Image courtesy Focus Features

『ファントム・スレッド』の衣装に縫われた秘密

この映画のドレスにはイギリス服飾史の伝統が詰まっている。

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jun 1 2018, 9:38am

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ダニエル・デイ=ルイスは、ポール・トーマス・アンダーソンの新作『ファントム・スレッド』の役作りとして、1950年代風のドレス作りを学んだ。彼が演じるのは20世紀半ばの偏執的な英国のデザイナー、レイノルズ・ウッドコック。第二次大戦後、社交界にデビューする女性や外国の王女に、汚れがなくエレガントだが着心地の悪そうなドレスを作った男だ。ウッドコックは皆がコーヒーを飲んでいても岩鋳の南部鐵器の急須で煎茶を飲む。靴下は赤紫色のものしか履かないし、不完全なものに耐えられない性分だ(恋人でありミューズのアルマは、朝食のときトーストに音を立ててバターを塗ったせいで彼に追い出されそうになる)。

自身も完璧主義者のデイ=ルイスは、ニューヨーク・シティ・バレエ団のコスチューム部門主任マーク・ハペル(Marc Happel)のもとで1年間衣装作りの技術と心構えを学んだ。トレーニングが終わる頃には、妻レベッカ・ミラーに贈る20世紀半ばのBALENCIAGAを再現したデイドレスを、完璧に仕立てられるようになっていた。彼は『W magazine』のインタビューで「レベッカはそのドレスを着てくれたよ」と答えただけでなくガセットとドレーピングについて権威であるかのように語った。そして「とても綺麗なドレスなんだ」と付け加えた。

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「気持ちが弱かったらできないよ。ドレス作りも、ああいう役作りも」とアカデミー賞に輝いた衣装デザイナーのマーク・ブリッジスは言う。宝石のようなサテンのガウンとレースのイブニングジャケットや、役者たちの衣装は彼が手がけた。ブリッジスはアンダーソンの緻密なことで有名な作品のほぼすべてに携わっていて、『ブギー・ナイツ』ではヘザー・グラハムにサテンのブーティーショーツと金色のローラースケートを履かせ、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』ではデイ=ルイスをツイードを着たテキサスの石油王に変身させた。

ブリッジスとアンダーソンによれば、ウッドコックと彼が生み出す服は、クリストバル・バレンシアガ、ハーディ・エイミス、エドワード・モリヌー、ビクター・スティーベルなどのファッションデザインの巨匠たちから着想を受けている。しかし、ウッドコックと『ファントム・スレッド』のドレスはこうしたデザイナー全員の特質を(錯乱していることもあるが)ユニークに組み合わせたものだ。

リサーチを行うためにブリッジスはまずロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)に赴いた。「V&Aに協力してもらえたのはとても幸運でした」と彼は言う。「映画の準備を本格的に始める前にロンドンに行ってV&Aのアーカイブを見せてもらいました。服の内側を見たり、作り方を確認したり、どんな布が使われたのか調べたりしました」。彼はとあるBALENCIAGAのドレスで、スパンコールをシルクの生地に付けるのに用いられている刺繍の技術に目を止めた。それは、作中でアルマが自分自身にデザインするドレスのヒントになった(アスパラガス料理の場面でアルマが着ているガーネット色のシルクのカクテルドレスのことだ)。

V&Aはそれだけではなかった。アーカイブを閲覧するブリッジスは二人のガイドに監視されていたのだが、彼女たちはロンドンの高級婦人服店で働いていたことがあったのだ。アンダーソンは、20世紀半ばのロンドンの高級婦人服店がどう機能(社交面ではなく作業面で)していたかを二人から教わったうえに、二人を映画に出演させた。V&Aのスー・クラークとジョーン・ブラウンは生まれて初めて女優を務め、ウッドコックの元で働くビッディーとナナになった。

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アンダーソンはフィッツロイ・スクエアにある浮世離れしたジョージ王朝様式の荘厳な屋敷をウッドコックの家にし、珍しいことだがその屋敷で映画制作のすべてを行った。一方、ブリッジスはそのセットから少し歩いた場所にあるチャーリング・クロス街に衣装用のアトリエを設けた。「私たちは可能な限り本物らしくて魅力的になるように一生懸命やりました」と彼は言う。

偶然にもその即席のアトリエが入った建物は、セントラル・セント・マーチンズがキングス・クロス駅の北側に移転する前の皆に愛された旧校舎だった。「解体されることになっていたから、無くなる前にそこを使えたのはほんとに幸運でした」

ブリッジスは不気味な面のあるウッドクックのように秘密のメッセージを衣装に縫い込んだりしないと言う。しかしこの映画の衣装には隠れた物語がある。それらを縫ったのは、アレキサンダー・マックイーンとジョン・ガリアーノの同級生たちなのだ。

This article originally appeared on i-D US.