ファッションは政治思想の操作に利用されている? 〈ケンブリッジ・アナリティカ〉内部告発者が語る、服と思想の危ないつながり

人の好みの分析は、マーケティングに利用されるだけではなく、思想にも影響を及ぼす。〈ケンブリッジ・アナリティカ〉の内部告発者として有名になったクリストファー・ワイリーは、ファッションの好みは分析しやすく、有権者の意識を誘導するのにも利用されていた、という。かつてなくファッションと政治が接近している今、ファッションブランドは何をすべきなのか。そして、服を着る私たちは?

by Clementine de Pressigny; translated by Ai Nakayama
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04 June 2019, 3:37am

2018年の末に、Dolce & Gabbanaが、人種差別的で植民地主義的な広告キャンペーンを公開したことを覚えているだろうか。Dolce & Gabbanaは、旧套な家族観に基づき、細くて美しく、シスジェンダーでヘテロセクシュアルの白人モデルばかりを起用しながら大きくなってきたブランドだ。このスキャンダル後、世間がDolce & Gabbanaの姿勢を糾弾し、こんなブランドのアイテムなんて二度と買わない、と宣言するひとも多かった。しかし、そんな趨勢を意に介さないDolce & Gabbanaファンもいた。

彼らはやはりDolce & Gabbanaが好きで、ブランドのヴィジョンにも賛同し、SNSの投稿に〈いいね〉を押したり、何ならセールで買い物したりして、いまだ変わらぬ忠誠心を示し続けている。彼らのそういう行動は、友人やフォロワーに目撃されるだけじゃない。データ収集企業にサインを送ることにもなっている。そして彼らは、そのサインをもとに、移民の流入がもたらす不安定な雇用状況に抱く恐怖心をさりげなく掻き立てるような記事のターゲットとして選ばれる。

2018年11月末、政治コンサルティング会社の〈ケンブリッジ・アナリティカ〉でファッショントレンドのリサーチディレクターを勤め、のちに内部告発者として有名になったクリストファー・ワイリーが、BoFが主催するイベント〈VOICES〉で、ファッションと政治の関係性についての仮説を訴えた。

ワイリーは2018年3月、英『ガーディアン』誌の調査記事で、ケンブリッジ・アナリティカがFacebook利用者5000万人以上の個人情報を不正利用していたことを明かし、世界中から注目を集めた。同社の顧客には、ドナルド・トランプや、英国のEU離脱推進派団体の〈Vote Leave〉などが名を連ねていた。

ケンブリッジ・アナリティカはそのデータを政治に利用し、有権者の意識をクライアントが望む方向へ誘導していたのだ。Facebookを通して収集された個人情報は、ユーザーのパーソナリティのプロファイルに使用され、人間の心に棲みつく、ワイリーが呼ぶところの「内なる悪魔」を悪用しながら、彼らがひそかに有している傾向を刺激した。

自分には何もやましいところはない、と考えている人は、自分の生活に関与するようには思えないどこぞの企業が自分の個人情報を購入/販売していてもそんなに不安を抱くことはないかもしれない。しかし、このスキャンダルによって、民主主義を守るためには自らの個人情報を守らなくてはならない、ということが判明した。

ワイリーの講演では、怪しいデータ収集企業が政情を左右するために、ファッションのトレンド予測をどのように利用しているかが詳細に説明された。2018年3月、i-D UKに掲載された記事ではこう指摘されている。

「ファッション業界は、どんどん短縮化していく〈シーズン〉に合わせてトレンドを大きく変化させている。そのトレンドの変化の裏にあるしくみを理解することで、ワイリーは、有権者たちの意識に影響を及ぼす方法を考案した。誰かに、あれを好きになれ、これを着ろ、誰々に投票しろ、と命じることはできない。しかし、みんなにとって意味のあるメッセージ、個人の内部に蓄積され、決断に影響するようなメッセージを何度も繰り返し〈見せる〉ことはできる」

ワイリーによれば、特定された個人の特質は政治目的で利用され、ファッション業界やその他のクリエイティブ業界が生み出すカルチャーに関連したコンテンツは、権力を欲する者たちの格好の的になっているそうだ。

ケンブリッジ・アナリティカは、「経験への積極性」「誠実さ」「外向性」「同調性」「神経症的傾向」という、〈ビッグ・ファイブ〉と呼ばれる個人的特徴の指標を使用してユーザーをマッピングし、ブランドマトリクスをつくりだした。そして、伝統的な価値観、健全さ、堅実さ、実用性、というイメージがあるアイテムやブランディングを展開する米国のブランド、LL Beanには「新しい経験に消極的」で、「誠実」(同調意識や組織性、ルール遵守の性質と結びついている特性)な顧客が多いことを明らかにした。

LL Beanの顧客は、たとえばCharles Jeffreyや、ワイリーが例示したKENZOのファンと比べれば、政治的な意味で保守派が多い。つまり、LL Beanの顧客として認識されたひとは、その特性に影響を及ぼすような情報、たとえば無秩序や変化を恐れる気持ちにつけこむような情報を流される。

personality traits
The Big Five personality traits via Wikipedia

ワイリーによると、ファッションの嗜好は特に分析に適しており、データ企業は、それらのデータから容易に特定の社会集団のプロフィールを構築し、その集団をターゲットとして何らかのメッセージを送ることが可能だという。

ファッションは人間のアイデンティティと深く結びついており、しかも日常生活のなかで誰もが触れざるを得ない要素だからこそ、ファッションを通して個人の地位、欲求、思想がだだ漏れになる。それは、特別ファッションが好きなひとに限ったことではない。

ファッションは、自分自身を表現する手段であり、それは同時に、自分自身の現状、そして自分が望む姿を他人に打ち明けることでもある。そして、ブランド側が世界に提示している姿勢こそが、ファッションが自分について発信するメッセージを左右する。

着る本人としては、ブランドが何を主張していようが関係ないかもしれないし、気にしていないかもしれない。しかし、そのブランドを着ることが何を意味するか、そのブランドを着ることでどう見られたいか、他人はそのブランドの着用者をどう評価するか、そういった点に関しては文化における共通認識があり、そのブランドの服を着ている時点で、誰もがそのいち部となる。

かつて私たちは、実生活においてファッションのサインを発していた。しかし現代においては、アイデンティティの表明がオンラインでなされる。私たちは、ブランドの好み、セレブからの影響、趣味嗜好をネット上で常に公開している。インターネットは限られた者のみの領域だったファッションを、簡単に手に入り、永遠に消費が続く日常生活のいち部に変貌させた。

ファッション業界は拡大の一途をたどり、2017年時点で2兆4000億ドル(約265兆円)規模の成長業界となっている。また、みんなが生活をオンラインで共有しているので、データ収集も容易だということを知りながら(知らない場合もあるが)、私たちはシェアを続ける。

近年、ファッション業界と政界とのつながりが強まっていると感じているファッションデザイナーが増えているようだ。ファッションはこれまでも常に時代を映す鏡であったが、ネットを通してファッションへのアクセスがより容易になり、ブランドのメッセージはより広く届くようになった。ファッション業界には新たな責任が生じている。

その一因が、SNSの普及だ。ファッション業界は、自らが抱く闇にこれまでになかった向き合いかたをせざるを得ない状況に追い込まれている。#MeTooや人種差別、そして環境破壊を加速させている主要原因となっている業界のありかたへの意識が高まり、ファッションは、ランウェイショーに留まらず、文化戦争の前線、中心を担う存在となるべく目覚めつつある。

人びとのファッションへの情熱が世界中でかつてないほど高まっているいっぽう、データが日常生活を動かすことで、ほとんどすべてが数値化され、安易にランク付けされている。私たちは常に、そして即座に、今までになかった方法で自分と他人を比較することができるようになった。そして、着用する衣服、参加するイベント、旅行先など、自らの嗜好をSNSのアカウントで世界に公開することで、自らのステータスを構築していく必要に追われている。そういう意味でも日常生活におけるファッションの重要性は増した。

「自らのステータスを顕示するために今まで以上に努力しなくては、と感じているひとは多い」とステファン・マウは自身の新刊『The Metric Society』で指摘している。ステータスをわかりやすく示すひとつの方法がファッションなのだ。

ワイリーは前述の講演、そして講演後の『フィナンシャル・タイムズ』紙のインタビューで、ファッションブランドは、ミレニアルズやZ世代に商品を購入してもらったり、顧客になってもらったりすることだけではなく、自分たちが発信するメッセージをもっとしっかり検討し、そして自分たちがいかに文化を形づくっているかを認識・研究するべきだ、と強調していた。

人種差別、性差別、ボディシェイミングといった過去の過ちを正すだけでは不充分だ。ラグジュアリー業界は、物品によるステータスについて、達成できないゴールを提示し、常にそれを奨励してきた。ファッションには〈民主主義〉を守る責任がある、とワイリーは主張する。

「私がイライラするのは、ファッション業界が人びとを、顧客を、まるで彼らが違う人間かのように分割するときです」

「みんな同じ人間です。なのに、オルタナ右翼に傾倒するひとたちに人気のブランド、というのがあったりする。そうしてそういうブランドは、社会における出来事について、顧客と意見を交換できるような存在として、自らを見事にポジショニングしているわけです」

ファッションブランドは、ただ商品を売るだけの存在ではいけない。特定のライフスタイルに関連する思想を打ち出すだけでもダメだ。ブランドは、平等、寛容、社会正義を発信する必要がある。そしてその実現のためには、広告キャンペーンで〈にわかアクティビスト〉たちにスローガンTシャツを着せる以上のことをする必要がある。

「多様性や、マイノリティや有色人種の表象の必要性を語るとき、すなわち黒人やレズビアン、車椅子の使用者などをブランドのメッセージに登場させようとするとき、まるでそれがブランドのひとつの価値であるかのように語られる」とワイリーは講演で指摘した。

「もうその段階は過ぎました。ファッションブランドは、国を、そして民主主義を守るために、もっと積極的に、文化的なメッセージをつくりあげていかないと。恥や植民地主義、人種バイアス、有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)、ファットシェイミング……。ケンブリッジ・アナリティカが悪用しようとしていたのは、そういう意識でした」

それではブランドはいったい何をするべきなのか。政治思想に影響を与えるべく、自らの力をどう使うべきなのか。

そもそも、ひとの政治思想を変えることは実に困難だ。政治に関する考えかたは、家庭環境、宗教観、暮らす場所など様々な要素が複雑に絡み合って形成されている。しかし、もしファッションが私たちの価値観や、自分自身の、そして他人の捉えかたに影響を及ぼすことができるのであれば、ブランドの発信するメッセージの核に多様性を据えることで、文化における言説が変わっていくかもしれない。

もしファッション業界が、人びとの生活を脅かし、社会的なヒエラルキーの根拠となっている排他的な考えを植えつけるようなメッセージから脱却し、それらを積極的に破壊していけば、そして真っ向勝負でステレオタイプを解体していけば、ファッションと政治の関係性が、より良い社会のための原動力となり得る。

ファッションには力がある。ファッションは思想を形づくる。つまり、ファッションには人びとの思想や共通知識を再形成を可能にする力があるということだ。ブランドのメッセージは、誰か個人の考えかたを変えることはないかもしれない。しかし、文化的な共通認識を変える。

ブランドがどんどん統合され徐々に大企業にまとまり、大量の商品を売って、物質主義に紐づいた欲望を喚起していくことが行動原理となっているファッション業界にとって、自由かつ開放的な社会の実現のための責任は、簡単には背負えるものではないかもしれない。

しかし、確実に未来が脅かされている今、新しい考えかたに向けて進化をすることこそが喫緊の課題だ。

This article originally appeared on i-D UK.