『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』映画評

これまで私生活やその創造術をほとんど公開してこなかったデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンを追った長編ドキュメンタリーが公開。

by Shinsuke Ohdera
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15 January 2018, 9:03am

ドリス・ヴァン・ノッテンは、特別なファッションデザイナーだ。それは勿論、彼が作り出す服、デザイン、使用する生地、刺繍、鮮やかな色彩、その背後に感じられる豊かな物語や時間の流れ、クラシカルな慎ましさ、そのすべてが美しく人を魅了して止まないのが最大の理由であろう。実際、私も毎年一着程度はドリスのシャツやジャケットを購入する。繊細な花の刺繍が全面に施された高価なドレスシャツも何度か購入している。例え、それを着る機会があまりなかったにしても。ドリスの服を購入することは、特別な満足感を与えられる体験であるからだ。

©︎2016 Reiner Holzemer Film

ドリスの服を手にする満足感、それは彼がファッション業界に身を置きつつ、そのきらびやかで華々しく同時に浮薄で商業主義に染まった世界とは一線を画したデザイナーである事実が個人的には大きな理由の一つとなっている。ドリスは、自らが経営する会社にとどまり、その規模が許す範囲内でインディペンデントな活動を続けている。外部資本に頼らず、広告キャンペーンを展開せず、広告塔としてセレブに着用させることもほとんどない。金の力に任せた事業の拡張を潔しとせず、自らの手の届く範囲ですべてをコントロールすることを望む完璧主義者の職人であるのだ。

ドリスの服を愛するとは、ハリウッドの華やかな娯楽映画を見る楽しみに対して、一本一本の作品に丹念に磨きをかけ自らの感性のすべてをその中に込めようとする映画作家の作品を鑑賞する喜びに近い。ロベール・ブレッソンや小津安二郎といった名匠が端正に作り上げた豊かな世界に浸る喜び。このドキュメンタリー映画の冒頭で、ドリスは次のように言う。「ファッションという言葉は好きじゃない。もっとタイムレスな価値を表す言葉を見つけたいと思う」。それはまさにドリスが作り出す服、そして彼の世界そのものをよく現す問いかけであるだろう。

©︎2016 Reiner Holzemer Film

『ドリス・ヴァン・ノッテン』の監督ライナー・ホルツェマーは、これまでアントン・コービンやウィリアム・エグルストン、ユルゲン・テラー、デヴィッド・リンチなど現代を代表するフォトグラファーやアーティストたちの記録映画を作ってきた。次回作は、ソフィア・コッポラを準備中とのことだ。記録映画作家として、ホルツェマーはアーティストがどのようなプロセスを経て作品を作り上げるかに興味を示す。一方、完璧主義者で秘密主義者のドリス・ヴァン・ノッテンは、自らの私生活や創造のプロセスをこれまでほとんど公にせず、毎年4回発表されるコレクションという結果しか人前で見せてこなかった。実際、この作品に資金を提供したドイツのテレビ局は、それまで何回もドリスにドキュメンタリーをオファーし、その度に断られ続けていたそうだ。

©︎2016 Reiner Holzemer Film

だからこそ、この作品でドリスがカメラの前で見せる親密でリラックスしたプライベートな姿は、私たちに大きな驚きと喜びを与える。ドリス自身、最初の試写ではあまりに自分が無防備なことに当惑を感じ、それこそが映画の力であり素晴らしさだと気づくまで少し時間を要したとのことだ。評価されなかったコレクションや、80年代後半に経験した自らの困難な時期についても何一つ隠さず率直に語るドリスの姿は、自らのサクセスストーリーや華やかな側面ばかり語りがちなファッションデザイナーという職業イメージとは大きく異なった印象を観客に与えるだろう。そこで映されているのは、現代を代表する一人のアーティストの、誠実で真摯な等身大の人間的側面である。撮影のプロセスで、ドリスが意外なまでにエモーショナルな人間であることを知ったのが最大の発見だったとホルツェマーは語る。そしてクライマックスでは、15年に及ぶ交渉の末、ついにパリのオペラ・ガルニエでファッションショーを実現することができたドリスの姿を見ることができる。繊細で完璧なコレクションの背後に秘められた、豊かな心の動き、感情のきらめきを私たちはそこでドリスと共有することができるのだ。

ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』は、2018年1月13日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他にて全国順次公開。