Photography @mitchel_sams

シュルレアリスト作家ペニー・スリンガーとコラボして提示するフェミニズム:Dior 2019-20AWオートクチュールコレクション

現代の女性のためのクチュールを提示し続けるマリア・ グラツィア・キウリ。今季は、伝説的なシュルレアリズム作家ペニー・スリンガーとコラボを行ない、建築家バーナード・ルドフスキーが著書『衣服はモダンか?』のなかで批判したコルセットの更新を試みた。

by Osman Ahmed; translated by Ai Nakayama
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04 July 2019, 11:18am

Photography @mitchel_sams

〈メゾン〉とは家のこと。しかしクチュールメゾンに関していえば、伝統と歴史を有する家族の名前でもある。香水、口紅、ハンドバッグ……。私たちはみんな、何かしらのメゾンを身にまとっている。オートクチュールの顧客となれる幸運なごく少数にとって、手作業で仕上げられたアイテムは、自らの身体の〈家〉となるであろう。少なくとも、マリア・ グラツィア・キウリのDior最新コレクションでは、そう感じられた。

2019-20年秋冬オートクチュールコレクションのショー会場は、Diorの創業の地であるモンテーニュ通り30番地。「クチュールは、自分の身体のための家を、デザイナーやチーム、アトリエの力を借りながら、自分の好きなようにデザインできる場です」とキウリはショーの前に語った。彼女のこの発言が文字通りの意味だった、とわかったのはショーのクロージングルックで、モデルがDiorの本社をかたどった黄金のドールハウスを身につけて現れたとき。このルックはネット上で大いに話題となり、即時に数々のミームが生まれた。

Dior asks Are Clothes Modern?

今シーズン、私たちの生活における衣服の役割について哲学的に探っていたキウリが出会ったのが、オーストリア系米国人の建築家/著述家、バーナード・ルドフスキーによる1944年の著書『Are Clothes Modern?(衣服はモダンか?)』だった。

本書はファッションの役割と健康にもたらしかねない害について疑問を呈し、批判した。ルドフスキーは、彼と同時代に活躍していたクリスチャン・ディオールのデザインの象徴ともいえるコルセット、スティレットヒール、タイトスカートを、身体に害をもたらし、非機能的で危険だ、と指摘し、古代ギリシャの女性が着用していた〈ペプロス〉というドレープの入ったゆったりした長衣と、履きやすいサンダルを賞賛した。もしルドフスキーが現代に生きていたら、きっと彼はTシャツにビルケンシュトックを合わせていたことだろう。

Dior couture

いっぽうムッシュ・ディオールは、1957年に古代ローマのゆったりした外衣である〈トーガ〉の内側にボーン入りのコルセットをあしらい、人工的にドレープをまとわせたアイテムを発表。機能性 VS 形状、自然 VS 人工、現実 VS ファンタジー……。そう、本コレクションが扱った問題はそれだ。

キウリはそれらの対立項を融合させ、ルドフスキーが誤っていたことを証明した。「私は、どんなシェイプ、どんな構造の衣服もエフォートレスたりうると示したかったんです」とキウリは語る。「非機能的か機能的か、ミニマルか装飾的か。そういう二項対立にはしたくなかった。矛盾のなかでバランスをとることはできますから」

彼女が生み出したDiorのガウンは、ボーン入りではなく、布地でつくられた着心地の良いコルセットを備え、古代ギリシャ風のフラットサンダルも数多く登場した。またキウリは、ドローストリングウエストで自由に流れるような優美なシルエットと、しなやかに身体のラインに沿うシルエットという2種類のペプロスを発表し、繰り返しこのテーマに向き合った。

Dior Couture

このアプローチは、オートクチュールの意義に関する彼女の幅広い考察と共鳴している。彼女自身が述べたように、クチュールの衣服は、彼女にとって顧客のための第二の家なのだ。彼女がみつめるのは顧客のみ。クチュールは徹底した個人の体験だ。そう考えると、キウリがこのコレクションをほぼ黒一色で仕上げた理由がわかる。すべてのアイテムは、顧客にとってのまっさらなキャンバスとしてデザインされたのだ。Diorは、顧客が望む色、生地を使って服をつくることができる。

「お客様には自分が欲しいものについて、もっと意識的になってほしい」とキウリは語る。「昔は、クリエイティブディレクターがブランドを定義して、それに顧客が付いてくる、というかたちでした。でも今、クチュールは顧客が唯一無二の体験を築くための場所なんです。顧客は、かたちも素材も好きに選べるんです」

Dior couture

その姿勢には、キウリが自らに課す、率直に語るフェミニストとしての使命が反映されている。伝説的なフェミニストアーティストをDiorのコレクションに招くのもその一環だ。彼女が今回声をかけたのは、最近ロンドンで個展が開かれ、彼女を追ったドキュメンタリーも公開予定となっている、英国出身で現在はカリフォルニアを拠点に活動するシュルレアリズム作家、ペニー・スリンガー。彼女が手がけた舞台装飾は幻想的で、四季を通した自然の移ろいや、女性の身体のかたちに宿るスピリチュアルな力を想起させた。また、前述のDior本社をかたどった黄金のドレスのアイデアを提案したのもスリンガーだ。このドレスは、シュールでウィットに富んだショーの主役となった。

「マリア・グラツィアは、力強い女性アーティストたちと協働し、彼女たちとともにつくった作品をファッションに落とし込む。つまり彼女は、ふたつの世界の橋渡しをしているんです」とスリンガーはショーの前に語った。「彼女は常に前線に立ち、こんなものが存在するなんて今まで誰も知らなかった場所に踏み込んでいってくれる。私たちは、そういう分野に挑んでいかないといけないんです」

Dior Couture

興味深いことに、クリスチャン・ディオールは、第二次世界大戦後の10年で女性解放運動を後退させたとして批判された。彼はコルセットを復活させ、スカートの丈を長くし、準備が面倒な美意識を再び取り入れたのだ。当時のフェミニストは「Diorを燃やせ(Burn Mr Dior)」というスローガンが書かれたプラカードを掲げDiorに抗議した。

しかしこのSNSの時代、キム・カーダシアンがメットガラにコルセットで現れたり、カイリー・ジェンナーが不便そうなほどに長いアクリルネイルをつけていたり、エル・ファニングがカンヌ映画祭で着用していたキツいドレスのせいで気を失ったりと、ヴィクトリア朝的といえる価値観が再評価されつつある。現代女性の生活とファッションが提示する〈女性らしさ〉との乖離について考えるには、今が好機だろう。

Dior couture

72歳のフェミニスト、スリンガーは現代のコルセットをどう受け取ったのだろうか。「私が良いなと感じたのは、マリア・グラツィアがコルセットの美学を踏襲し、身体のシルエットを変える方法として活かしながら、やわらかく自然に流れるようなかたちでそれを実現していることです。やわらかい素材を使用し、女性の身体をかたちづくるというよりは素材自体で型をつくっているんです」と彼女は指摘する。

「アートフォームとして自らの身体を使うのは良いんですが、そのプロセスのなかで肋骨を1〜2本折ったりはしたくないですからね。美しさやスタイルを、痛みなしに手に入れたいんです」

Dior Couture

This article originally appeared on i-D UK.