「優しいやり方でも抵抗できる」プッシー・ライオットのナージャが語る、パンク精神とアクティビズム
ロシアで開催されたサッカーW杯決勝戦への乱入も記憶に新しいパンク集団〈プッシー・ライオット〉。彼女たちはアートをつくり、楽器を鳴らし、メディアを運営しながら、日々小さな革命を起こし続けている。この集団の中心人物であるナージャが、モスクワでの生活やDIYパンクの精神、大好きだという日本のアニメヒロインについて語った。
プッシー・ライオットは過去10年近くにわたってアートとアクティビズムが分かちがたく結びついた強力なメッセージをロシアから発信してきた。ニットの目出し帽をかぶり、カラータイツにミニスカートで目にあざやかな色彩をまとった彼女たちは、2012年3月、モスクワの救世主ハリストス大聖堂にてゲリラ・パフォーマンス「パンク・プレイヤー」を敢行。参拝客のふりをして密かに楽器と機材を持ち込み、40秒間にわたってオリジナル曲「聖母マリア様、プーチンを追い払って」を演奏して逮捕された。この一部始終を撮影した動画は世界中に拡散され、彼女たちは〈ロシアのフェミニスト・パンク集団〉としてニュースの見出しを飾った。
2018年7月には、ロシアで開催されたサッカー・ワールドカップの決勝戦に警官の制服姿で乱入したのち、警察と政権の腐敗を批判し収監中の政治犯の釈放を要求する犯行声明を発表した。試合を楽しみにしていた人々からは当然厳しい批判を浴びせられたが、「大衆はスポーツ大会に代表される派手なメディアイベントに夢中になって現在進行形の深刻な人権侵害から目をそらしている」という現代社会の宿痾をあそこまで鮮烈に世界に突きつけてみせたアーティスト/アクティビストがほかにいただろうか?
プッシー・ライオットは正体不明の覆面集団として誰が名乗っても構わないとされており、その全貌を掴むのは難しいというか不可能なのだが、大聖堂でのパフォーマンスで2年の実刑判決を受けたナジェージダ(ナージャ)・トロコンニコワとマリア(マ ーシャ)・アリョーヒナのふたりは間違いなくこの集団の主要人物と言えるだろう。彼女たちは獄中でも、受刑者が極端な長時間労働を強いられるなどの非人間的な扱いを受けていることに抗議してハンガーストライキをおこない、刑務所の環境を大幅に改善させることに成功した。
釈放後も収監者の人権擁護団体を立ち上げて運営しているほか、それぞれにプーチン政権とロシアの警察、そして教会の圧制に世界の目を向けさせるアクションを続けている。
今回i-Dは、アートと音楽のパフォーマンスで国際的に活動し、昨年秋に英語での単著『読め、暴動せよ プッシー・ライオットのアクティビズム案内』(堀之内出版より2020年に刊行予定)を上梓したナージャに接触してフォトセッションとインタビューの機会を得た。
これまでの濃密な人生を考えると驚くべきことだが、彼女はまだ20代。そしてモスクワでひとり娘を育てる母親でもある。最近はチャイカ(Nikita Chaika)という新たなメンバーといっしょに音楽製作とパフォーマンスをおこなっており、この春には南米ツアーを予定している。現在はモスクワでクリエイティヴな意欲に満ちた日々を生きている様子だ。

—— 最近はどんなプロジェクトに取り組んでいますか?
ナージャ:この4ヵ月はあまり表に出ていなかったんです。いまは潜伏期間。プッシー・ライオットの仲間のチャイカと曲を書いて、ビデオの撮影と編集をして、アートワークを作って。いまの時点ではまだ全部未発表だからあまり多くのことは言えないけど、一部はもうすぐシェアしたいと思っています。主なテーマはディストピア的未来、核の冬、原子力災害(チェルノブイリと福島)、異端者でいることについて。MUTATIONS(DTM音源)の使い方を学んでいて、すごい弦楽四重奏のトラックを録音するのを夢みてます。同時に私たちはさまざまな音楽のジャンルを溶け合わせるのを楽しんでいて、結果ラップ、ポップ、パンク、メタルの奇妙なミクスチャーができあがっています。
—— 2月にロサンゼルスに滞在し、サンタモニカカレッジでシェパード・フェアリー(OBEY)、キャサリン・オピー、タヴェアス・ストラチャンとのディスカッションと、プッシー・ライオットのパフォーマンスをおこなったそうですね。いかがでしたか?
ナージャ:エキサイティングでした。新しいプログラム、楽曲、ビデオ、振付を初めて披露したから。
—— アメリカでは何か変化に気づきましたか?
ナージャ:2016年以降、人々はますます積極的に政治に関与するようになってきています。 2015年には私はまだアクティビストでいることで自分がアンダーグラウンドだと感じていたけれど、2019年にそれは完全にありえない。いま現在、アメリカで政治的に意識的でアクティヴであることは主流になっている。同じことは(また別の理由から)ロシアでも起こっています。私にとっては夢が現実になったような感じ。フェミニズムがメインストリームになったのをまるで悪いことみたいに不満を言う人もいるけれど、私には理解できない。進歩的な考え方を主流にするのは私の目標だもの。それが一旦メインストリームになれば、さらに先に進み、さらに現体制を壊し、もっとラディカルで挑発的な問いを投げかけることができるようになるでしょう?
「自己検閲は理解できる反応だけれど、私はそれを追い払うよう努めています。 でなければアーティストではなくなってしまうから」
—— モスクワでの生活はどんな感じですか? 自由に行動し発言することができていますか?
ナージャ:シュールな状況。すごくカフカ的。最近、政府高官がカメラの前で西側のチーズの大きなかたまり(6kg)に向かって、このチーズは粉砕されるべきだと宣告しました。そして役人がチーズを燃やした。プーチン政権に対する制裁措置への報復として、西側の食品はすべて禁止されているんです。そして「違法」食品を貧しい人々(悲しいことにロシアにはたくさんいます)に与える代わりに、プーチン政権の金持ちの男どもは食品を廃棄してしまった。
—— ますます監視社会になってきていると感じますか?
ナージャ:近頃はスターリン時代のような大量逮捕はないけれど、その代わりシロヴィキ〔治安・国防関係省庁出身の有力者たち〕はごく少数の人々にプレッシャーを与えて残りの人々を怯えさせようとしています。自分が次のスケープゴートに選ばれるかどうか知る由もないってこと。だから常に不安に感じてしまうし、プーチンはその感じこそを人々の胸に抱かせたがっている。彼は人々に自己検閲をさせたがっています。それは最も効果的な検閲です。すると人々はきわめてロシア的な習慣である「二重思考」を身に付けていく。ある方向で考えているときに、それとはまったく違う風に話すようになるんです。私もときどき自分自身を検閲していることに気づきます。それは文化に深く埋め込まれた、ほとんど無意識の習慣。私たちが現在置かれている状況——インターネット・ユーザーのお気に入り、シェア、リポストを刑事事件化しようとする大きな波——において、自己検閲は理解できる反応だけれど、私はそれを追い払うよう努めています。でなければ私はアーティストではなくなってしまうから。
「もしあなたが引っ込み思案で内気な人間(私みたいな)だったら陽気で外向的なアクティビスト・スーパースターになろうとしちゃだめ。自分のすべきことをする。あなたはアートとか穏やかで優しいやりかたで抵抗することもできる」
—— ロシアで娘を育てていて、良いところと悪いところは?
ナージャ:私は自分がロシア文化の一部であることが幸せだし、娘も同じだと信じています。それは正気でなく、狂っていて、美しく、アナーキックで権威主義的で、タフで甘美な体験です。私は自分がロシアの田舎で育って良かったと思うけど、故郷の街〔工業都市ノリリスク〕は間違いなく私の神経をむしばみました。地球最北の都市のひとつで、夏なし、散歩なし、あるのは核の嵐だけ。でも私の娘はモスクワで育っているから、自分がロシア文化の一部であることにそこまで大きな代償を支払っていません(笑)。
—— アクティビズムを実践するのと同時に母親でいるのは、たいへんな苦労があることと思います。
ナージャ:母になったことは私がフェミニスト・アクショニズムに身を投じるにあたっての決定的な出来事のひとつでした。私は(驚いたことに)アートのコミュニティで、母親になったからという理由で何度も酷い扱いを受けてきました。母親たちは自動的にゲームから外れるものだと人々は考え、私の意見を気にかけるのをやめてしまいました。それだけじゃなくて、公園のベンチでうちの子に授乳していたら、男たちがやってきて「なんてこった! 君はすごく若くてきれいなのにもう母親だなんて! 君は聖なる赤子を膝にのせた聖母みたいだよ」とか言われたりする。心のなかでは「失せろ、マザーファッカー」と思っていたけれど、それを口に出すには私はシャイで礼儀正しすぎました(それってたぶん間違ってた)。
—— 日本は出生率が深刻に低下しているにもかかわらず、出産・育児への公的支援はお粗末な状態です。ロシアは日本よりも育児を社会全体でサポートする体制ができているのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
ナージャ:ロシアの母親たちは、現在でもなお育児に関してほぼすべての責任を担うのが当然だと思われています。
—— あなたはロシアの刑務所制度を改善しようと力を尽くしてきました。そのために立ち上げた〈Zona Prava〉と〈MediaZona〉について教えてください。
ナージャ:私たちは刑務所から釈放された直後の2014年にふたつの団体を設立しました。Zona Pravaは収監者とその家族に無料の法的サポートを提供します。Zona Pravaの弁護士たちはクライアントのために欧州人権裁判所とそれぞれの地方裁判所に働きかけ、すばらしい成果をあげています。何十人もの悪い警官が刑務所送りになり、何十人もの善人たちが釈放されました。MediaZonaはロシアの生活の真実を伝えるインターネットメディアです。抗議運動、最も重要な裁判、アクティビストの訴訟についての情報を扱います。これがどんどん広まっているのはいい兆候です。人々は真実を知りたがっています。

—— あなたがDIYパンクとアートを信じるようになったのはどうしてですか?
ナージャ:10代の頃にそれを発見してクールだと思ったんです。人生を通じて変なことをやっていいし、成長して退屈な大人になる必要はまったくない。この戦略が有効だってことは時間が証明してくれました。
—— あなたにとってパンクとは?
ナージャ:自分自身のものも含めて、あらゆる種類の現状・体制に異議申し立てを続けること。
—— あなたにとってフェミニズムが意味するところは?
ナージャ:平等。
—— あなたの著書『読め、暴動せよ』は読者に変化のための行動を促す構成になっているのが良かったと思います。どうしてあのスタイルで書くことにしたのですか?
ナージャ:あの本を書くことにしたのは2017年がはじまったばかりで、アメリカの進歩的な人々にとって大混乱の時期でした。私は大勢のアメリカの友達にアドバイスを求められました。それが結局本になったんです。ほんと当然の成り行き。
—— 最近、マリア・アリョーヒナの『プッシー・ライオットの革命 自由のための闘い』(DU BOOKS)が日本で翻訳出版されました。
ナージャ:プッシー・ライオットが日本のオーディエンスに届く機会を得たのはすごくクールなこと。私たちはあなたがたの文化のとりこなの。
—— プッシー・ライオットのこれまでの活動でポケモンやセーラームーンのイメージが使われていますよね。子どもの頃からそういう日本のポップカルチャーに親しんでいたのでしょうか?
ナージャ:もちろん!!!! 前からずっと大ファン。プッシー・ライオットの衣装を見てみて。スーパーヒロインたちの格好を思い出さない?
—— 日本に来たらやりたいことは? 行きたいところは?
ナージャ:特に何も決めずにただ歩き回って、人生に導かれるままに任せてみる。いつもしているみたいにね。
—— 日本の安倍晋三総理、もしくは日本の人々に本をすすめるとしたら?
ナージャ:ウラジーミル・ソローキンを読んで。どの本でも!
—— 世界では酷いことがあまりにもたくさん起こっていて、人々は自分を無力に感じてしまいがちです。どうしたら抵抗する強さを保ち続けることができるでしょう?
ナージャ:その都度ひとつのことに集中する。他のあらゆる活動と同じように、なんてね。アクティビストのナポレオン・コンプレックス〔自分の一度のアクションで全世界が変わるという信念〕に陥らないこと。自分の好きなことをする。もしあなたがもともと引っ込み思案で内気な人間(私みたいな)だったら、陽気で外向的なアクティビスト・スーパースターになろうとしちゃだめ。自分のすべきことをする。あなたはアートとか、穏やかで優しいやりかたで抵抗することもできる。
—— 次は何をする予定?
ナージャ:凍った森で、きのこを見つけて、ウルトラヴァイオレットの絵の具で塗る。最近、人工芝をオーダーしたから、それはイヴ・クラインの色で塗るつもり。


Credit
Text Momo Nonaka
Photography Masha Demianova
Styling Stacy Batashova
Make-Up Julia Rada
Photography Assistance Paul Lehrer
Styling Assistance Maria Maximova And Rita Kosyakova