KEIJI WEARS ALL CLOTHING MODEL'S OWN.

一音、また一音と発見し、更新する表現世界

70年代から現在に至るまで、二度とない「今」の表現を追求し続けている音楽家、灰野敬二。世界中から敬意を集める彼が、不失者をはじめとするバンドやさまざまな形態のソロなど、全方向に広がる表現世界に込める思いとは?

by Yu Onoda
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25 October 2016, 8:35am

KEIJI WEARS ALL CLOTHING MODEL'S OWN.

今年2月にニューヨークで開催されたMARC JACOBS2016年秋冬コレクションのランウェイショーに楽曲を提供。さらにデヴィッド・シムズが撮影、ケイティ・グランドがスタイリングを担当した、その広告キャンペーンヴィジュアルに登場した灰野敬二。1970年代より、ロスト・アラーフ、不失者といったバンドでの活動や国内外の音楽家とのセッションを行い、80種類以上の楽器を扱いながら多角的に行っているソロ活動。また、近年では4台のCDJを駆使するDJやロックのカバーバンド、THE HARDY ROCKSと、膨大にして多岐にわたるライブやリリースに映し出される彼の表現世界は、たとえるならビッグバン後の宇宙。把握不可能なほどの速度と密度、熱量を持って、国内に留まることなく現在も拡大を続けている。そんな彼に対するインタビューは、オーディエンスに見せる、聴かせるライブ時の演出についての話題からスタートした。

「僕の音楽を聴いてほしい。そして、笑ってほしくないけど、途中で帰ってもらいたくない。そのために、その時のライブで自分がどういう役をやるか。それは演奏している楽器にもよるし、演奏する空間の響きが良ければ、鳴る楽器を演奏する。響かない空間では、電気を使ってある程度増幅していかないといけない。だから、事前にどういう会場なのか、壁や床などの材質、PA卓の場所などをリサーチしたうえで決める。例えば、対バン相手が激しい音を出すなら自分は静かにやろうかなと、そんなことを考えたりもする。その最終的な判断はライブ前日に下すんだけど、当日何をやるのが一番いいかを考え続けるという意味で、"即興"はライブ前から始まっている。"即興"というのは、ある局面において使わざるをえない言葉ではあるんだけれど、自分にとっては嫌いな言葉。なぜなら、本来の"即興"はいかに自然にやるかが大事なのに、ある程度技術があるミュージシャンにとっては"次の段階"として敷居を上げた不自然な表現として捉えられ、用いられている。そのことが一番の問題だと思うから。だから、僕は"即興"とは言わず、"なぞらない"という言葉を使う。大切なのは、"なぞらない"というその心構え。つまり、同じことはやりたくないし、起こりえないことが起きる現実にあって、同じことなんてあるわけないっていうことだよね」

今という瞬間にどこまでもフォーカスし、その瞬間の最良の音を紡ぎ出すべく、40年以上継続してきた活動になぞる余地はない。

「今、ロックバンドをやってる子たちは、曲をなぞっているだけ。ただ優等生になりたいだけなんだよね。僕のなかでロックは、他とは違う音楽としてあり続けている。それを具体的かつ論理的に表したものが"なぞらない"っていうことであって、僕はその"なぞらない"を自分が考えるロックに含めておきたい。言い方を変えれば、アカデミックな音楽を含め、あらゆるものに刃向かっているということ。ビートルズがそうだったように、かつてロックバンドをやっていた連中が、もっと自由に音楽をやりたいということで、インド音楽に向かっていった。でも、インド音楽に飛び込んだら飛び込んだで、そこはアカデミックなルールでがんじがらめになった世界だった。アカデミックな音楽というのは、その国のトラディショナルでもあって、例えばトラディショナルなアフリカ音楽やピグミーの音楽は、初めて聴いたときにはプリミティブなものに感じると思う。でも、50年前の録音・30年前の録音・現代の録音を聴き比べてみると、やってることは一緒だったりする。それがアカデミックな音楽、トラディショナルな音楽なのよ。僕も最初はそうした音楽を見たことがなく、知らない風景として捉えるんだけど、それは自分が使いたい音楽言語の全てにはならない。しかも、そうやって僕は音を発見しながら自分の音楽を発明しているわけだから、その音楽を説明するために新たな言葉を発明しなければ、僕の音楽は形容できない。みんな、ノイズとかアヴァンギャルドといった言葉を使おうとするけど、全く当てはまらないね」

ライブや作品を通じて、彼の予測不可能な広がりを持った表現世界に対峙すると、こちらの感覚や思考がいつの間にかに飼い慣らされ、狭められていることに気づかされる。

「同じことをやろうとする発想は、歯車に組み込まれてしまっていることだと気づくべきだ。人って自分から学習しているのか、洗脳されているのか分からない部分で物事を考えさせられているじゃない? 例えば、僕はやらない、というかできないんだけど、みんな携帯のゲームをやるよね。 戦争反対と言いながら、やってるゲームは敵をやっつけて、前に進むものばかり。それは、自分と自分の家族と自分の仲間以外のものを潰す、消すように洗脳されているということだよね。子どもたちに潰す・やっつけるのが楽しいという感覚を植え付けるのはすごく怖いことだよ。僕はそういうメッセージを伝えるために、価値観の違う音楽を提示している。そして、その提示のひとつのやり方が"なぞらない"ということなの。正確性が求められるゲームに対して、ズレたり、"なぞらない"ことを指向しているわけだから僕の音楽を聴いていたら、ゲームに弱くなるはずだよ。ゲームをやるのであれば、日々の生活で殺すんじゃなく、助ける感覚を養うために『今日はどうだったの?』『お母さん、今日僕は虫を3匹助けたよ』っていう、そういうゲームをやってほしい。多くの人は、虫が現れると、無意識的に潰すじゃない?それはやっつけるゲームと同時期に子どもが親から体験させられることなんだよね。確かに害虫はいるし、害が与えられる前に防ぐのはしょうがないとしても、虫を潰すことで、除外したり、駆除する感覚を子どもに抱かせるのはものすごい怖いことだと気づいてほしい。僕はニューヨークのトイレに落ちていたハエをトイレットペーパーで助けてあげたよ。それは自分のなかで自慢できる幾つかのうちのひとつ。一寸の虫にも五分の魂という言葉があるように、実際、ちっちゃい虫にも魂があるからね。日々の生活でどこまでできるかは分からないけど、子どもの頃から意識しないと、そういう感覚はなかなか身につかないんだよ」

その言葉同様、音に対する厳格さと根底に優しさを感じさせる音楽表現によって、聴き手を激しく揺さぶる彼はこうも語る。

「そして、僕が一番許せないのは、裕福さを誇示するように食べきれないくらいオーダーして、平気で残す人たち。中国には食事は残さないと失礼という習慣があるから、中国の人たちに対して礼を欠かないように、今までそういうのを我慢していたけれど、先日フランスの教会で牧師が殺された事件があったじゃない?その事件後にイスラム教の人たちが『我々はイスラム教信者だけど、キリスト教を否定しているわけではない』と、カトリックの教会でお祈りをしていた。そうやって敵視し合っているといわれる人たちが祈りを捧げているわけだから、文化や習慣の違いを超えて、世界中の人間が食べているもの、その量を減らしていかないとね。そうしないとこの地球は壊れるよ。僕が言う"なぞらない"というのは、"今までになかったもの"ということでもある。だって"なぞらない"、一度しかないものは全て"今までになかったもの"じゃない?" 今までになかったもの"を実践しなければ、地球、宇宙は良くならないし、"今までになかったもの"をやるためには、今までとは違う習慣を身につけなければ状況が改善されることはない。だから、喫煙だったり、飲酒だったり、ドラッグ使用だったり、すり込まれた悪習がやめられないなら、僕がやってる不失者のライブに来たらいいよ」

彼は60年代当時、全盛だったヒッピー・カルチャーにコミットすることなく、その後も個であり続けてきた。

「当時、ラブ&ピースを謳ったヒッピー・カルチャーは嘘っぽく感じたんだよ。野外フェスティバルに出れば、そこにはバンドのヒエラルキーが作られていた。美味いものを食って、いい思いをしているバンドがいるかと思ったら、俺たちのように、宿もなく食うものも自分で探してこいって言われるバンドもいた。連中が言ってるのは理念や観念じゃないんだなって身をもって体感したよ。しかも、それは60年代・70年代だけじゃなく、パンクが出てきたときも同じ。俺はパンクなんて嘘だと言い切った人間だからね。塊になり、組織になることはそれがどういう形であれ、自分にとってはありえないのよ。音には最初の一音があるでしょ。そうしたら次の一音がある。僕にはそれが全て。場所が変わろうと、楽器が替わろうと、どういうことが起きようとも、全部一音ずつ組み立てていくだけ。そして、抽象的な言い方になってしまうけど、僕のなかで、一瞬と永遠はどちらが上でどちらが下ということもない。好きにやるというのはそういうことだよ」

その一瞬一瞬を加速し、集中して生きていくこと。その軌跡が音となり、向こう側へと突き抜けていく灰野敬二の音楽は、形容し難しいが、決して難解なものではない。

「そう。僕が伝えたいのは、みんな仲良くしようっていう簡単なこと。でも、人にとって利になることだけしかやってないから、色んなことのバランスが崩れているわけ。一番大事なのはホント目に見えるか見えないくらいの小さなものを見ようとすること。意識すれば虫の存在にだって気がつくはずだし、僕はそうやって、人だけじゃなく、もっと広く捉えて、みんな仲良くしようって言ってるだけなんだよ」

灰野敬二LIVE
不失者 Fushitsusha」
10月28日(金) 渋谷LUSH
Open 19:00 / Start 19:30
Adv 3500 / Door 4000 (+1D)
LIVE
不失者 Fushitsusha :
灰野敬二 (vo, g)
森重靖宗 (b)
Ryosuke Kiyasu (ds)

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Credits


Photography Yusuke Yamatani 
Text Yu Onoda 

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