ウォーホルと遊び、ビートルズの解散を招いたパンクの父、ダニー・フィールド

ラモーンズを発掘し、パティ・スミスをCBGBのステージに立たせ、ビートルズを解散に追い込んだ(?)ダニー・フィールズ。ニューヨークのプロトパンクのシーンに火をつけてから40年を経た今、ドキュメンタリー『Danny Says』でダニー自身が半生を語る。

by Hannah Ongley
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12 October 2016, 1:25pm

danny fields and the ramones in 'danny says,' © arturo vega/danny fields archive

ルー・リード、ジョーイ・ラモーン、イギー・ポップ、パティ・スミスがニューヨークの70年代パンクシーンの中心人物たちだとするならば、ダニー・フィールズは彼らを陰で操る魔法使いのような存在だ。ニューヨーク・パンク黎明期を追った書籍や映画は多い。しかしそれらの中で、このプロトパンクのレコードやアーティストたちの関係において、すべての仕掛け人となったダニーの存在はそれほど大きくクロースアップして描かれることはなかった。そのうちの一冊『Please Kill Me』を書いたレッグズ・マクニール(Legs McNeil)とジリアン・マケイン(Gillian McCain)は、i-Dに「ダニーこそがラモーンズだったのと同様に、ダニーこそはMC5でもあったし、ザ・ストゥージズでもあったし、ウォーホルでもあった」と語っていた。音楽の分野でもヴィジュアルの世界でも数々のアーティストをマネージメントし、彼らの話題を作り、そして彼らと共に遊びに明け暮れたダニー。彼のストーリーは、彼が1977年から暮らすウェスト・ヴィレッジのアパートに残された数百時間にも及ぶビデオやテープに記録されていた。

ブレンダン・トーラー監督が、このニューヨーク・パンクの神を追ったドキュメンタリー映画『Danny Says』で使ったのは、その映像と音源だった。ルー・リードが初めてラモーンズのライブを聴いて恍惚となっている様子なども音源として用いられているこの映画だが、単に興味深い裏情報や秘蔵音源を盛り込んだだけの内容ではない。主人公は爆発的なユーモアと、70年代ダウンタウン・ニューヨークを特徴づけた激動の社交界を象徴するような存在のダニーだ。「パンクの伝説を追っていけば、いたるところで目にするダニーの名前——きっとダニー・フィールズって人が何人かいるんだろうと思ってたんだ。ザ・ドアーズのプレス担当が、ケンブリッジでイーディ・セジウィックとツルんで、数年後にラモーンズを発掘するなんてありえないだろう?」と、ニューヨークでのプレミア公開の直後、若干29歳の監督ブレンダン・トーラーはi-Dに話した。パンクの神話的存在のダニーが活躍した7年間と、彼が残した物の持つ力について、ブレンダンが語ってくれた。

Danny Fields, Iggy Pop, Lisa Robinson, and David Bowie in "Danny Says." © Leee Black Childers/Danny Fields Archive. 

Please Kill Me』など、パンクを扱った映画や書籍でダニーは常に重要な人物として描かれています。「アンディ・ウォーホルも彼の人生を映画にしようと考えた」と伝えられていますが、彼自身は表舞台から姿を消しました——それはなぜなのでしょうか?
ダニーは、スポットライトが当てられる存在になりたかったわけじゃなかったんだと思う。裏方でいるのが好きなんじゃないかな。『オズの魔法使い』でカーテンの向こう側にいる男のようにね。それと、彼が支持したアーティストの多くは、それから40年近くも経って初めて受け入れられたからね。ダニーが見出した当時、ストゥージズのファンは数えるほどしかいなかったのが、15年、20年前になってようやく認められるようになった。世界はまだそういったアーティストたちを深くは理解できていなくて、発見して、また再発見している状態なんだと思う。そんなことをしている間に、アーティストたちはよりビッグになっていく。いつまでたっても追いつけない。それと、ダニーの物語はあまりに断片的な部分が多くてひとつのストーリーとしてまとまりがない。それも彼の存在を謎めかせている理由だと思う。彼の人生を完全なストーリーとしてまとめた映画はこれが初めてだよ。

ダニーがあれほどの写真や、電話での会話の音源を持っていると知ったきっかけは?彼とルー・リードがストゥージズの演奏を初めて聴いたときの録音は素晴らしかったですよね。
ダニーの家に上がると、そこには仲の良いセレブや友人たちの写真が壁一面に貼ってあるんだ。あれがあることで、家に来た人たちとの会話にも困らないんだろうね。その壁を見た訪問者は、そのなかの誰かに必ず興味を抱く。そこからダニーも会話を膨らますことができる。さらに家の奥へと入っていくと「カセットのデータベース」を収蔵したオフィスがある。すべてのカセットの中身がわかるように、ちゃんとファイルに目録わけしてあってね。そのファイルをダニーが送ってくれたとき、僕は度肝を抜かれたよ。「こんなテープが、しかもこんなにあるのか……ぜひデジタル化させてほしい」って思った。なかには、古すぎてテープが切れてしまいそうなものもあったから、ダニーはそれらを家から持ち出すことには反対だった。だから僕はテープデッキとデスクを買って、彼の家でデジタル化作業をしていったんだ。
ルー・リードのテープは、ダニー自身も持っていることを知らなかったんだよ。あのテープのデジタル化を進めていたとき、僕たちはふたりとも息を潜めてスピーカーに耳を近づけた。そこで聞こえたのは、僕たちが知る強気のルー・リードじゃなく、同胞の才能を認め、多少酔っ払って陽気に話すルー・リードだった。自分の耳を信じられなかったよ。電話での会話にも驚いた。ダニーの音源を聴いていると、それぞれの時代、そのときどきに、自分がまるで居合わせたかのように感じるよね。ニコが、映画に見るあのニコのイメージそのままに話していたり……それが面白かったらしく、昨夜のプレミアでは観客も大盛り上がりだったよ。

なぜダニーはああいった会話を録音しておいたのでしょうか?ダニー自身は、コレクターのようになっている様子もありませんし……仲良しだったウォーホルがなんでもかんでも記録しておく人だったことが、そこに関係しているのでしょうか?
ブリジッド・ベルリンがきっかけだったようだよ。ベルベット・アンダーグラウンドのパフォーマンスを録音したのは彼女で、ウォーホルやダニー、彼女の母親の電話の会話をことごとく録音していたのもブリジッドだったらしい。ダニーは、ブリジッドのアーティスティックな作品世界と彼女の存在感に完全に魅了されていたそうだよ。TwitterやInstagramで、今では誰もがやってるような記録のしかただけど、ブジリッドはあの時代にポラロイドをはじめ様々な方法ですでに"その瞬間を記録する"ということを実践していたんだ。あの時代は誰もが——少なくとも一部の集団は——記録という手法を日常に繰り返していたんだよね。でも、数十年後にこんな世界が待ち受けているなんて、あの時代の人たちは想像もしなかっただろうね。

ダニーは、ハーバード大学からニューヨーク大学に編入した学生時代から、自らのセクシュアリティをオープンにしていたようですが、プロトパンクの時代というのは、現代の私たちが想像していたよりもずっと多様性に寛容だったのでしょうか?
ダニーのセクシュアリティは、彼の存在の一部であって全体ではない。それが彼という存在そのものではないんだ。これは現代のカルチャーが受け止めるべき重要なメッセージだと思うね。「紹介するよ。友達のジェフ。ゲイだよ」なんて言うひとには、ひとこと言ってやるべきなんだ。ゲイであることがそのひとの感性やセンスすべてを決めるみたいな言い方は、もうすべきじゃない。ダニーは子供の頃から自分が男性に惹かれるってことに気づいていたようで、だから未だに同性愛を毛嫌いするようなパンクスがいるなら、ダニーを知ることで目を覚ましてくれるかもしれない——そんなことになればいいね。ダニーはセクシュアリティに関して本当にあけすけなんだ。誰とやっただのなんだのと話すダニーの姿は、他の誰かがセックスの話をするのと何も変わらない。メンタリティとして、俺たちは同性愛にそういう接し方をしなきゃいけないんだと思う。

それを如実に物語っているシーンが劇中にありましたね。CBGBの外で「みんな呼んで、やっちゃおうよ」と話していたパティ・スミスとロバート・メープルソープの様子をダニーが回想するシーンです。誰が誰とセックスするかという話にはならず、そこが2016年的感覚から見ると実に興味深かったです。
そう。あれが好例だよね。どっちが男でどっちが女なのかなんて関係ないっていうね。あれが、両性具有がもてはやされた70年代だったという背景も大きく関係していただろうね。親密な感情は男性にしか抱かないダニーだけど、好きになるのは男性に限らず、あらゆるひとに深い興味を持った。そういう性って、いつの時代にもあったはずなのに、現代は政治的な文脈で語られがちで、常にそれが存在形成の最大要素みたいにして口にされる。そうじゃないのにね。

ダニーは人間としてとても温かいひとで、それが彼を彼たらしめているように感じます。パーティ会場の窓から飛び降りようとした女性を止めたダニーを、ウォーホルの取り巻きが責め立てるシーンが印象的でした。
ウォーホルの取り巻きとツルむなら、その狂気の世界に住む人間を救おうなんて考えちゃいけないんだとダニーはすぐに理解したようだね。ブリジッド・ベルリンと初めて出会ったとき、ブリジッドはトップレスで現れて、片手には医者が持つバッグを、もう片方の手にはアンフェタミンの注射を持ってダニーを追いかけ回したんだそうだよ。ウォーホルが作り出した世界で、ダニーは、クレージーながらも抗いがたいほどの存在感と才能を持った人たちに多く出会ったんだと思う。ウォーホルは、そんなシーンをただ冷静に、ちょっと距離を置いて見て、決してはしゃいだりしない——ベルベット・アンダーグラウンド的な姿勢でそれを眺めているのを、ダニーは間近で見ていたわけだけど、後にジム・モリソンやイギー・ポップと出会った彼にとってそれが大いに役立ったんだと思う。気を失ってるイギーの腕から針を抜いて、起こしてステージに立たせたって話を、ダニーはいまだによくするよ。

Danny Fields and Nico in "Danny Says," © Linda Eastman/Danny Fields Archive. 

イギーをデヴィッド・ボウイに紹介したのはダニーだったのですね。ふたりの会話を思い出しながら「俺がこの世で一番嫌いなものの話をふたりは延々と続けた——音楽の話を」というダニーがクールでした。
専門家ぶって音楽を語ったり、評価したりする音楽ビジネスってものが嫌いなんだと思う。イギーとボウイの会話はすごく専門的で、ダニーはそういう虚栄心にうんざりなんだよ。でもね、音楽はダニーを真に感動させられる数少ないもののひとつなんだ。劇中では、いきがったダニーの多くの会話に「アンチ音楽」が色濃く打ち出されてるけど、結局はそうやって彼自身も音楽の話ばかりしているんだから皮肉だよね。

マネージャーである自分と、抱えるバンドの大ファンである自分との間に生まれたおかしなバランスのようなものが、彼をそうさせていたのでしょうね。
そう、彼自身がアーティストなのか否かという話はこれまでずっと囁かれてきていて、そうなると彼が作り出したものは「ひと」ということになる。ダニーは、ひとが想像もしなかったような可能性の扉を開いてくれるアーティストなんだ。ミシガン大学の学生組合のダンスパーティで清掃員として働いていたイギーを見て「あいつには才能がある!」なんて考えるひとは、ダニーぐらいのものだったはず。ダニーには、そういった人物を唯一無二の存在に仕立て上げることができる、人並み外れた知性があったんだよね。そういうスキルは、今では失われてしまっていると思う。僕たちが生きる今という時代は、人類史上もっとも情報へのアクセスが簡単にできる時代だけど、存在が持つ歴史やそこに生まれる文脈を抜き出してスポットライトを当て、カリスマ的存在を作り出していくというスキルは、過小評価されすぎていると思う。

バンドの大ファンという一面は、ラモーンズやストゥージズの成功に大きく貢献したのでしょうか?
もちろん。ダニーはショーを見に行って「こいつらと仕事がしたい」「こいつらを助けたい」と思ったアーティストに出会うと、自分と同じように感じるひとが少なくとも20人ぐらいはその場にいるだろうといつも思うらしい。でもほとんどの場合はダニーひとりだけがそう感じていて——それこそがこの映画の素晴らしさなんだと思うんだ。「アーティストが一番偉いみたいに考えられがちな世の中だけど、アーティストと同等に素晴らしい才能を開花させればいいじゃないか」って思ってもらえれば嬉しい。アーティストには通訳のように真意を伝えてくれる存在が必要だし、また自分たちの存在に価値を見出してくれるひとが必要で、パイプ役になってくれるひととサポートをしてくれるひとが必要なんだよ。ダニーがそういう役割を担ったからこそ、存在しているアーティストもたくさんいるよ。

でもエアロスミスやビートルズは違ったようですね。彼は、ビートルズを解散に追い込んだのは自分によるところが大きいとして譲りません(雑誌『16』の編集者として、「ビートルズは神より偉大」というジョン・レノンの発言や、「アメリカは、黒人が薄汚れた存在としてしか見られない最低な国」というポール・マッカートニーの発言を掲載して話題を煽ったことを指している。ポールの発言には「nigger」という黒人蔑視の差別用語が使われていたが、ダニーはこれを表紙の見出しに用いた)。
ダニーはそれを誇りにすら思ってるよ!

あの見出しは、50年後の現代でも物議を醸すに十分な内容ですよね。
最後に雑誌の表紙で「nigger」って言葉が使われたのを見たのはいつだ? ってダニーは言うんだ。ポールは、白人至上主義の国アメリカで黒人がいかに蔑視されているかを問題視してあの発言をした。あれは雑誌『Datebook』の"Shout Out!"特集号だったから、ダニーはあの発言をそのまま表紙の見出しに使うのを適切だと考えた。キリスト教社会では人種問題が常に大きな議論を巻き起こしてきたし、アメリカは国家レベルでの解決を未だに見ていない。ダニーがやったことは、ジャーナリズムの初歩中の初歩。ただそれが火種となって大きな議論が巻き起こってしまっただけでね——いや、ジャーナリズムの初歩でもなく、あれはただの報道だったし、ただの見出しだったというべきかな。「興味を惹きつけるための見出し」っていう、ひとつの手段だったわけだね。ダニーがあの発言を見出しに使わなかったとしても、もちろんビートルズには同じ結果が待ち受けていたはずだけどね。彼らを取り巻く状況は常軌を逸していたし、そのなかで彼らは人間として成長を続けていたわけで、だから彼らが一部の人間の気分を害するようなことを言ってしまうのは避けられないことだったはずなんだ。「どうせ誰かの気分を害するなら、狂信的なキリスト教会を」と僕でも思うよ。

2013年には、アルトゥーロ・べガとルー・リードをはじめ、パンクにおける伝説的な存在が5人も他界しました。その余波について教えてください。
とんでもない年だったね。1年に、あんな風に次々と伝説的な人物が亡くなってしまうなんてね。べガなんて、健康そのもので、マラソン大会で完走までしていたんだよ……だからダニーは立ち止まらず、アーティストや若い人たちに魅力を見出し、彼らと"今"ってときを分かち合い続けるんだろうね。ダニーは過去に関してとても寛容だけど、"今"についてはもっと寛容なんだ。3年後にはビッグになるであろうアーティストたちの話をいつもしてるよ。2秒でヒットを生み出せるひとなんだ。

ドキュメンタリー作家として、"反逆"をルーツに持つパンクが歴史として記録されることに反対する意見についてどう思いますか?あの時代を記録に残していくことを重要だと考える理由を教えてください。
笑っちゃうよね。パンク生誕40周年のイベントで大英図書館に招かれていたダニーに、ジョセフ・コーは「エリザベス女王からお言葉を頂いたのか?いつ?どこで?どこで女王に認めてもらったんだ?」って訊いたんだそうだよ。コーはマルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウェストウッドのあいだに生まれた子供で、たくさんのパンク関連グッズを500万ポンド相当所有しているらしいんだけど、今年11月にそれらを全部燃やすと宣言しているんだ。そんなことして何の意味があるんだろう、と思う。パンクが生まれたときには、それがこんなに広くこんなにも大きな意味を持つものになるなんて、誰も想像すらしなかった。それが、ポップカルチャーを変え、僕たちの服装を変え、僕たちの考え方を変え、僕たちの話し方まで変えてしまった。パンクの登場によって僕たちの日常まで永遠に変わったんだ。パンクがあったからこそ生きながらえた人がたくさんいる。そのパワフルでひとを鼓舞する力があるパンクは、今なお生き続けている。ミュージシャンだけじゃなく、僕のような人間や映画監督、ペインターが「知識じゃなく心で挑む」っていう姿勢を実践できるのは、パンクのおかげなんだよ。ダニーが手がけた記事はすべて大英図書館に保管されていて、60箱にもおよぶ音源もすべて公開される。これは宝だよ。

Credits


Text Hannah Ongley
Images courtesy of Magnolia Pictures
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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