印象を持ちました。個人的な感想になりますが、韓国のカルチャーやそのファンダムに触れるなかで、一見交流が進んで相互理解が深まっているように見えても、実際には差別意識が温存されていたり、時にそれが噴出してしまったりといった場面を何度も見てきました。単純な解決・改善はありえず、「良くなっていく」過程は前進と後退の繰り返しなんだろうなと、ラストまで読んで改めて感じて。

:とはいえ文化を通じて、だいぶ変わってきたと思いますよ。K-POPでいえば、それこそBLACKPINKにもタイ出身のメンバーがいましたよね。これも偏見かもしれないけど、海外の人をチームに入れるような柔軟性のある国だとは思ってなかった。IZ*ONEのような日韓のコラボも、以前じゃ考えられなかったことですよ。それが「韓国の国策だから」とか「韓国は市場が小さいから」とかそういう分析はどうでもいい。結果の美しさ、彼女たち彼たちの素晴らしさがすべてです。ファンも、そういう多国籍性が政治的に正しいから好きなわけじゃなくて、単純に好きだから好きってことでしょう。希望は文化にあり、ってことなんじゃないかなと。

──文学にせよ、音楽や芸能や映画にせよ、純粋な楽しさや憧れが入り口になるのは良いことだと、自分自身の経験としても思います。掘っていくなかで良くない部分が見えてきたり、逆に自分たちの文化が抱える問題が見えてきたりすることもありますが、それ自体もまた文化によって消化していけるはずで。この作品は、まさに韓国のカルチャーに興味がある人にこそ読んで欲しい一冊です。

:ありがとうございます。まあ在日のなかの教条主義的な人はよく「日本人はもっと勉強しなさい」なんて言ったりもするんですけど、それも聞き飽きちゃっていて。もう少しリラックスして「こういう面白い小説もあるよ」ぐらいな感じで楽しんでもらえればいいのかなと。それこそK-POPとか韓国映画から韓国に興味を持つようになった人が、「そういえば在日ってどういう存在なんだろう、どういう歴史があるんだろう」と疑問を持ったときに、それを面白く知ることができる入り口として機能すれば理想かなと思っています。


李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(河出書房新社)は全国の書店およびオンライストアで発売中

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