クィアにとってのセーフスペースとは?:レーナ・グレイス × Kan × クロエ 鼎談

インクルーシブな社会のつくり方はひとつじゃない。多様な性の在り方を肯定し、クィアにとってのセーフスペースを守るために私達がすべきことは何か、『クィア・アイ』通訳者のレーナ・グレイスが調査。同番組にゲストとして出演していたKanと、東京を拠点に活動するボーカリストのクロエにLGBTQ+当事者の目線から話を聞いた。

by MAKOTO KIKUCHI; as told to Lena Grace; photos by Regine David
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29 June 2020, 1:31am

「LGBT」という四つのアルファベットが、ジェンダー・セクシュアリティ的少数派の人々を指す総称として日本でも広く使われるようになったのは、ほんのここ数年の出来事だ。東京レインボープライドの参加者が 劇的に増加 し、今年4月からは小学校の教科書にも 性の多様性が記載される など、当事者に対する社会全体の理解は、他国に大きな遅れを取りながらも日本でも徐々に高まりつつある。

この「LGBT」だが、近年英語圏では「LGBTQ+」(もしくは「LGBTQIA」など)と記載されることがより一般的となってきている。ここに含まれる「Q」は、「クィア(性的マイノリティの人々の総称)」もしくは「クエスチョニング」を指す。この「クエスチョニング」という日本ではあまり聞き慣れない言葉は、「自分の性の在り方をまだ模索中の人」や、「性の在り方を定めないという選択をしている人」を意味するものだ。

「ジェンダーやセクシュアリティは流動的なもの」という概念自体、日本ではあまり浸透していない。そんななかで自分の性に疑問を抱くことを自ら肯定できず、悩みを抱える人は多く存在する。性の在り方に盲目的であることは、無知の善意や好奇心で当事者達を無自覚に苦しめてしまうことも繋がるのだ。

そこでi-Dは、昨年Netflixで全世界で配信され、大きな話題を呼んだ『 クィア・アイ in Japan! 』で通訳者を務めた レーナ・グレイス に、LGBTQ+当事者の友人達へのインタビューを依頼。同じく『クィア・アイ』に出演していた Kan と、東京を拠点にするヴォーカリストの クロエ をゲストに迎え「自分の性に疑問を持つこと」をテーマに、様々な観点から考える「インクルーシブ」なコミュニティの在り方について語ってもらった。

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レーナ:いきなりパーソナルな質問から入るね。ジェンダーやセクシュアリティに疑問を持つようになったのはいつごろだった?

Kan:自分のセクシュアリティに悩み始めたのは、中学から高校に入るくらいかな。そのタイムライン自体がすごくぼやぼやしていて、はっきりいつからっていうのは覚えてないんだけど。中学三年生くらいの頃に、女の子は女の子だけで、男の子は男の子だけで遊ぶことが多くなった。僕はみんなと仲が良かったんだけど、男の子のグループ内で女の子たちについて「この子と付き合いたい」みたいな話をするようになったときに「僕、そういう感情持ってないんだけど」ってなった。この気持ちはなんなんだろうって考え始めたのはそのくらいの時期。

レーナ:そうなんだ。もっと早い時期からかと思ってた。

Kan:ううん。本気で悩み始めたのは高校入ってから。でも幼稚園くらいのころから漠然とした悩みや不安は結構あった。でもそれを言語化できなかったかな。

クロエ:私がセクシュアリティに疑問を持つようになったのは大学に入ってからだった。今から考えると「自分はクィアかもしれない」と思う体験は幼少期からあったけれど、そういう疑問を言葉にすること自体がまだ一般的ではなかった。だからそれまでは「ストレート」で通っていたんだよね。私が通っていた大学にはクィアの人達がたくさんいたし、ジェンダーやセクシュアリティについての討論会もあった。そういうものに参加していくなかで「私もそのカテゴリに入るな」と思うようになったんだ。大学二年で人種差別や性差別について話すワークショップに参加したときにカミングアウトしたんだけど、その環境はこれ以上ないほどの「セーフスペース」だった。ジェンダーについては、私はいつも実験的な表現をするようにしているけれど、今の自分には「シスジェンダー」っていうのがしっくりくるかなって思ってる。

レーナ:クロエの場合は安心して話せる時間と空間が整えられていたってことだよね。それに対してKanは、そういう環境ではなかったのかな?

Kan:自分のセクシュアリティがストレートじゃないなってことに気付き始めたときは、周りに同じ人がいないからすごく悩んでた。テレビに出てくるオネエタレントはすごくステレオタイプな扱いしかされていないから、「自分はこうなるしかないのかな」ってすごく苦しかった。自分の将来が描けなくて。それでどうしようもなくなって、親友にカミングアウトしたのがいちばん最初かな。その親友は「KanはKanだよ」って言ってくれた。それでもまだ自分を表現する言葉がなかったから、何が起きているかわからなくて、ただ不安になってた。大学でもクィアの友達はいなかったんだよね。カナダに留学してはじめてゲイの親友ができたの。日本で知っていた状況よりも幸せそうに生きている人達を見て、はじめて自分のセクシュアリティにオープンになりながら幸せに生きることができたし、セーフスペースが見つけられたんだと思う。

レーナ:オンラインでLGBTQ+コミュニティを見つけようとしたことはある? 若い世代のクィアの子達は結構そうしてるって聞いたことある。

クロエ:ある意味「イエス」。中・高生のときにゲーマーのオンラインコミュニティに入ってたんだけど、そこにクィアの人達がいた。そのときは自分をクィアだと認識していなかったけど、彼らとは繋がりを感じていたの。オタク達が集まるコミュニティとクィアコミュニティが共存していたんだよね。

レーナ:ジュリアナ・ハックステーブルっていうアーティストがいるんだけど、彼女は以前『The Editorial Magazine』のインタビューで「何も迷わずにゲームの筋肉バカみたいなアバターを選ぶ男の子に対抗して、いつも女の子のアバターを選んでいた」って言っていた。インターセックス且つトランスジェンダーである彼女は、ゲームの世界で現実の体とは別にファンタジーの体を得ることができていたんだよね。

クロエ: アバターを通じて違うパーソナリティをつくることはできるよね。自分の好きなジェンダーを選ぶことができる。もちろん程度は違うし、一緒くたに語ることはできないけど、どちらも社会から「のけ者」にされがちっていう意味で、クィアコミュニティとゲーマーコミュニティってすごくクロスオーバーしてる部分がある。

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Kan:大学2年生ときかな、スマホが普及したことで「Grindr」とか「Jack’d」とか、ゲイ向けのマッチングアプリが出てきたんだよね。いろんな目的で使うけど、それがきっかけで友達が増えたっていうのはある。カナダでできた親友も実はアプリを通して出会った人。そういうのがないときは全く他のクィアの人達との繋がりがなくて。新宿二丁目に行けばLGBTQ+のコミュニティがあるっていうのは分かってたけど、一人で行く勇気がなかった。

レーナ:確かに東京でクィアが集まる場所っていうと「二丁目」だけが取りあげられることが多いけど、実際他の場所でクィアコミュニティを探すこともできるよね。

クロエ:WAIFU〉っていうパーティ知ってる? クィアの女性にフォーカスしたイベントで、渋谷付近で開催されてるんだ。そういうコミュニティがもっと増えたらいいかなって思う。

レーナ:今年の4月からはじめて日本の小学校の保健の教科書に「性の多様性」っていうのが記載されるんだけど、Kanが子供の頃に受けた性教育ってどんなだった?

Kan:保健の教科書には「思春期になると人間は自然と異性に惹かれ合う」ってことしか書いてなかった。だからその時点で、「僕は異常だな」って思っちゃう。一応例外として「性同一性障害」の人もいるとは書いてあるけど、アイデンティティじゃなくて病名として扱われていたかな。僕が小学生のときの保健の先生は男性だったんだけど、「まあでもオカマもいるよな」みたいなことを授業中に言ってた。

レーナ:そういう言葉も使っちゃうんだ……。

Kan:性教育をちゃんと教えてくれる先生が全然いなかったんだよね。だから今年から「LGBT」とか「多様性」とか教科書に載っても、ちゃんと先生が教えてくれないと意味が無い。それがいじめのきっかけになっちゃったり、間違った情報が子供に伝わっちゃったら、っていう懸念もある。

レーナ:クロエがアメリカで受けた性教育はどんなものだった?

クロエ:私が通った幼稚園から高校まで一貫の学校では、ゲイであることを公言している教員達はいたけれど、「シスジェンダー・ヘテロセクシュアル」以外の多様な性の在り方を授業で教えられることはなかったんだ。ただ学校の性教育は当時にしては進歩的で、性感染症や月経、セーフセックスについてはきちんと教えられていた。私が通っていたのは私立校だったから、少し例外かもしれないけれど。今のZ世代は学校教育よりもインターネットで情報を集めていると思うから、学校で教えることが会話のきっかけとなってもっと自分で調べたりできるようになってると思う。

Kan:もしかしたら子供の方が知ってるかもね。だって今はNetflixを見れば『セックスエデュケーション』とかいろんな番組があるし、Kemioさんが昨日上げた動画のなかで、同性婚を日本でも早く実現させて欲しいって話してた。今の生きた情報って、教育現場よりもネットの方があるんじゃないかな。

クロエ:ロールモデルがいるって大事だよね。ネットの情報だけに頼るのがよくないってこともあるけど。バランスが重要。

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レーナ:次は「マイクロアグレッション」について。普段の何気ない発言に含まれてしまう差別のことなんだけど、日本語の対訳がないくらい新しい言葉。でもこれまで言語化されていなかっただけで、どこにでもある問題だと思う。例えば日本では、職場とか日常的な場面で「彼氏(彼女)はいるの?」って相手が異性愛者だという前提で聞くことがすごく普通じゃない?

クロエ:うん。同僚やホストファミリーに聞かれることはあったから、日本ではこれがよくある質問なんだと理解してた。どう反応されるかがわからないから、そのタイミングで自分のセクシュアリティについて話すことはあまりないし、どっちにしろ私はシングルだから「いないよ」って答えるけど。

Kan: 「彼女いるの?」って聞かれることはある。僕はカミングアウトしてるから、コミュニティ内でそういう質問をされることはないけど、仕事で初対面の人に聞かれることはたまにある。去年一回あって、「久しぶり!」って思った(笑)。そのときはただ「いないです」って答えた。もし「彼氏いる?」って聞かれたら「いる」って答える。気付くまで教えないかな。事実だけを言うようにしてる。

レーナ:そうだよね。自分のセクシュアリティやジェンダーのアイデンティティを他人に教えるのって義務じゃない。「彼氏・彼女」の話を人に振る前にもっとオープンマインドになって考えることのほうがむしろ、私達の義務なんだよね。

Kan:その質問をしてくる人ってその先のグラデーションを知らないから、「実は彼氏がいる」と答えると全部説明しなきゃいけないことになる。だから疲れちゃうんだよね。僕はエデュケーションツールじゃないんだけどなって。「この人二度と会わないな」って人にはわざわざ教えないかな。

レーナ:他のかたちのマイクロアグレッションは?

Kan:めっちゃある。全部言っていいの?

レーナ:全部言っちゃって〜(笑)。

Kan:自分がゲイだって話すと、急にものすごく性的な質問を振ってくる。「恋愛では男役(女役)なの?」とか「タチなの? ウケなの?」とか。すごくヘテロセクシュアルな観点なんだよね。あとは良かれと思って言ってくれてるんだろうけど、「一緒にショッピング行こう!」とか、「僕(私)もゲイの友達いる〜」とか。ゲイが全員ファッショナブルとは限らないし、ゲイの友達がいるって言われても僕はその人知らないし。ネガティブな言い方はしないし、「彼女/彼氏いるの?」とかは聞かないんだけど、ポジティブなことを言おうとして結果的にマイクロアグレッションになっちゃう人が多いのかなって思う。

レーナ:やっぱりクィアコミュニティの外だと、そういう対応の仕方が一般的になってるのかな。クロエはどう?

クロエ:正直私は自分のセクシュアリティに関して、そんなにたくさんマイクロアグレッションを経験しているわけじゃなくて。でも日本で黒人女性は、綺麗とか可愛いってよりも、男性的だとか「クール」っていうように見られることが多いと思うんだよね。そのイメージが先行して、日本のクィアコミュニティで「butch(男性的なレズビアン女性)」として見られることは少なくない。

Kan:ヘテロセクシュアルでシスジェンダーのひとから「ジェンダーとかセクシュアリティは関係ない」って言われることがあって。もちろんその考え方自体を否定はしない。でも「関係ない」って言われちゃうと、自分がそれまで悩んできたっていう事実が「無かったこと」にされてる気持ちになるんだよね。それって今のBlack Lives Matterの話でも「All Lives Matter」って言って論点をすり替える人がいるのと似ているんだよね。

レーナ:そのアグレッションはもう「マイクロ」どころじゃないよ。

クロエ:実は私はセクシュアリティに関するものより、人種に関するマイクロアグレッションのほうが経験あるんだよね。日本ではブラックカルチャーを「かっこいい」って言う人はたくさんいるけど、実際に黒人と接するときは態度を変える人も多い。 私よりも肌の色が濃い黒人の人達は日常的に電車で隣に座るのを避けられたりしてるっていうのも聞いた。あと、これを「マイクロ」と呼んでいいのかわからないけど、「文化の盗用」もかなり大きな問題だよね。黒人の髪型を真似している人を日本でよく見かけるけど、そのたびに「エッ」と思う。黒人達がその髪型で差別されてきたことに、一度でも思いを馳せたことはあるのかなって。

Kan:自分がセクシュアリティに気付いて悩んでいたり人種差別を受けていたりしたときは、自分が受けた苦しさにしか着目できなかったんだよね。でも同時にどこかで誰かの権利ふみにじっていたっていうのがここ数年で見えてきた。海外に出てすぐのときは「英語上手だね」って言われて嬉しかったんだけど、それって「君はよそ者だ」ってわざわざ言われているようでもある。でも考えてみたら僕も日本で外国人に会うと「日本語上手だね」って言ってたと思うの。それってLGBTQコミュニティの話でも言えること。ゲイ男性でいることで受ける差別や抑圧は当然あるのだけど、誰かの権利を踏みにじっている可能性もあるっていうのは自覚的でないといけない。

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レーナ:読者の人たちに向かってなにか伝えたいメッセージはある?

Kan:いま悩んでいる人に言いたいのは、その痛みや苦しみが言語化ができないモヤモヤする気持ちは間違ってないってこと。その気持ちを大切にしてほしい。それを言語化できるようになるためにも、他の人の苦しみや痛みに気付いて助け合うためにも、いろんな友達を増やせるといいかな。バックグラウンドが違う友達から教えてもらえることも多い。僕もこれからも関係を続けていきたいっていう人には、なるべく教えたいし、教えて欲しい。そういう関係をいろんな人とつくることができたらみんなの人生が豊かになると思うな。

クロエ:自分を受け入れてくれるコミュニティを見つけてみるのはすごく大切。クィアコミュニティを探すのに、自分の国の外に目を向けてみるのもいいと思う。そうすることでもっと視界が開けてくることもある。セクシュアリティとジェンダーっていうのは流動的なもので、いつでも変えることができる。性は一度その人に貼り付いたらもう二度とはがれないものじゃない。私はクィアであることのそこがすごく気に入ってるんだ。

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Photography Regine David
As told to Lena Grace
Text Makoto Kikuchi

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