道なき荒野の進み方:ジャズ作曲家・挾間美帆 interview

自身がリーダーを務めるユニット「m_unit」三枚目のアルバム『DANCER IN NOWHERE』を発表した挾間美帆。日夜世界を飛び回り、踊るようにしてジャンルを横断していく彼女の目にはいま何が映るのか? 気鋭のジャズ作曲家が語る、日本との距離、坂本龍一、40代への期待。

by Iku Okada
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11 December 2018, 8:54am

自身のジャズ室内楽団「m_unit」を率いた三枚目のアルバム『DANCER IN NOWHERE』をリリースしたばかりの挾間美帆。その近況を訊ねるインタビューは、世界三都市を結んで実施された。東京で写真撮影を終えた彼女は、その二週間後にはコペンハーゲンに滞在中。聞き手の私はマンハッタンからチャットをつなぎ、一日遅れで彼女の32歳の誕生日を祝う。日本、ニューヨーク、ヨーロッパ、この三拠点が若きジャズ作曲家の〈現在位置〉である。

「今回はデンマークのダニッシュ・ラジオ・ビッグバンドとの仕事で来ています。ヨーロッパでは、国によってラジオ局やテレビ局が自前のビッグバンドを持っているんですよ。昨年共演したオランダのメトロポール・オーケストラも、もともとはラジオ局が持っていたものです。こうした現場で「ジャズ作曲家」という肩書きを活かしながら編曲や指揮をする機会が増えるのは本当に嬉しい。自分にすごく合っていますね。近い国同士でも音がまったく違ったりするのが面白くて、さまざまな刺激を得ています」

ちなみに欧州圏において、挾間美帆は〈日本人の〉アーティストだとは認識されていないそうだ。世界に二つとないジャズの本場からやって来た新進気鋭のジャズコンポーザー。「今どこ?」と尋ねてどんな地名が返ってこようとも、彼女は〈ニューヨークの〉挾間美帆としてその場所にいる。

「ジャズ作曲家として、ニューヨークに身を置いている意義は大きいですね。プロアマ問わずジャズミュージシャンのレベルが桁違いに高い、特別な街です。大西洋を挟んでニューヨークとヨーロッパを往き来していると、最先端の音楽にあまり時差を感じないんですが、そのぶん「日本は遠いなぁ」と考えさせられます。こちらではわざわざ何かしなくても十分伝わることが、地球の裏側にある日本へは黙っていると届かない。物理的な距離だけでなく、目に見えない遠さ、遅さを痛感しますね。だからこそ、自分が意識的に持ち帰ってもっと伝えたい、という使命感も抱きます」

国立音楽大学の作曲専修出身。クラシックの作曲を学びつつ学内のジャズオーケストラにも参加し、卒業後の2010年にマンハッタン音楽院大学院へ留学してジャズ作曲を修めた。2016年には米ダウンビート誌の〈未来を担う25人のジャズアーティスト〉にアジア人でただ一人選出されて話題をさらう。その快挙について掴みかねていた私に、「作家なら、芥川賞を獲る前にいきなりノーベル文学賞候補になったようなものだ」と喩えてくれた人がいた。この輝かしい経歴を、本人はどう捉えているのだろう。

「うーん……よく「エリート一直線だね」と言われますが、自分ではそんな意識はまったくないんですよ。音大で一緒に作曲を勉強した仲間たちは大河ドラマなどの仕事でガンガン稼いでいる一方、私はなぜかひもじい留学生活を送っていたりもしたわけで(笑)。周囲がすんなり進路を決めていくなか、自分だけ夢を見失って逸脱した、路頭に迷った人間だと思っているんですよね」

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憧れのジャズ作曲家に会いに行ったら、人生が変わるかもしれない。そう考えて渡米を決意するが、もうひとつの理由は、他者から貼られたレッテルを剥がし、自分で作った肩書きに貼り替えることだった。在学中から演奏家としての期待も高まっていたのだ。何しろあの山下洋輔が実力を認め、数十年ぶりに事務所に所属させた大型新人である。

「だから当時は、何をしても〈現役音大生ジャズピアニスト〉と括られてしまっていたんですよね。私はあくまで作曲家で、ピアノは作品を出力するツールのひとつに過ぎないのに、「若い女の子は『枯葉』でも弾いてCD出しゃいいんだよ」とか言われて……困ったな、と。最終学歴がジャズコンポジションだったら、世間のイメージを変えられると思ったんです。ピアニストが作曲もする、じゃなくて、作曲家がピアノを弾いている、と認識されたい。そう考えたのは、坂本龍一さんの存在が大きかったです。私にとって彼は、YMOをやっても映画音楽をやっても教育番組をやっても、存在意義が〈作曲家〉に落ち着く。私も留学中はブランディングについてとにかく考え続けました。ここで自分に何ができるか、どうしたら生き残れるのか。日本から来て、女で、ジャズやって、しかも前歴はクラシック。アイデンティティはどこだ?と、つねに自問していましたね。ジャズ作曲に専念する留学生活から生まれた音楽は、もはや自分で演奏するものではなかったですし。大学院修了の翌年〈ジャズ作曲家宣言〉と銘打ったコンサートに東京で挑戦してからは、すごく活動が楽になりました」

米国では専門の学部があるくらいで、〈ジャズ作曲家〉という肩書き自体は造語でも何でもない。それなのに日本語で耳にすると新鮮で、まるで挾間美帆が初めて世に投げかけたかのような、ユニークな響きを持っている。美しく整えられた芝の上を走るはずの純血のサラブレッドが、ただ独り、道無き荒野を自由に駆けていくのを見るような、不思議な両面性を備えた女性である。「私、初対面の人にはものすごく怖がられるんですよ」と嘆くのだけれど、この若さでこれだけの実績を築き、あれだけ壮大な音楽を奏でる人物が、そんなに気さくでフレンドリーなはずがない、と考える人の気持ちもよくわかる。

「音楽だけ聴いてアルバムジャケットだけ見ている人からは、とにかく怖い、強そう、とっつきづらそう、と言われる。まぁ、そう見える職業なんでしょう。今だって、ヨーロッパの大男たち十数人のビッグバンドに囲まれている。十数人のオッサンたちに向かって、来いや!って指揮している、30そこそこの女。インパクトありますもんね。実際、肝、据わってるしね。いい意味で〈年相応じゃない〉ことをやってきた20代でしたから、ただ若いというだけで誤解されて、正当な評価がついて来ないこともありましたよ。でも、そんなに怖くないんだけどなぁ」

多忙な毎日のなか、SNSに投稿する写真やライブなどの告知、YouTube公式チャンネルに載せる動画まで、細かなプロモーションをほとんど本人がこなしている。自分の語り口が少しずつ〈怖い〉の誤解を解いていくことに「大変喜びを感じています」と笑う彼女は、32歳の今、「早く40歳になりたいんですよね」と言う。

「正直に言うと20代のころ、年上に囲まれて働きながら、少し上の30代を見て、ああなりたい、と憧れられる人がいなかった。憧れの的が40代の人ばかりだったんですね。だから自分が30歳になるときもすごく嫌だったんですよ。実際、30代という立場になってみて、見事に「板挟みで中途半端」な存在となりうることは痛感できました(笑)。でも今は、40代になったら、仲のいい友達同士とも、もっとうまく、いい音楽活動ができるんじゃないかなと期待しています。30代は40代以降のための下積みの助走期間。今はまだ、同世代や下の世代と一緒に何かすると、納得いくレベルに達せないこともあるけれど、がむしゃらに働いてあと8年経ったら、求めるクオリティにふさわしい人たちが生き残っていると思う。そこを目指したいですね」

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『Journey to Journey』(2012)、『Time River』(2015)、そして今回の新譜『DANCER IN NOWHERE』と、3年置きに新譜を発表してきたm_unit。作曲家としての今後の展望を尋ねると、「この調子で3年後にまた同じようなアルバムを作る気は、今のところはないですね」と言う。

「『スターウォーズ』じゃないけれど、3部作で一区切りがいいかなと思っています。もともとこのユニットは、仕事に合わせて集合して解散して、どれだけ効率よく、いいものが作れるかを考える集団で。日本公演と米国公演ではメンバーが違ったりもするし、それによってアプローチを変えもする。アルバム以外にも、また何か新しい発展をさせたいですね。そして作曲家として新しい依頼をどんどん受けたい。ピアノに回帰したい気持ちもあります。かつて自分が弾いていて、今も頭のなかで鳴っている音色を表現できるようなら、それを活かして曲を作ってみたい。ピアニストではなく〈ジャズ作曲家がピアノを弾く〉ですね。アレンジャー、指揮者、ミュージックディレクターとしても、日本やアメリカだけでなく、ヨーロッパのいろいろな国で活躍していきたいです。そこから派生して、クラシックとジャズとの架け橋になれたら、というのが、将来的な大きな夢のひとつ。クラシック音楽家のジャズレパートリーって、いまだにガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」あたりで止まっている。最新の曲が90年前、という状態なんですよ。自分が作曲編曲する以外に、プロデューサー的な立ち位置で、そうしたクラシックとジャズの接点をアップデートしていくような活動に、携われたらいいなと思います」

自身の過去を振り返って「周囲と比べてもahead(先んじている)だった」という言葉を選んだ挾間美帆は、その後すぐ「でも、あんまり生き急いでもいいことないだろうから」と付け加えた。新作『DANCER IN NOWHERE』には、世界でいちばん新しい音楽と、さらにその先を感じさせる余韻が響いている。


挾間美帆 m_unit「ダンサー・イン・ノーホエア」リリース記念ライヴ
日時:2019年2月6日(水)
会場:ブルーノート東京
[1st]Open5:30pm Start6:30pm
[2nd]Open8:20pm Start9:00pm