芸術家たちが集ったベルリンの伝説Paris Bar

ベルリン在住の、そして世界から集まってくるアーティストたちの社交場として様々な逸話を生んできたParis Barが40周年を迎えた。

by Nadja Sayej
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07 February 2017, 8:45am

現地アート・シーンに身を置く者たちの集いの場としてではなく、デヴィッド・ボウイやイギー・ポップ、マドンナといったスターたちもベルリンに来た際にはここに立ち寄るアート・センターとしての存在感を放つParis Bar。それは、普通のフレンチ料理店とは趣が異なる。もちろんキャビアやシャンパンも取り揃えてはいるが、この店は飲食店の領域を超え、現在の形に方向性を変えてから40年間にわたりアートと映画の世界でハブ的役割を担ってきた。

時は冷戦時代にまでさかのぼる。ベルリンに駐在していたひとりのフランス陸軍士官が、ドイツ料理にうんざりしていた。彼はもうソーセージ料理カリーヴルストではなく、フレンチフライが食べたかったのだ(喩えの話だ)。フランス陸軍基地で料理人として働いていたコックが、1950年にParis Barをオープンすると、西ベルリンでフォアグラやオニオン・スープを渇望していたフランス軍人たちはたいそう喜んだ。そして、70年代にミヒェル・ヴルトラとライナルト・ノハルというふたりのオーストリア人に経営権が移ると、現在の方向性へと舵を切った。ふたりはアート・シーンに精通していた。ミヒェルは経営側に立つ以前にParis Barで働いたことがあったと噂されており、彼による経営体制になった後の1977年にライナルトが共同経営者となっている。これはミヒェルにとって初の飲食業プロジェクトではなかった。70年代初頭にはベルリンのレストランExitを経営している。ミヒェルとライナルトは、Paris Barがすでに築いていた評判を新たなレベルへと高め、まだ陰惨としていたベルリンのハイソサエティを体現する存在にまで押し上げた。

Neu West Berlinでキュレーターを務めるパトリース・ラックス(Patrice Lux)は、「Paris Barは夢のような人々が集う場所だった」と語る。「レオナルド・ディカプリオからジェフ・クーンズ、イヴ・サン=ローランにいたるまで、本物のアーティストたちがくつろぐ場所だったのです」

赤いネオンが入り口の上部に輝く店頭。ストライプのオーニングの下をくぐり、店内に入っていくと予約がなくても、誰でも気軽にParis Barのアートを堪能することができる。しかし、Paris Barの輪のうちに入ろうとすれば話は違ってくる。それは非公式のルールのもとに構成された秘密結社のようで、身内となるにはまず敬意と信頼を得なければならない、いわばギャングのような非公式団体であるとも言われている。

『Rolling Stone』誌がボウイとイギー・ポップを迎えて行なった悪名高きあのインタビューは、このレストランで行なわれた。インタビュー記事のなかで、記者はParis Barを「抑鬱状態の客がへべれけに酔っ払っている様を描いたエドガー・ドガの名作『アブサンを飲む男』からのワンシーンのようだ」と形容している。Paris Barはまた、イギーが泥酔して店先の氷にまみれて転げ回った場所でもある。一方で、ボウイは、Paris Barを「ベルリンでもっとも美味しいステーキ・フライト(ステーキとフライドポテトのプレート)を出す店」と言っていたという。

Paris Barにまつわる逸話はほかにも山ほどある。ドイツの画家、マルティン・キッペンベルガーは、ビールとステーキ・フライトの飲食代をスケッチで支払ったという。他の常連客には、ジャック・ニコルソンやロバート・デニーロ、クローディア・シファー、ダミアン・ハースト、ヘルムート・ニュートン、ロバート・ラウシェンバーグ、ジグマー・ポルケ、ゲオルク・バゼリッツ、そしてオノ・ヨーコなどがいる。

「ベルリンでもっとも有名なレストラン」と言われるParis Barだが、「ベルリンに住む反逆アーティストたちのリビングルーム」という別の愛称も持っている。多くのテーブルに「予約席」と書かれたサインが置かれているが、誰のためにテーブルを空けているかが明かされることはない。この「予約」に関しても逸話が残っている。ある昼下がり、マドンナがParis Barを訪れ、適当に選んだテーブルに座った。ウェイターがマドンナの元へ駆け寄り、そのテーブルがイタリアの女優ジーナ・ロロブリジーダによって予約済みだと告げたところ、マドンナはそれでも立たず、「ジーナ・ロロブリジーダって誰よ?」と言い放ったそうだ。

店内に入ってまず気がつくのは、そこにあるアートだ。店内のいたるところにアートがある。真っ白なテーブルクロスが広げられたテーブルの上には、キッペンベルガーによる絵画数十枚がサロンスタイルの壁に飾られている。他にも、ダニエル・リヒターによる作品や、額装されサインも入ったイヴ・サン=ローランの肖像画が飾られている。ロンドンのアートフェアで作品を発表したこともあるミヒェルが、バゼリッツやヨーゼフ・ボイス、アンディ・ウォーホルなどと撮った写真も飾られている。

『西ベルリンのサブカルチャー 1979 - 1989』の著者でありミュージシャンでもあるヴォルフガング・ミュラーは、「旧西ベルリンでParis Barこそは唯一の"アート・バー"と呼ばれた場所であった」という。近くにベルリン芸術大学があったことも大きかった。「80年代、若い美大生たちは、ギャラリストや俳優、舞台演出家、有名人たちなどの輪に入ろうと教授たちがParis Barに通っていることを知っていたのです」とミュラーは話す。「自らも美術商やプロデューサー、ディレクターたちとコネクションを作ろうと、生徒たちは教授たちに続いたわけです」

70年代や80年代、Paris Barはサブカルチャーのハブでもなければ、アンダーグラウンドでもなかった。「Paris Barは、メインストリームのカルチャーと有名人、お金持ちが作っていた空間だった」とミューラーはいう。「しかし、当時の西ベルリンではサブカルチャーとメインストリームのシーンの間にそれほど確固たる境界線はなかったのです。他の都市のようにはね」

また、ただセレブリティが集まるスポットというわけでもなかった。「当時の西ベルリンでセレブリティとされた人々は、"地元のヒーロー"のような人ばかりでした。西ベルリンでは有名だった彼らですが、西ベルリン以外では完全に無名の人々でした」とミュラーは話す。「Paris Barでは、そういった地元のヒーローたちがハリウッド・スターや著名人の隣に座ったりして、そのミックスが一風変わった雰囲気を作り上げていたのです」

しかし時代は変わり、2005年にParis Barは納税関連の問題を理由に民事再生法を適用し、ミヒェルは店内に飾られていたキッペンベルガー作品のひとつをオークションに出品して、手にした250万ユーロを負債の返済に充てた。

今でもParis Barは営業を続けている。しかし、アートシーンは、例えばクロイツベルクやノイケルン、ミッテといった地区が率いるようになっている。Paris Barがあるシャルロッテンベルク地区のストリートには、Gucciの店舗や、Bikini Berlinコンセプト・モールなどが並んでいる。近隣に建つWaldorf Astoria Hotelは、レディ・ガガがベルリンを訪れる際に泊まるホテルとして有名だ。ミシェランで星が付くレストランBorchardtがミッテ地区に、そしてGrill Royalがシュプレー川のほとりに出店するなどの時代の変化に押され、かつてはカルト的ステータスを誇ったシャルロッテンベルクからは輝きが失われてしまった——そう嘆くものもいる。

ハリウッド・スターたちが多く参加するベルリン国際映画祭のメイン会場Zoo Palastが近いことから、映画祭参加者たちを呼び込んで再び80年代の頃の輝きを取り戻すこともできそうなものだが、ドイツのあるジャーナリストは「カント通りは終わった」とどこかに書いていた。また、イメージや逸話を取り払ってしまえば、レストランの評判自体にはそれほど熱を帯びていないものが目立つ。TripAdvisorでは「スローなサービスに過去のやり方が垣間見える。でも、現在も深夜には賑わいを見せている」「テーブル間隔は狭く、居心地が良いとは言えない」との書き込みが見られる。

それでもParis Barはそのかつての輝きとともに今でも伝説的スポットとして残り、アートや映画の世界に身を置く者なら誰もが知る場所であり続けている。そのエキセントリックなあり方も健在だ。「以前、アーティストのベルント・コベルリンク(Bernd Koberling)とともにParis Barへ酒を飲みに出かけたことがあるんですが、その時、客のひとりがウェイターに『トイレはどこですか?』と訊いたんです」とミュラーは回想する。「答えようとするウェイターを、そこに居合わせた他の客が遮ってこう言いました。『鼻を使えば分かるはずだよ!』と。それはベルリン流のユーモアだったのだと思います。なぜなら、Paris Barのトイレはいつもとても綺麗な状態に保たれていましたから」

parisbar.net

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Credits


Text Nadja Sayej
Photography courtesy Paris Bar
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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