『Playboy』のヌード路線回帰が意味するもの

「ヌードの掲載はしない」と宣言した『Playboy』が、再びヌードを掲載しはじめた。このヌード路線への回帰は何を意味するのだろうか?

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apr 6 2017, 9:43am

「『Playboy』はこれまで一貫して女性解放運動の先頭に立ち、女性の尊厳のために戦ってきた」——『Playboy』の言い分だ。同誌を創刊したヒュー・ヘフナーも「私はフェミニズムという概念が生まれる前からフェミニストだった」と豪語し、女性解放ムーブメントの先駆けだと主張して憚らなかった。そんな戯言が通用すると思っているのだろうか?ヘフナーと『Playboy』がポルノを世の男性たちに提供しなければ、私たち女性は、セクハラ禁止法やレイプ被害者用シェルター設置、男女間賃金格差を是正するための戦いなどに多くの時間と労力を注ぎ込まずに済んだかもしれないというのに。

フェミニズムの第2波が世界に巻き起こったとき、女性たちは「男性に向けて性を表現することは女性解放につながる」という言い分に騙されることはなかった。しかし第3波フェミニズムが到来すると、多くの女性は「その考えにも一理あるのかもしれない」と考えた。もとは80年代後期に週刊誌として発行され、現在はデジタル・メディアとして風刺の視点からの記事を多く発信している『The Onion』が「Women Now Empowered by Everything a Woman Does(現代女性は、女性がすることなすことすべてに勇気を得る)」と題した記事を発信していたが、これこそは当時の自由派フェミニストたちが唱えていたフェミニズムだった。当時のフェミニストたちは、女性の"選択"を讃えた(その選択が何であるか、またそれがどのような流れのなかで生まれる選択なのかは、二の次といった印象だ)。たとえば、女性が撮影で脱ぐのを"選択"するということは(もちろんヌードになる対価として金銭が支払われるという条件を前提とした選択だ。金はいつの時代もひとを動かしてきたのだ)、すなわちその女性が"行為の主体性"を実践しているということになる——という論理だ。フェミニズムが女性の選択を讃える気風のなかで、当時のフェミニストたちは『Playboy』を敵とする姿勢を軟化させていった。 "男性の性の対象として自らの肉体を商品のように打ち出すことが、世の女性の立場を汚し、女性という存在の価値に関するステレオタイプに自らを貶めてしまう"という考えはそうやって衰退した。そして「私たちは女性のために女性の裸を世に発信しているのだ」という『Playboy』のヴィジョンが社会に定着した。

2014年に開設された『Playboy』のウェブサイトは、"職場での閲覧もできる"と銘打った内容で、"フェミニズム"のコンテンツも扱っていた。「フェミニスト」と題したコーナーに掲載されるほとんどのコンテンツは男性によって書かれたもので、ヘフナーが唱えた"女性の体を性の対象として描くのは女性解放運動の一貫なのだ"という姿勢を後押しする内容だった。しかし、ヘフナーのヴィジョンが社会に定着し、ポルノがメインストリームになっていた2014年、すでに人びとは『Playboy』を必要としなくなっていた。翌年、『Playboy』はヌード写真の掲載をやめると発表。当時の最高責任者スコット・フランダースは、その理由を「戦いに勝利した」からだと説明したが、女性の裸をポルノ商品として男性に提供するというビジネスが限界に達していたというのが本当の理由だろう。なぜなら、お金を出して買わなくても誰もがネット上でポルノを見ることができる時代が到来していたからだ。自由の勝利だ。

では、なぜ最近になって『Playboy』は心変わりしたのだろうか?月曜、ヒュー・ヘフナーの息子でありPlayboy Enterprise Inc.社の現チーフ・クリエイティブ・オフィサーでもあるクーパー・ヘフナー(Cooper Hefner)は、大企業の三代目後継者らしい口調で、「ルーツを見つめ直し、原点に立ちもどる」と発表した。"今後はヌード写真の掲載をしない"という選択は「間違いだった」とし、「ヌードが問題だったわけではない。なぜならヌードは美しいものだからだ」と言い放った。

『Playboy』は「性を肯定的に捉えよう」という急進的メッセージを浸透させるために自由派フェミニズムのキーワードをさかんに使っている。今回『Playboy』が女性のヌード掲載へと逆戻りした背景にあるのは、Playboy Enterprise Inc.の存続という現実があるだけなのかもしれない。『Playboy』は女性の裸で読者層を確立し、富を築いた企業だ。方針転換するには、あまりにも遅すぎたのだ。しかし、誰でもすぐにポルノにアクセスできる現代であっても、世の男性たちが『Playboy』に裸の女性を求めないと考えるのはあまりに短絡的かもしれない。

インターネットにはあからさまな性描写が溢れている。女性の裸を商品として売っていくうえで、『Playboy』は差別化を余儀なくされる。しかし、ネットにあるポルノと『Playboy』のコンテンツとの間には、ある違いがある。それは「品(ひん)のイメージ」だ。信じられないかもしれないが、この狂乱ポルノ時代、依然として"品のあるポルノ"はよく売れる。『Playboy』は、品のある男性がリビングのコーヒーテーブルに置いていても恥と感じない雑誌として、イメージが定着しているのだ。最新号では、政治コメンテーターのヴァン・ジョーンズの記事が掲載されている。

クーパー・ヘフナーは、性の対象として女性を描くことを「市民と表現の自由」として政治的解釈に持ち込み、ヌードをクールなものとして打ち出すなど、『Playboy』のセクシー路線回帰が男性にも女性にも歓迎されるよう仕向ける戦略を打った。

現代の男性たちは、偽物の胸とハイヒールなどという女性に性的イメージを感じなどしない。ダサいとすら考えている。私が近所のバーで知る男性たちや友人の男性たちは、ナチュラルな描かれ方の女性に性的魅力を感じる。何度も洗われて生地が薄くなったロックTシャツを着て、足にはスケーターソックスを履いている——そんな女性像を求めているのだ。Instagramでこそトップレスの女性の写真に「イイね」を送ったりするが、美容整形を重ねて原型をとどめていないポルノ女優たちには興味がない。手に入れられない遠くのものを男性たちが求めたのは、もう過去のこと。彼らは親しみやすい女性に性的魅力を感じるのだ。バーのカウンターで、民主党が犯した大きな間違いについて、そしていかにバーニー・サンダースが素晴らしい政治家であるかについて親友と語る男性——カットオフ・ジーンズから覗く太ももにタトゥが入った20歳そこそこの女の子が、その男性の腕にもたれかかって、話を聞いている——これが、世の若い男性が描く理想のポルノ像だ。ポルノ文化にも中産階級化の波が押し寄せているのだ。

2017年3&4月号『Playboy』は、陽の光を浴びて赤毛にナチュラルメイクが輝くエリザベス・エラムが表紙を飾っている。Playboy.comに掲載されている動画で、エラムは「何に興奮するか」という質問に対し、「マリファナ」と答えている。他の興奮要素には、スケーターソックス、俳優のジョナ・ヒル、『スタートレック』好き(「オタクである自分を愛してあげて」)、そしてフェミニストの男性を挙げている(「これに一番感じる」)。『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』を「最低」と言い、テイラー・スウィフトに共感したことは一度もないとも話している。エラムは、近所のバーにいるような普通の女の子なのだ。そして、この"身近にいそうな女の子"像こそ、『Playboy』がこれまで一貫して売ってきたものだ。スーパーモデルでもなく、完璧でもなく、お高くとまってもいない——身近で親しみやすい女性像だ。

そんな女性像に、クーパー・ヘフナーはさらなる現代的解釈を加えた。「高級雑誌を手に取り、アメリカ政治に関する記事を読むような自由思想の今どきの男性は、フェミニストだと思われたいはずだ——高級車に乗りたがるような女性ではなく、家でピザを食べながら『ツイン・ピークス』を観ることを好むような女性を好むはずだ」とクーパーは考えた。実際に、そのような女性は現代男性たちの理想なのだ。自由に生き、オタク文化が好きで、プロレスは楽しんで観戦しても総合格闘技の試合は見ない——そんな女性を理想としているのだ。生まれ変わった『Playboy』のグラビアページには、大衆文化を嫌い、"自然の姿"=裸になることによって開放感を感じる女性の姿が打ち出されている。それは、スリムで、若く、スパンキングにも興奮を覚える女性——読者層は、「政治も語れるフェミニストの女性が理想だけど、僕の価値観を問うて覆そうとするような女性はちょっと……(この矛盾がどれだけ長きにわたり女性を困惑させてきたことか!)」というような男性。ジュリア・ルイス=ドレイファスやパメラ・アドロンのように、面白く、賢くて、目的意識がある女性が理想と言いながらも、付き合う相手は決まって、カメラの前ですぐに裸を披露するような25歳(#FreeTheNipple)ばかり——そんな40前後の男性が読者層なのだ。

クーパー・ヘフナーは、その構造を作り上げた。「裸は美しいもの」として『Playboy』を原点回帰させ、世の先進的男性たちの感性に訴えかける女性蔑視の世界を作り上げたのだ。

メガン・マーフィ(Meghan Murphy)は、カナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバーで活動する作家。マーフィのウェブサイトFeminist Currentはこちら

Credits


Text Megan Murphy
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.