Photography Kazuhiko Okuno

『ジュラシック・ワールド/炎の王国』J・A・バヨナ監督インタビュー

大ヒットシリーズの第二作『ジュラシック・ワールド/炎の王国』は、これまで以上にサスペンスフルでゴシックな恐竜映画に仕上がっている。監督のJ・A・バヨナは三部作の架け橋となる本作でなにを試みたのか? 「私にとって、怪物こそが解決策です」と語るその意図とは?

|
jul 18 2018, 12:31pm

Photography Kazuhiko Okuno

世界歴代興行収入5位となる記録的ヒットを遂げた『ジュラシック・ワールド』(2015)では、ブライス・ダラス・ハワード演じるテーマパーク「ジュラシック・ワールド」の責任者クレアが終始にわたってジャングルのなかでハイヒールを履いたままアクションを行なっていたことが性差別観の表れではないかと論争になったが、スペインの俊英J・A・バヨナが監督を手がける続編『ジュラシック・ワールド/炎の王国』では彼女の準備は万全だ。クレアは頑丈そうなブーツを装備して冒険に繰り出すのである。

「クレアのキャラクターについては、今回、3年後の彼女が新しい状況でどういう風になっているかブライスとよく話し合いました。ハイヒールを履いていたことや女性のキャラクターをどういう形象にすべきかといった論議が起こったことに関しては、私のなかではそれは全くマチズモ的だと思っています。彼女の最初の登場シーンで足元のハイヒールから映していますが、それはその論争を皮肉に使ってやろうと思ったためです。そんなことはそんなに重要ではないのだとみんながそれを忘れてしまうよう惹くためにハイヒールから映しつつ、でも3年経って彼女がどれだけ成長して、どれだけ自然で強いかということを見せるようにしようと考えました」

物語は、前作でテーマパークが解き放たれた恐竜たちによって崩壊した事件から3年後、忘れ去られたイスラ・ヌブラル島で恐竜たちが存命していたところに端を発する。島の休火山が再び活発な活動を始めた知らせを聞いて、恐竜保護団体を結成していたクレアは、島に渡って彼らを保護すべく元恐竜調教師オーウェン(クリス・プラット)の協力を要請する。事件後、問題からは距離を置こうとしていたオーウェンに対して関与する必要があると自発的に訴えるのはクレアなのだ。

© Universal Pictures

そしてキャラクターの形象に関して言えば、Netflixドラマ『ゲットダウン』(2016)のジャスティス・スミスが演じる、クレアの下で働くコンピューター技師フランクリンが、映画のなかで誰よりも怯え叫んでは逃げ回ることも印象的だ。さながら「スクリーム・キング」のような彼は、往年のハリウッド映画のような“男らしさ”や英雄主義を体現しているオーウェンとは本質的に正反対の脆弱な男性像を提示しているのである。

「彼は非常に重要な役割で、たぶん子どもたちが一番好きな役じゃないかと思います。ユーモアもあるし、怖がるし、子どもたちが自分と同一視して楽しめるキャラクターだと私は思っています。島のシーンでは子どもがいないので、ジャスティスが子どもの代わりの役割を果たしています」

© Universal Pictures

ジュラシック・パーク建設時に故ジョン・ハモンド博士の仕事上のパートナーだったロックウッドが建てた財団の運営者イーライ・ミルズ(レイフ・スポール)は、クレアの団体の支援として近づき、噴火の危機が迫る恐竜の保護を依頼する。バヨナの長編三作目『怪物はささやく』(2016)では劇中で『キングコング』(1933)をフィーチャーしていたが、本作はある意味、キングコング的な神話性をまとっていると言えるだろう。探索隊が孤島へ接近する物語からはじまり、見当違いの野心を持った人々によって、彼らはある種、見世物とされてしまうのである。

「『キングコング』は昔のものが16mmであったので、小さいころからよく観ていました。『キングコング』の要素は、インドラプトルが出現するときやインドラプトルの最後のシーンに見出せると思います。キングコングもインドラプトルも自分たちがなぜ作られたのかわからないところから作られた者に捨てられるという流れが確かに同調するようなところがあります」

「私が怪物のことを大好きな理由は、それが心理的、神話的、哲学的にとても重要な要素だと思うからです。私にとって、怪物こそが解決策です。彼らは、私たち人間の目を覚まさせてくれる。破壊して、世界をゼロからもう一度再構築できる機会を与えてくれる存在なのです。今回の映画でもそうですが、怪物が好きなのは、人類が一線を超えてしまったことを私たちに思い出させてくれるからです。なので、もしも前作でT-レックスがゲージから出なければ、そのままあの島は恐竜を見世物にして人間からお金を取れる島であったわけで、そうなると何も変わらないわけです。間違ったことがずっと続いてしまう。それを破壊してくれるのが、怪物の力、恐竜の力だということです」

本作に製作総指揮と共同脚本家として携わっている前作の監督コリン・トレボロウは、新たにリブートする際に、マイケル・クライトン原作の物語とスティーヴン・スピルバーグが創造した世界を三部作として描く構想を抱いていたという。しかし一作目がアクション・アドベンチャーだったのに対して、二作目は物語の後半において、ゴシックな屋敷を舞台にしたホラー・サスペンスの要素が強まっている。バヨナはハマー・フィルムやドイツ表現主義の恐怖演出のスタイルを取り入れ、ロックウッドの孫娘メイジーが暮らす邸宅を長編一作目『永遠のこどもたち』(2007)の屋敷のように、あるいはあたかも『シャイニング』(1980)のオーバールック・ホテルを彷彿とさせる幽霊屋敷かのように撮っているのがユニークだ。

「物語の第2章で舞台が島から屋敷のなかに移るところが、コリン・トレボロウの脚本のなかで私が最も興味を惹かれた点でした。なぜなら、全く背景が変わることで、流れも変えてしまえるからです。そこでサスペンスの要素を大きく取り入れられるのが面白いと思ったのです。あの不気味な屋敷のなかで恐竜とともに人間も押し込められる。それをサスペンス風に描きたいと考えました。というのも、スピルバーグのときにもサスペンスの要素が多々あったので、それを再現したいと思ったのです」

© Universal Pictures

思えば、『永遠のこどもたち』には、とりわけ異種間のコミュニケーションの面で『未知との遭遇』(1977)を想起させる部分があった。スピルバーグを敬愛するバヨナにとって、彼が視覚化した世界のDNAを引き継ぐうえでどのような意識があったのだろうか。今回は、特に『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(1997)と近い要素を持っているように思える。

「『ロスト・ワールド』との共通点は、おそらく恐竜に対するコントロールを失ってしまっているところだと思います。恐竜たちが解き放たれ、島から屋敷に移り、さらにそこからまた恐竜たちが出ていくことになるわけですが、そのなかで恐竜への共感が生まれる。そういったところは似ていると思います。ただ、『ロスト・ワールド』と異なるのは、今回の物語はもう一歩先に進んでいることです。これまではみんなの普通の生活から離れたところですべての物事が起こっていましたが、映画の後半では人類が一線を踏み越えたということが明らかになります。その点は、『ロスト・ワールド』よりもさらに先に進んだ未知の世界に入っていくその前兆だと思っています」

© Universal Pictures

またそのなかで、スピルバーグがそうであるように、本作でも異種のものに心を寄せる子どもの純粋な視点が物語の鍵となってくる。

「トリロジーの2本目なので、ここで次に向かう一歩をやらなければいけない。その大きなきっかけを子どもが作ったということが、本作においてはとても重要な意味を持ちます。なぜなら、子どもは頭で考えるのではなく、心で思ったことで行動するからです」

そして、本作には『ロスト・ワールド』の主人公イアン・マルコム(ジェフ・ゴールドブラム)も登場する。注目すべきは、彼が『ジュラシック・パーク』(1993)でハモンド博士がパークを案内する際に言う有名なセリフ「Welcome to Jurassic Park」を引用して、「Welcome to Jurassic World」と告げることだろう。それは、ここでは『ジュラシック・パーク』のときとは意味合いが逆転しており、ダークなアイロニーが含まれているのである。本作は、第三作目への橋渡し的な役割を果たしていると同時に、黙示録風の終末神話としてのジュラシック・サーガの終結を予感させるだろう。

「私のなかでは、本作は『ジュラシック・パーク』とは鏡像関係になっている作品だと思っています。人間がジオラマの中に閉じ込められて、恐竜がその様子を外から見るシーンがありますが、ここでは恐竜と人間の立場が逆になっています。それが私のなかでは『ジュラシック・パーク』へのオマージュであるとともに、それが全く逆転した世界が到来することの仄めかしにもなっているのです」

ジュラシック・ワールド/炎の王国
全国大ヒット上映中