映像作家UMMMI. 「アタシたちは世界から追放(追悼)されてしまった」【離れても連帯Q&A】

〈離れても連帯〉シリーズ第27弾に、映像作家のUMMMI.が登場。毎日繰り返し聴いているという金子寿徳のアルバム​『追放(追悼)の歌』、そして目まぐるしい変化への乗り切れなさについて。

by UMMMI. and Sogo Hiraiwa
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27 April 2020, 10:00am

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大によって、日本ではいま、多くの文化施設が休業を強いられ、感染防止対策として、あるいは政府による“自粛の要請”によって。また「ステイ・ホーム」や「ソーシャル・ディスタンシング(距離をとること)」が求められ、人と人とのコミュニケーションはいまだかつてなく制限されています。

こうした中でわたしたちには何ができるのでしょうか。文化を維持するために、好きな人や場所を守るためには何が? 離ればなれであっても連帯するには? この"非日常"を忘れないためには? さまざまなジャンルの第一線で活躍している方々にアンケートを実施し、そのヒントを探ります。

今回は、現在ロンドンを拠点にしている映像作家/アーティストのUMMMI.が登場。

離れても連帯, KEEP-DISTANCE-IN-SOLODARITY

──今の気持ち・気分を音楽で表すとしたら?

UMMMI. :金子寿徳『追放(追悼)の歌』 。

まるで身体中に重石が乗ったかのような、金子寿徳のヘロヘロな声を何度もリピートして聴く。「休みの国はまだ遠い 静けさなんてないんだと

だいたい毎日、目が覚めたら窓を開けてすぐこのアルバムを聴いているので、頭のおかしいジャパニーズが住んでいると近所の人たちに思われているかもしれない。この自粛中、アタシはあまり制作もせず、運動もせず、未来のことも、正直あんまり考えることもなく過ごしている。こんな日々なんて無駄だとわかりつつただ1日を終わらせている。唯一考える未来のことと言えば、もしこのまま仕事がなかった時のために、夏に100万円借りるため少しでも利子の低い金貸しをネットで探すくらいである。悲しいけど、アタシは金を借りて生活してでも生き続けたいと思ってます。また頭のおかしいジャパニーズかな。アタシには守りたいことしかないよ。

午後4時くらいになったら酒を飲みはじめ、どっぷりと日が暮れたら酒のつまみを、心の底から美味しい物を食べたい一心で夢中で作る。いい店に行けたらそれでよかったことが、自粛によって変わってしまいました。一緒に住んでいる人はアタシがなんでこんなにも真剣に料理するのか不思議に思っていると思う。ただアタシは夢のように美味しいものを食べたいだけである。あまりにも美味しいものを食べたい気持ちが高まり過ぎて、野菜は農家から、魚は漁村から仕入れるようになりました。たまに泣きたまに笑い、たまに求人をみて、落ち込み、たまに制作をして、気が向いた日は友達と電話をする。時間だけを持て余して日々なにをすればいいかわからなかったティーンの頃を思い出す。なんてそんなことを言っても、もうアタシはれっきとした大人である。ビールを買いに行った帰り、買ったばかりの缶を開けて家までのいつもの道しなをぶらりと歩き、道端に咲いている桜の枝を一本だけ拝借する。家に帰って、空いたビール缶にそのひと枝を生ける。なんとか日々のよろこびを忘れないように。

金子寿徳の声はどこまでもヘロヘロなのに、すべてのアルバムを通して聴くと存在自体は一瞬たりともヘロヘロしていなくて、生きている証のように振動しているので感動してしまう。酒を飲みながら料理を作りながら、金子寿徳の「追放(追悼)の歌」をアタシは何度も何度も聴く。いつだったか新宿の裏窓でこの曲を聴かせてもらってすぐ夢中になってしまった曲。裏窓の真っ暗な室内、独特の笑い声を響かせる福岡さんと、手元を見れば水尾という美しい名前の酒、そしてすぐ後ろにあるピアノに挟まれて聴くこの曲のこの歌詞を改めて聴くと、なんだかコロナ後のこの世界を反映している気がしてしまう。

誰もいないでこぼこ道を歩いてく
からの水筒もこんなに重いと思うのに

俺の背中にこだまする追悼のあの歌が
喜びの歌じゃない 追放のあの歌
きのうは俺もいっしょに歌ってた

俺の背中にこだまする追放のあの歌が
きのうは俺もいっしょに歌ってた

こんなに暗く長い道の真中で
あけてしまったかんづめを又ながめ
救われたと信じても 煙草の煙が教えてる
休みの国はまだ遠い 静けさなんてないんだと
まだ聞こえてるあの追悼の歌

アタシが数ヶ月前に生きていた(歌を歌っていた)世界はもう存在していない。アタシたちはそんな世界から追放(追悼)されてしまったのである。気付いたらみんなはオンラインで配信されている音楽を聴いたり、ネットで新作の作品を発表したり、ゲーム上で出会ったりしている。アタシは子供のころから着替えるのもご飯を食べるのも(まるで金子寿徳の、ワンテンポ遅れたヘロヘロの声の世界を生きているかのように)何をするにも遅くて、せっかく大人になったというのにまだ速さに乗り切れていない。きっとこの自粛が終わった頃には、世界は今までとはまったく変わった場所になっていると思う。アタシはそれに対応できるのだろうか。それとも、また置いていかれてしまうのかな。

最近は暇をもてあまして「死者たちの眠る街、六千円分の快楽」という小説を書いています。これが何に繋がるのかなんてわかりません。これが終わったら、つぎ撮る映画の脚本を書こうと思っているよ。この自粛中、自分にできることなんて本当に少ししかないことに気付いてしまった。できることから少しづつ進めていきたい。いつかまた映画を撮れる日がやってくるかなんてわからないけれど。誰しもが取りこぼしのないように、みんなでなんとかこの世界を生き抜くしかない。アタシたちは、数ヶ月前の世界からは追放(追悼)されてしまった身ではあるけど、いったん生きることをはじめてしまったからには。「こんなに暗く長い道の真中で あけてしまったかんづめを又ながめ

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