photography Giovanni Bozzoli

多様性と解放:音楽フェスは社会を変えるか? イタリア篇「サトゥナリア」

時代は空前の「音楽フェス・ブーム」に突入。コーチェラなど海外フェスもすっかり馴染みのものとなった。本シリーズでは世界の知られざる音楽フェスを紹介していく。第一弾は、ミラノにあるスクワットの文化施設MACAOで開催される〈Saturnalia(サトゥナリア)〉。

by Yuko Asanuma
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30 January 2020, 3:24am

photography Giovanni Bozzoli

高度資本主義社会における音楽フェスティバルというのは、主催者がエンターテイメントとしての音楽をプログラム・提供し、それに見合う対価を支払って観客が集まり、受動的に楽しむというモデルが当たり前となっている。

近年は世界各地で多様な目的やスタイルのフェスが開催され、「フェスティバル・ブーム」とも言えるような様相を呈している。現在ではその多くが商業化され、開催地の観光業や町おこしも巻き込んだ一大事業と化しているが、世界的に有名なフェスティバル、例えばフジロックが手本としている英〈グラストンベリー〉や、最近ではシリコン・バレーのテック・ベンチャーのエリートたちもこぞって行っているらしい米〈バーニングマン〉などは、元々参加者の常識や先入観をひっくり返すような、ある種のユートピアを日常とは離れた場所に、一時的に出現させるものだ。

そこで集団的な一体感を共有し、既成概念を覆すような表現を見て、普段は接しないような人たちと交流することは、単なる現実逃避ではなく、日々の生活や習慣を見直し、偏見や先入観、現行の社会規範を問い直すきっかけになる。そう考えると、たとえそれが数日間の体験だったとしても、音楽フェスティバルというのは社会に変革をもたらすことができるのではないだろうか。

日本でもGEZAN主催の〈全感覚祭〉やTurtle Island主催の〈橋の下世界音楽祭〉、〈THE M/ALL〉などは、まさにそれに挑戦している例だと言える。おそらく私たちが知らないだけで、世界のいたるところでこのような催しが行われているのだろう。

この全三回のシリーズでは、筆者がここ数年で体験したフェスのなかから、特に野心的でビジョンを持った国外のフェスティバルを紹介する。第一回は、イタリアはミラノで開催される〈Saturnalia(サトゥナリア)〉だ。

saturnalia-2019, サトゥナリア, ミラノ, イタリア, レイヴ, 音楽フェス

Saturnaliaのことを初めて知ったのは2017年の6月末、開催直後だった。〈Terraforma〉という、これまたセンスが良く意識の高い、ミラノ近郊の夏の野外フェスティバルで会った音楽業界で働くドイツ人の友人が、興奮気味にその前週に開催されたSaturnaliaのことを教えてくれた。「あらゆる種類の人たちが混ざっていて、内容もむちゃくちゃ尖っている。絶対好きだから行った方がいい」と勧めてくれたのだ。

信頼できる友人の勧めだったので、もうこの時点で2018年はSaturnaliaに行くと固く心に決めていた。そして2018年の6月に初めて会場である〈MACAO〉を訪れ、Saturnaliaを体験し、私は完全にこの場所とその精神、それを運営する人々の虜になった。

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photography Pier Paolo Moro

MACAOは自らを「芸術・文化・リサーチのための新センター」と呼ぶ、スクワットの文化施設である。「スクワット(無断占拠)」という概念は日本では馴染みが薄いが、ヨーロッパでは特にオルタナティブな文化シーンにおいて非常に重要な運動として誰でも知っている。

端的に言えば、空家や廃墟を所有者や行政の正式な許可を得ずに勝手に使用/占拠することだが、ヨーロッパの多くの国では、一定期間占拠するとそこに居座る法的権利が発生するという、占拠者の側を守る法律もある。筆者が在住するベルリンはかつてスクワットのメッカの一つであったし、現在もいくつかは存在している。「学生の頃はスクワットに住んでいた」という人にもぼちぼち出会う。

ただ歴史的にはスクワッティングに寛容であったイギリスやオランダ、ドイツでも、ジェントリフィケーションによる地価高騰などを受けて、強制退去に追い込まれるケースも多く、近年ではめっきり数が減ってしまった。現在も占拠を続けている人々は、政治運動として関与していることがほとんどで、DIYカルチャーやアナキズム運動と密接に関係している。MACAOも例外に漏れず、実はいつ強制退去に追い込まれてもおかしくない状況で、ずっと運営が続けられている。

サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Carlotta Menozzi
サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Carlotta Menozzi

MACAOは観光客で賑わう市街地の中心部の東側、プラダ財団美術館の少し北に位置する、元食品市場の屠殺場跡地にある。広大な市場の敷地内にあるほとんどの建造物が、荒れ果てた状態で今も空家だ。夜はお化け屋敷にしか見えないようなところである。

表にバナーが掲げられた、大通りに面した入り口を入ると、すぐにメインホールにつながっている。柱で囲まれた2階まで吹き抜けになっているこの大きな部屋には、時間の経過の重みと不思議な厳かさが漂っており、思わず息を飲む。映画か演劇のセットのようで、非現実世界に入り込んだみたいだ。

この部屋の右側にはもう一つ中くらいの部屋があり、正面には小さな部屋が二つ、左手の階段を降りると地下の屠殺場、階段を登るとインスタレーションが設置してある屋根裏スペースがある。さらに建物を抜けて裏口から出ると、かなり広い中庭が広がっており、背後の広大な市場の廃墟が見渡せる。

MACAOは2012年からこの建物を占拠し、先進的な文化・政治プログラムを提供する公共スペースとして有志たちによって運営されてきた。MACAO自体は必ずしも毎日ではないが通年でハードコアからアンビエントまで、音楽やダンス、ワークショップといった文化・芸術プログラムが多数展開されており、Saturnaliaは年に一度の集大成的なフェスティバルである。

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photography Giovanni Bozzoli

出演アーティストの一人とまだ開場準備中のMACAOに着くと、フレンドリーなスタッフが受付をしてくれて、どこから来たのか、MACAOは初めてか、といった他愛のない会話をし、その中で私は特に考えもせず、「あなたはどのくらいMACAOで働いているんですか?」と質問した。これに対し、大学生くらいの意志の強そうな目をした受付係の女の子はきっぱりとこう言った。

「ここで働いている人は誰もいません。みんなアクティヴィズムとしてやっていますから。これは仕事ではありません」

私はハッとさせられた。これに最も近いものでは、ベルリン近郊の自称「共産主義フェスティバル」の〈Fusion〉や、アムステルダムの〈OT301〉という元スクワットの文化施設は訪れたことがあったが、イタリアでも最も裕福できらびやかなミラノという街に、仕事でもなく、(経験を積むための)ボランティアやインターンでもなく、アクティヴィズムとして音楽フェスティバルの運営を進んでやるという若者が、これだけ存在し結束している場があることに衝撃を受けた。聞けばミラノは、伝統的にパンクやアナキズム運動が盛んな都市であったという。

サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Alessio Costantino
サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Alessio Costantino

その伝統を受け継ぎ、Saturnaliaのプログラムには、建物の地下にあるタイル張りの屠殺場にパンク/ハードコア・バンドが立て続けに登場する。例えば今年はこの部屋でPrison Religionを見た。他には、例えばタンザニア発の高速ストリート・ダンス・ミュージック、シンゲリの代表的にアーティストであるDJ DUKE & MCZO、ブリストル・ダブの進化系を提示しているレーベルBokeh VersionsFuckPunk/NoCornerのジョイント・ショーケースにBokeh Edwards、Ossia、Kinlaw & Franco Franco、Spiritfleshなどがラインナップ。

MACAOの運営には、これらのレーベル・アーティストの作品も多数発表しているHaunter Recordsの共同設立者も中心的な役割を担っている。かと思えば、初日メインホールのオープニングは、パリのマルチ・メディア・アーティストAlexandre Bavardによる荘厳なパフォーマンス・ピースBulkyや、Mark FellとダンサーJustin F. Kennedyによるコラボレーション・パフォーマンス『XXYZZY』などもあり、またポーランドのMorgiana Hz、パリのCrystalmess、UKのLOFTre:niといった女性アーティストも多く招聘しつつ、地元のMACAOコレクティヴのメンバーでもあるPiezoArcangeloも抜かりなくフィーチャーしたプログラムとなっていた。

日中にはカフェ・スペースでワークショップやディスカッションがあり、今年は「AI」「実験音楽における女性の連帯」「レイヴの権利」といった興味深いテーマが取り上げられていた。

Saturnalia-Bulky, サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Sasha Stavnichuk
Pier Paolo Moro, サトゥナリア, イタリア, ミラノ, マカオ, 音楽フェス, レイヴ, スクワット, セーフスペース, 多様性
photography Pier Paolo Moro

このようなトピックを取り上げ、似たような出演者をラインナップしているフェスティバルは、ヨーロッパには他にもたくさんある。ではSaturnaliaの何が他と違うのか? それはその徹底ぶりである。入り口で渡されるプログラムや会場内には、以下のステートメントがはっきりと書かれている。

MACAOはみんなのために、みんなの手で作られたスペースです
私たちは身体の解放を推奨します
私たちは多様な魂の出会いと交流を促進します
私たちはあらゆるタイプのジェンダーとセクシュアリティと表現の自由を称賛し、
”異花受粉”を個人および集団の成長を促す最上級の知識のあり方として推奨します
MACAOはクィアで、パンセクシュアルで、変態的で、多形的であることに誇りを持っています
この空間に足を踏み入れることは、あなたもその中に居る身体と感性に
絶対的な敬意をもって関わることを約束することです
MACAOはいかなる差別、辱め、いじめ、性別に基づく暴力または嫌がらせの一切を容認しません
またあらゆる形態の抑圧と支配を拒絶します
私たちの意図をここに書き出すだけでは、これらの問題は消滅しません
この空間を通過するすべての人に、あらゆる形態の暴力を回避および防止し、誰かがそれを指摘した場合は、それを止めるよう対応する責任があります
より安全なスペースは、集団的協力によって構築されます
ここにいる私たち全員が、自分自身の行動に責任を持ちましょう
攻撃のリスクを減らすため、協力し合いましょう
私たちはあらゆる抑圧のシステムを認知し、拒絶します
フェスティバルの開催中、ボランティアのTake Careチームを簡単に見つけることができます
(分かりにくい場合は、入り口またはバーでお尋ねください)
彼らはあなたや、助けやアドバイスが必要な全ての人たちのためにここに居ますので、
いつでも気軽に話しかけてください
MACAOはあなたを歓迎します。私たちとここにいるすべての人々と共有する時間を楽しんでください!

そもそも母体がどこにも”公的”な登録や許可がないスクワット集団なので、当然のことながらスポンサーはいないし公的助成金もない。出演者やそのエージェントなどにもその特殊な状況が説明され、理解した上で出演しているのだ。

なるべく多様な社会階層やコミュニティの人に来場してもらうため、チケット代は最低限に抑えている。3日間のパスが25ユーロ(約3千円)、初日木曜日のデイチケットは5ユーロ(約600円)、金・土曜それぞれのデイチケットは10ユーロ(約1200円)となっている。

そのため、アーティストの出演料も低い。だから、出演しているアーティストも、基本的には趣旨やMACAOの活動に賛同する人たちだ。今年はのべ三日間で約4000人が訪れたという。

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photography Sasha Stavnichuk

プログラム内容は挑戦的なものばかりで、決して分かりやすくはないのだが、実際に来場している客層を見てみると、実にバラエティーに飛んでいる。決して文化偏差値の高いエリートやニッチな物好きだけに向けてやっているわけでないのだ。やや年配のアナキストやヒッピーみたいな人たちもいれば、ごく普通の「出演者は誰も知らない」という大学生や専門学校生もたくさん来る。

イタリアの他の都市からも、音楽や文化事業に関わる人たちも来ているし、ミラノ在住の移民の若者、奇抜なファッションの美大生やアーティストも。そういった様々なコミュニティの人たちがフラットに混ざり合ってフェスティバルを楽しむ様子は、実に美しい。

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photography Sasha Stavnichuk

しかし、そうしたことが可能なのは、主催者側の不断の努力があるからだろう。入場料を下げ、敷居を下げ、あらゆる人を受け入れて「自由」を掲げながら、アルコールやドラッグが消費される会場敷地内の安全を維持し、トラブルを回避するのは容易なことではない。スリや痴漢のような犯罪や単なる個人間のケンカも起こり得るし、トランスジェンダーや有色人種の人たちに差別的な言動をとる者も出てくるかもしれない。しつこいナンパで嫌な思いをする女子もいるかもしれない。

流動的ではあるが、Saturnaliaの運営にはおよそ100名が運営に関わっており、中心メンバーは約20名だという。彼らは、どのようにこれに取り組んでいるのだろうか?

「極力誰も排除しない。理解を求めるよう努力しています」と説明してくれたのはコアチーム・メンバーの一人、フランチェスコだ。ステートメントにもあるように、彼らはMACAOメンバーと有志によるTake Careというチームを組織。全員が基本的な考え方と応急処置のトレーニングをした。

Take Careのサインをつけたメンバーが会場内を(フェスティバルを楽しみながら)巡回しており、トラブルがあった場合は、まず事情を聞いて話し合ってみる。明らかにどちらかに非があったとしても、その人を排除する(追い出す)ことはしない。その人にもフェスティバルを楽しむ権利があること、楽しんで欲しいことを説明し、そのために他の人たちをリスペクトしてほしいと伝える。

どうしても退場してもらわなければいけない場合は、入場料を返金して帰ってもらう。過去にはそういう事例もなかったわけではないが、年々減ってきたという。今年は外部から雇ったプロのセキュリティーは数人のみで、主にピークタイム時のエントランスと出口の管理を手伝ってもらったというが、会場敷地内はTake Careチームだけで対応したそうだ。

「迷惑な人をただ追い出すだけでは、そこでコミュニケーションが遮断され、分断されるだけ。根気よく、なぜそれが迷惑なのかを理解してもらい、フェスティバルを楽しんで帰ってもらえたら、それは小さな変化を起こしたことになる」

ちょうどその頃、日本では都内のクラブでハラスメントを受けた女性のことが話題になっていて、クラブやセキュリティーの責任が問われていた。その後、クラブ側からはセキュリティの教育の徹底と基本的には「強化」の方向性が声明として出されていたので、それもあって、このTake Careのアプローチは「目から鱗」だった。

加害者をつまみ出すのではなく、主催チームが自らセーフスペースの重要性を説明して理解してもらう、という根気のいるアプローチは全く思いつかなかった。安全な空間を実現するためには主催者だけでなく、その場にいる全員が協力し合わなければない。真の意味でのダイバーシティ(多様性)とインクルーシビティ(包括)を実現するためには、誰も排除しないことを目指すことが重要なのだ。

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さらにSaturnaliaの凄いところは、これを人里離れた砂漠や山の中で実験的にユートピアのモデルを出現させるのではなく、大都会のど真ん中、日常の生活圏の中で実践していることだ。しかもフェスティバル期間中だけでなはく、MACAOは通年でこれに取り組んでいる。

最後に、昨年末に完成した2017年のSaturnaliaの様子をまとめたショート・ドキュメンタリーがあるので、ぜひご覧いただきたい。MACAOとSaturnaliaの雰囲気や姿勢がよく伝わる内容だったので、特別に日本語字幕をつけて公開させてもらう許可をもらった。昨今話題となっている音楽や芸術と、政治や権力との関わりについて、インスピレーションを与えてくれる内容だと思う。

※日本語字幕は「字幕」ボタンを押すと表示されます