ハリウッド初の女性プロデューサー、ミランダ

ミランダ・ジュライと、映画監督アンバー・シーリーが、ふたりの共作となる最新映画『No Light and No Land Anywhere』。幸運、そして女性が映画業界で直面する困難について語る。

by Alice Newell-Hanson
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10 June 2016, 2:52am

今でこそ高い評価を得ているインディーズ映画監督アンバー・シーリー(Amber Sealey)と、女性プロデューサーのミランダ・ジュライ(Miranda July)。ふたりが出会ったのは、彼女たちがまだパンキーだった10代の頃、カリフォルニア大学サンタクルーズ校でのことだった。ふたりは女性のみの劇団に所属していた。もちろん、どちらも無名の頃だ。「セックスのとき、彼氏とロールプレイングをするなんてことを話してくれたのは、シーリーが初めてだった。私たちが19歳とか、そんな年頃だったときの話よ!」。ジュライはロサンゼルスから電話越しに話す。「今思えば、私たちがこんなに親しくなれたのは奇跡ね。ふたりとも、何をしでかすか分からなくて、"混ぜるな危険"の関係だったから」。「でも、私はそのときからミランダが天才だって分かっていたわよ」とシーリーが口をはさむ。

映画界でのキャリアを積んでいくあいだ、彼女たちはお互いのプロジェクトを支援しあってきた。監督やコンサルタントとして、そして泣きたいときに肩を貸し合う友達として。そして、監督自ら「インディーズ映画の中のインディーズ映画」と呼ぶシーリーの最新作『No Light and No Land Anywhere』を製作する段になったとき、彼女は製作総指揮をジュライに依頼した。ジュライに任された仕事のひとつが、この作品のポストプロダクションに必要な資金を調達することだった。映画製作の資金集めはあらゆる面で難しい、とジュライは話すが、それは「女性であることを隠すつもりがないのであれば」より困難になるという。加えて、『No Light and No Land Anywhere』は女性監督による女性についての映画だ。イギリスの舞台女優ジェマ・ブロッキス(Gemma Brockis)演じるレクシーは、自身の失われた半生を探り、ロサンゼルスのモーテルで亡き父と対話をする。この映画は、ロサンゼルス映画祭でのプレミア上映を終えたばかり。この作品は、男性社会のハリウッドで、ふたりの女性監督が発揮したパワーを物語る、美しい証となっている。

今回の電話インタビューで、シーリーとジュライは、この映画、お互いへの敬意、そしてかける電話一本一本で直面したジェンダー問題について語ってくれた。

シーリーとジュライが、この映画、お互いへの敬意、そしてかける電話一本一本で直面したジェンダー問題について語ってくれた。

ミランダ・ジュライ

監督として、そして人間として、シーリーの何があなたをインスパイアするのか教えてください。
人として、彼女は恐れを知らないひと。例えば、パーティで知らない人たちの席に座って話し始めるかと思えば、すぐに打ち解けて、みんなが個人的なことや、身体的なことを話してしまう−−彼女はそんなタイプね! そこにいる男性全員が顔を赤らめて席を外してしまうような会話までするの! 私はこれまで監督も演出も自分自身でしてきたけど、彼女は演出される側もたくさん経験しているから、役者が何を必要としていて、それをどう導き出すのかを明確に理解できているのね。

最近のインタビューで、あなたは今回の作品製作に関わったキャストやクルーのうち87%が女性だったと明かしていますが、あなた自身が彼女たちの起用に関わったのですか?
本のプロモーションであちこちを飛び回っていたから、シーリーとの話し合いを通して起用に関わったくらいよ。シーリーはよく嘆いていた。女性は起用される機会が少ないから、必然的に経験が浅いこともしばしば。ジレンマよね。でもそこでリスクを負うの。リスクを負わなきゃいけないのよ。

リスクを負うひとは増えていると思いますか? ハリウッドはどのようにして現在のアンバランスを正していくことができるのでしょうか?
有名なひとを起用することだけが道じゃないってことをまずは認識しないとね。他の監督たちに、「ねえ、誰か有能な女性エディター知らない?」って訊くことからだと思う。ハリウッドって、コミュニティなのよ。人材探しは、全て電話でするのが通例になっているほどね。だから、考えようによっては、変えやすいコミュニティなのかもしれない。クールなひとが新しい才能を起用すれば、他が続くのよ。
ハリウッドの人材起用についての実態が明るみになってきて、全体的に意識が高まっているでしょう。このことは重要で、映画製作で人を集めるときに起用の問題を提起することもできる。本当は興味がなかったとしても、「それじゃあ、どうやったら公平な現場にできるか考えよう」って誰もが言わなきゃいけない状況が作られてきているの。前作の映画を作る時は、こうした方法が製作のプロセスにどう影響するか、気を揉んでいたわ。私は過激なフェミニストだと見られていたこともあるけど、かつては"過激"ととられがちだったそういう意見が、もう過激でも急進的でもないと考えられる環境になってきているのよね。今は、単純に「偏った視点の作品を製作したくない」っていう監督が増えてきていると思うわ。
誰でも恐くて弱気になることってあるでしょう。私は他のどんな分野よりも、映画製作でこそ大きな恐怖を感じるの。失敗したら失うものは大きいし、せっかくのチャンスを台無しにしてしまうかもしれない。だけど、周りの人たちをみて、「今までリスクだと思い込んでいたものはリスクじゃなくて重要な論点だった」と気づいたの。そのことが、私にパワーを与えてくれるわ。

今回、新たにプロデューサーという肩書きを得たわけですが、他にトライしてみたい役割やプロジェクトはありますか?
これ以上はもう結構よ! アート関係のプロジェクトにたくさん関わっているから。小説を書き終えてすぐに、今回の製作総指揮に取り掛かったのよ。最近は、本でも映画でもないプロジェクトを進めていて、毎日7時間はそれに関することに費やしているの。本業の執筆とは違うから、良い休憩だと思ってるわ。

この映画を観るべき理由はなんでしょうか?
彼女の作品をすべて観てもらいたいわね。これまでに長編映画を3本作っている。私は2本。彼女は本物よ。処女作なんて最高に面白い。私が観た映画の中で一番ワイルドな作品よ。今回の映画では、ある種の成熟が見ることができる。シーリーならではのニュアンスが詰まっているわ。彼女の友人、ジェマにインスパイアされた面も大きいと思う。彼女はもてはやされて当然の逸材。最近はこうやって、ジェマの売り込みをしてるの。ということで、ちょっとしたアンバー・シーリー映画祭を開催してみることを強くお勧めするわ!

アンバー・シーリー

No Light and No Land Anywhere』でのジュライの役割は、詳しくはどのようなものだったのですか?
彼女は、役職だけもらって後は現場に丸投げするような人ではない。だから今回もすべての段階で私の手助けをしてくれたのよ。意見をしてくれたり、プロセス全体を通して支えてくれたわ。プレミア上映のためにドレスも貸してくれたし! 私も彼女をたくさん支えてきたし、お互いを補足しあえるような関係ね。彼女のアーティスティックな感覚も素晴らしいわ。唯一無二の存在よ。

今回の映画製作において、あなたは意識的に女性を多く起用したのでしょうか?
ええ、意識的にそうしたの。映画業界での女性監督の扱いに関して、最近は色々なデータや情報が出てきていて、どれを見てもひどいのよ。女性監督が起用される機会はだいたい2~4%。そんなの狂ってるわ。私はインディーズ映画の世界で活動してきて、自分には状況を変える力なんかないんだと思ってきた。でもある時、気づいたの。「ちょっと待って。この小さな映画業界にいる私にも、力はあるわ。友達がいて、コネクションもある。セットデザイナーは男しか知らないけど、それでもあのひとに相談したら女性のセットデザイナーを紹介してくれるかも」って。自分の力に気づいたの。選挙権と同じよ。「自分の1票なんて何の意味もなさない」って、言うのは簡単。でも、私は「自分の1票には力がある」と信じているの。人にはそれぞれの役割があって、それに気がついた時に変わることができるのよ。

主役にはジュマを想定して脚本を書かれたそうですね。役と同様、彼女は幼い頃に父親を亡くしていますが、脚本では実体験をどの程度盛り込んだのでしょうか?
ジェマとはもう20年来の付き合いになる。紅茶やワインを飲みながら、これまでたくさん話をしてきたわ。まだお父様がご健在だったころ、彼女の人生がどんなものであったか、とかね。それとね、彼女は、ロンドンからロサンゼルスに引っ越した私を訪ねて、よく遊びに来ていたのよ。バカみたいなこともたくさんした。その頃私はエコパークに住んでいたんだけど、ある時ジェマが、「これからビーチまで歩く」って言い出したの。私は「何言ってるの? 誰もそんなことしないわよ、この辺りじゃ!」って大笑いしたの。どこへでも歩いて行けると思っている彼女が可笑しくて。でもね、ジェマは本当にビーチまで歩いたの! 映画では、そうした彼女のすべてを描きたかった。慣れない街での突飛な行動、そして彼女がお父様を亡くしたということもね。

ジュライは、この映画にあるセックスシーンは映画至上最高のものだと言っています。そういったシーンを演出するということ、特に友達であるジェマをそういったシーンで演出するということについて聞かせてください。
私が思うに、フィジカルであること、セクシュアルであることは、人間として存在の大きな一部分なの。そうした面を描かずに主人公レクシーの物語を描くのはできないわ。結婚生活を捨て、どん底にいる、そんな人生の局面にいるレクシーを描くのに、セックスは必要な要素なの。どん底にいる時、セックスは自分の存在を確認して人とコネクトするひとつの方法だと思うのよね。
撮影に関していえば、役者を完全に信頼して、後押しをすることが大事だと思ってるわ。脚本からキャラクターを作り出していく過程で、役者たちが自分たちの体でチョイスをしていくのを後押ししてあげると、想定していた演技をはるかにしのぐ、素晴らしい"生身の人間"がそこに生まれるのよ。私は、役者たちがやりやすい環境を作り出すことに全力を注ぐわ。

プレミア上映を終えた今作ですが、どのようなフィードバックを期待していますか?
喪失感、そして絶対に得られないものを親に求める気持ち、そうした感覚に共感してもらえたら嬉しいわね。程度の差こそあれ、誰でも親との関係ではそういうことを経験するもの。誰にでも、「親からもっとこうしてもらうべきだったんじゃないか」と思うことはある。そうした感情と折り合いをつけることで、人は成長していくのよね。観客がそこにコネクトしてくれたらと願うわね。

ambersealey.com
mirandajuly.com

Credits


Text Alice Newell-Hanson
Photography Ian Tilghman
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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