MIRA新伝統と考える「体調管理社会」【来るべきDに向けて】

「セルフケア」、自分の心と体をメンテナンスすることは今の時代にあって欠かすことのできない大切な行為となっている。しかし、なぜ私たちはこんなにも日々、自分の体調管理に気を使わなければならないのだろうか。

by MIRA SHINDENTO
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22 October 2020, 10:00am

坂本龍一とGotchが中心となり、震災(Disaster)から10年(Decade)という節目にさまざまなDをテーマにした無料フェス「D2021」が、2021年3月13日と14日に日比谷公園で開催される。この連載「来たるべきDに向けて」では、執筆者それぞれが「D」をきっかけとして自身の記憶や所感を紐解き、その可能性を掘り下げていく。

今回は、音楽家のRaphael LerayとパフォーマーのHonami Higuchiから構成されるエクスペリメンタルアートユニット「MIRA新伝統」が登場。健康志向がよしとされる風潮がはらむ“危うさ”についてのエッセイを寄稿してくれた。私たちはどうしてこんなにもセルフケアしなくてはならないのか。その背後にある問題系とは。自分の体が自分のものではないように感じてしまう感覚の正体に迫る。

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photography Jun Yokoyama

「Disembodied」MIRA新伝統

この数十年で私たちの“体についての意識”が奇妙に変化しているような気がする。

私たちの“セルフケア”への意識は、両親や祖父母たちが私たちと同年齢の時よりも、ずっと高くなっているようだ。より良い薬を手に入れ、サービスを受け、多くの教育を受け、それらの製品の広告を毎日ように目にしている。

しかし厄介なことに、体が、本当に自分自身の体であるとは思えなくなってしまったような……

資本主義社会の環境下では、建設作業員にとっては道具、エンジニアにとっては脳の受け皿、会社の顔である営業マンやマーケターにとってはブランディングの手段……というように、体が“資源”になってしまった。まるで、リソースの一部でしかないかのように。

自分の体は自分のものであるという感覚と意識が、薄れてきているのかもしれない。

セックスワーカーの場合、この“自己”としての体と“リソース”としての体の解離が極端である。毎月の性病検査に加えて、精神的にも肉体的にも様々なケアを受けなければならない。

Honamiの場合、一生懸命ケアやヨガをして、化粧品を試して薬を飲んだのは、自身の(精神的な)成長のためでも、人生の意味を見つけるためでもなかった。ほとんどの場合は、肉体的な痛みを改善し、顧客の前で深刻な精神的苦痛や空虚さを封じ込めるためのものだった。

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これは今日の資本主義の中で、体がどのように扱われているかという視点で見ると、他のどのような職種と比較しても、原理的には、あまり変わらないと思う。

マントラは「体調の管理をしてください」である。それは私たちの肉体を、自己と絡み合った一体としてではなく、あたかも自己から切り離された、外側にあるものとして扱おうとしている。体とは、私たちが“生息”するために必要な乗用車や、はたまたガンダムのようなアバターみたいなものなのだろうか。

資本主義の一部としてサバイブするためには、生産性を高め、互いに競争し、定期的に体のメンテナンスをしなければならない。

これは本当に私自身のために、私の意志で行っていることなのだろうか。

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日本では2011年、福島原発事故のあとでさえ、地元の農業経済の活性化という名目のもと、そこで働く人たちへの放射能汚染のリスクをほとんど鑑みていなかった。

そして今行われているパンデミックの処理のしかたは、権力者が新自由主義的な教義を見直すか、労働者の健康を危険にさらすかの選択を迫られた場合、後者を選ぶことを示している。

数ヶ月前のパンデミックの最中、Honamiはピラティスの講師として働いていた。しかし、本来は個人の健康に焦点を当てた仕事であるはずなのに、そこで働くスタッフは低賃金や極端な残業時間によって、燃え尽きるまで追い込まれいた。そして「風邪や病気にはかからない健康体をアピールし、笑顔で歓迎する顔」を見せるためにマスクの着用を禁止する会社の規則は、後期資本主義における健康とボディケアのありようを皮肉なかたちで体現していた。

このようなことを考えているうちに、私たちは自分の体に対する考え方が、それが進化する空間と時間によって大きく変化することに気がついた。ある空間と時間は、私たちの身体をリソース以上のものとして再考する時間を提供してくれる。

ライブパフォーマンスのとき、レイヴパーティで踊るとき、夜の街を漂うとき、トランス状態になるとき、瞑想状態になるとき……それらは、心と体を和解させるための貴重な時間だ。

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前回のリリース作品「TORQUE」では、Honamiが抱えるトラウマからカタルシスに至る過程を記録し、自らの意志で表現することで身体を再構成することを目的とした。

性暴力を受け、性産業で働かざるを得なかった事実を描いたもので、自分の体を売ること、常に病気と向き合うこと、そこから立ち直ること、などを繰り返すことで、自分の身体を取り戻していった。

パフォーマンスやカタルシスの体験に限らず、直接体を動かして行動したり、意見を伝えたりする必要性はあると思う。オンライン上でのパフォーマティブなアクティビズムを行っても、現実的には行動は起こしていない。社会に対するアクションとしては具体性が足りていない。例えば、体はオフィスにあるが、心は革命を求めるツイートをしている、というように。

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アメリカの活動家アンジェラ・デイヴィスは「個人的には、刑務所にいたときにヨガと瞑想の練習を始めました。しかし、それは個人的な練習でしかなかった。後になって、私はコミュニティと共にセルフケアをすることの重要さに気がつきました」とインタビューで語っている。

今必要なのは、私たちのことなど“気にもしない社会”を生き抜くためのセルフケアや日常の習慣をオンラインで誇示することではない。私たちが自由に出会い、日常生活や儀式や相互のケアやお互いの身体に対して真の関心を寄せるようになったならば、根本的な変化への第一歩を踏み出すことができるだろう。そして、私たちは自分の体を取り戻すのだ。

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「D2021」
日時:2021年3月13日(土)、14日(日)
会場:日比谷公園(日比谷公園アースガーデン“灯”内)
主催:D2021実行委員会
共催:アースガーデン/ピースオンアース
※D2021は「311未来へのつどい ピースオンアース」の関連企画です