ドラァグ母娘物語vol.1:ボブ・ザ・ドラァグクイーン&ミズ・クラッカー

ニューヨークを拠点とする母娘ドラァグシリーズ。第1弾はハーレム在住のミズ・クラッカー。彼女のドラッグマザーである『ル・ポールのドラァグ・レース』優勝者のボブ・ザ・ドラァグクイーン、新しいアイデアを試すことの大切さ、ドラァグの未来について語る。

by Emily Manning; translated by Ai Nakayama
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07 May 2019, 4:09am

ひとには自分が生まれた家族と、自分でつくる家族がある。あらゆるタイプのクリエイター、クィア、のけ者、努力家たちが集まるニューヨークでは、しばしば、生物学的な家族よりも自分で選んだ家族のほうが重要だ。強いエネルギーをもったクリエイティブコミュニティが生み出すカルチャーにおいては、選んだ家族たちとの、強く濃密なつながりが欠かせない。たとえば写真家ナン・ゴールディンが、〈第二の家族〉たる仲間たちを撮った作品『The Ballad of Sexual Dependency』。また、ドキュメンタリー映画『パリ、夜は眠らない』では、アンジー・エクストラヴァガンザ、ウィリー・ニンジャ、ペッパー・ラベイジャが、ハウス(訳注:ドラァグのコミュニティ)の〈マザー〉としての責任について語っている。

ジェンダープレイやパフォーマンスの可能性を爆発させる、アート的な表現形態としてのドラァグは、母を頂点とする独自の家族構成をつくりあげてきた。そのトップにいるのがドラァグ・マザーだ。経験豊富なクイーンで、変身する子どもたちを指導し、統制し、模範となり、帝国を築いていく存在。i-Dは母の日を祝し、ニューヨークを拠点とする母娘ドラァグ3組をフィーチャー。第1弾はボブ・ザ・ドラァグクイーンミズ・クラッカー。3組それぞれの家族観とドラァグの未来は、彼らのダイナミックで表現力豊かなスタイル同様、多様性に富んでいた。

ニューヨークのステージで大活躍するボブ・ザ・ドラァグクイーンは、友人たちと初めてドラァグ姿でゲイ・プライドに参加して以来、最前線で闘い続けるアクティビストだ。彼女のユーモア、飾らない人柄、独創性、確固たる自信が米国中で知られるようになったのは、2016年、『ル・ポールのドラァグ・レース』シーズン8に彼女が登場し、優勝したのがきっかけだった。彼女のことを〈母〉と慕うハーレム在住のドラァグコメディアン/ライターのミズ・クラッカーは、ボブの美点を知り尽くしている。ミズが初めてボブと会ったのは、20代のある日。吹雪で、彼女は少々酔っぱらっていたという。アパートのなかに本棚を運び込もうと苦労しているボブに、ミズが手伝いを申し出たのがきっかけだった。ボブの部屋のなかには、ウィッグ、ドレス、ポーチ(『ル・ポール』ファンなら想像できるだろう)の圧巻のコレクションが並んでいたという。

「ボブの美点は、その率直さ。こっちとしては耳が痛かったりもするけど。だってむき出しの事実なんて聞きたくないこともあるでしょう」とミズ。「たとえば、『私のショーに来てくれたとき、全然笑ってなかった』と誰かに文句をいわれても、ボブは『私はこらえられないときだけ笑うから』でおしまい。それがボブの流儀。彼女は絶対にウソをつかない。絶対にはぐらかしたりしない。愛想笑いだってしないし、お世辞も口にしない。その態度には苦しむときもあるけど、うれしいときもある。彼女が『すばらしかった』って言ってくれるときとか。だって、心からそう感じてなければ、ボブはそれに近い言葉すら口にしないから」

彼女の愛嬌のあるユーモアと、直接行動のアクティビズムのおかげで、『ル・ポールのドラァグ・レース』以前から、ニューヨークにおけるボブのファンベースは盤石だった。2010年、LGBTQ+の平等な権利を訴えて、彼女はタイムズスクエアで、週1回のドラァグ・ウェディングパフォーマンスを姉妹たちと開始した。ミズはウェブマガジン『Slate』の寄稿で、ボブがドラァグに二の足を踏む自分を励まし、デモへの参加を促してくれた、と記している。のちにミズは、ボブの同性婚デモでドラァグの道へ第一歩を踏み出した。「ドラァグマザーのもっとも重要で難しい仕事とは、ひとりひとりのうちに特別なもの、表現すべきものがある、と娘たちに教えること」とミズ。

特にボブにとって、表現することの重要性は大きい。ドラァグを始める前、ボブはジョージアで舞台の道に進み、スタンドアップコメディライブに定期的に出演。ポエトリースラムの巡業にも参加していた。ユーモア、直観、実験。それらの要素を含んだボブのドラァグは実に刺激的だ。「ボブは、アイデアが浮かぶと、次の日にはそれを試してみるひと」とミズは彼女の〈母〉に教わった姿勢を語る。「ダクトテープで留められていようと、バックダンサーたちが覚えてなかろうと、とりあえず試してみる。とにかく、アイデアを実践し続けることに意味がある。家で、必要もないラインストーンを糊付けしてるだけじゃだめ」

「自分の部屋のなかでドラァグを完結させないこと。ドラァグをするなら街に出ないと」とボブ。「ドラァグはインタラクティブ。ドラァグはデモ。ドラァグで街を歩くと『誰も自分のことなんか気づかない』って思うか、あるいはただ『自分は街を歩くドラァグクイーン』って思うだけ。でも、あなたがドラァグクイーンとして街を歩くだけで、誰かの人生を変えているかもしれないの」

アイデア、見た目、コンセプト、行動。これらを絶えず表現することで、ドラッグの可能性も広がる。こうしてドラッグの定義がどんどん大きくなり、これまでドラッグを知らなかったひとにも届くようになる。「ドラァグは新しいひとたちにも浸透してる。最近気づいて、このことについて書いてるの」とミズ。「ドラァグは今や、ゲイの通過儀礼。1968年の米国で働くドラァグクイーンは、たったの75人だった。でも今では、ニューヨークの同性愛者は全員、『今週末ドラァグの大会に出るよ。これが私の名前。これが私のインスピレーションの源』って感じ」。

「これからのドラァグは、大都市のクィアに限定された聖なる文化ではなく、もっと多様で、もっと一般的なものになるはず」

Credits


Text Emily Manning
Photography and film Barbara Anastacio

This article originally appeared on i-D US.