dior 17 spring/summer at paris fashion week

マリア・グラツィア・キウリが、聡明なヴィジョンでDiorの新たな時代の扉を開いた。

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06 October 2016, 7:05am

逆説的になるが、私たち女性は、ここ数十年間続く男尊女卑との戦いによって女性というジェンダーを引き合いに出すことに臆病にならざるをえなくなり、結果としてこれは私たち女性の「後退」を意味しているのではないだろうか、と考えるときがある。ヒラリー・クリントンの髪型や服装について触れることは許されない——そんな空気が漂うなかで、選挙戦において「アメリカ史上初の女性大統領を」という文句さえ使えないご時世なのだ。イギリスのテリーザ・メイ首相の脚が綺麗だとも口にできないから、私たちは「イギリスでサッチャー元首相以来初となる女性首相」という形容しか使えない。ドイツのメルケル首相が着ていたカラーブロックのパンツスーツを冗談半分でけなすこともできないため、結局は「ドイツ初の女性首相」というお決まりの文句を使うしかない。しかし、そんな世の中に、マリア・グラツィア・キウリから良い知らせが届いた。「ジェンダーを認識することは罪ではない——それは強みだ」「みんながフェミニストであるべき」——これらは、キウリのDiorデビューコレクションとなる今シーズンのショーに登場したTシャツに書かれていたスローガンだ。控えめな表現をあえて避け、キウリは、メゾンDior初の女性デザイナー、一大ドル箱産業である現代ファッション業界において女性として初めてチーフデザイナーとなった前例なき革命的存在として、「女性というジェンダー」と「地位」という自らが授かったすべてをデザインで前面に押し出した。

キウリのDiorデビューコレクションは、業界の顔色を伺うようなことなく、毅然としていた。今年の年末にはイギリス、ドイツ、そしてアメリカで女性が政治の指揮をとることが確実となっているこのシーズンに発表されたという事実も手伝い、それは歴史に残るコレクションだった。キウリはこれまでも、社会的な無言の、そして間違った抑圧と戦ってきた。ちょうど1年前、彼女は当時チーフデザイナーを務めていたValentinoでパン・アフリカニズムの「トライバル」コレクションを発表した。アフリカ大陸に息づくさまざまな部族文化のモチーフをミックスしたコレクションで、白人をも含む多様なモデルを起用したショーは話題となった。ネット住民たちはこれを「文化盗用だ」と騒ぎ立てたが、当のキウリは「人種問題を解決するために世界がいま必要としているのは、文化の共有だ」として懐疑的な意見を一掃した。今回のDiorコレクションは、そんな彼女の社会認識をさらに確固たるものにした。Tシャツに書かれたフェミニスト的スローガンはナイジェリア系アメリカ人のアクティビスト、チママンダ・アディーチェによる言葉。アディーチェのスピーチは、このショーでも使われていたビヨンセの楽曲「***Flawless」でサンプリングされていた。

キウリは、ジェンダーに平等な姿勢で、クリスチャン・ディオールが手がけたDiorの世界観だけではなく、エディ・スリマン時代のコレクションアーカイブを徹底的に研究したという。Dior Hommeの象徴として2000年代前半にスリマンが作り出したハチのロゴ——権力を示すナポレオン的シンボル——がふんだんにあしらわれ、フェンシング選手を思わせる鎧のようなルックスが多く見られた今季のコレクション序盤。これは、スリマンが2003年秋冬にDior Hommeで発表し、彼自身が「ラスター(Luster)」と呼んだ、中世スポーツウェアをテーマとしたコレクションを彷彿とさせた。キウリは、自身のフェミニズム的観点からのメッセージとして、フェンシングをメタファーに用いた。「思考と行動の間にあるバランス、そして頭と心の間にある調和において、規律は不可欠」と彼女はショーノートのなかで書いている。「女性フェンシング選手のユニフォームは、特別な保護パーツを除けば、すべて男性の選手が用いるものとまったく同じ。体の曲線に合わせて作られているらしい服に、女性の体は順応する」 ファッション好きの人間は、大きく分けて2つのグループに分類できる。ひとつはコスチュームの要素が入っているリアルクローズを好むひと。もうひとつのグループはそれを好まないひと。今回のコレクションで、キウリは前者に属するひとびとを魅了したにちがいない。

ショーが進むにつれ、フェミニスト的フェンシング服は、キウリがValentinoでファンたちを唸らせてきた世界観へと変化していった。美しい刺繍が施されて、スポーティなメッシュが複雑な構造のニットと合わせられたようなスタイルのスカートや、Christian Diorの名がウエストバンドに配されて男性アンダーウェアのようなスポーティショーツが下に透けて見える軽量で透明なガウンなどはまさにキウリ的だ。Diorの新たなデザイナーにキウリが起用されたとの発表がなされて以来、ファッション業界では「現在のValentinoを作り出してきたピエールパオロ・ピッチヨーリとの名コンビ解散か?」「Valentinoで縫製のノウハウを知っていたのはキウリだったのか?それともキウリは有能なリサーチャーだったのか?」など、さまざまな憶測が飛び交ってきた。そんな業界のお祭り騒ぎを横目に、キウリは今回のDiorデビューコレクションで、彼女が縫製にもリサーチにも精通したデザイナーであることを証明しつつ、Valentino時代よりもさらにロマンチックな世界観を打ち出した。新たなメゾンで、創始者が残した偉大な功績に傷をつけず、コードはそのままに、期待を上回るものを作らねばならないのは当然のこと。キウリはその上に、初期Dior Hommeの世界観と、Valentinoで築き上げたキウリ独自の世界観を盛り込み、それを重要なメッセージで包み込んで世界に届けたのだ。

ファッションがここに見出したのは、絶大なカリスマ性をもって新たな世界に勢いを生む女性デザイナーであり、勇敢なリーダーだった。スタンディングオベーションも見られた観客席に一礼するため、ランウェイへと出てきたキウリ。その姿には、コレクションを通して発信した主張への自信すら感じられた。来年、クリントンとメイ、そしてメルケルが世界史上初めて女性だけの首脳会議を開くことになれば、全員がDiorを着るべきだ——そう思わされたショーだった。

Credits


Text Anders Christian Madsen
Photography Mitchell Sams
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.