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Campanella「PELNOD / Palo Santo」

昨年、各所でHIPHOPベストに選出されたアルバム『PEASTA』から約5ヶ月、2月1日にシングル「PELNOD / Palo Santo」をリリースしたCampanella。彼のルーツとEGO-WRAPPIN'中納良恵によるフューチャリング楽曲について、磯部涼が語る。

by Ryo Isobe
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08 February 2017, 7:10am

Campanellaがリリースしたばかりのシングル「PELNOD / Palo Santo」に漂っている哀愁は果たしてどこからやってきたのだろうか。

このラッパーの名前を知らしめた2011年のミックステープ『DETOX』をiTunesで改めて聴いていて、発表年のクレジットが〝2037〟になっていることに気づいた。確認のため、オリジナルのデータが置かれているbandcampのページにいってみると、そこでは〝1937〟になっている。そういったちょっとした遊びは、Tyler, The Creator「Yonkers」のような同時代のラップ・ミュージックのトラックを使い、また、Flying LotusをはじめとするLAのビート・シーンに影響を受けながらも、タイムレスなクオリティを追求するという同作の姿勢をよく表している。

あるいは、最高傑作だと言っていいだろう昨年の『PEASTA』は、Campanellaが、RamzaとFree Babyroniaという少年時代から付き合いのあるプロデューサー2人とつくりあげたアルバムで、ビートやリリックの端々から、ソウル・ミュージックや過去の記憶が垣間見えるが、聴いていると、まるでホワイトキューブにいるような、空間や時間が喪失していく感覚を覚える。

Campanellaは〝現場〟こそが大切なのだと言う。現場とは確固たる場所を意味する。それなのに、彼の楽曲が非場所的な性格を持っているのはどうしてなのか。

〝PEASTA〟なる単語は、〝Campanella〟と同じイタリア語のようでいて、実際は、彼の故郷・愛知県小牧市の桃花台ニュータウンにあるショッピングモールの名前で、〝PEACH〟と〝FESTA〟を組み合わせた造語なのだそうだ。ニュータウンという歴史を切断された土地で87年に生まれたCampanellaは、ネットで音楽を掘ってはRamzaやFree Babyroniaとお互いの成果を聴かせ合いながら、成長したと語る。

一方で、彼らはTOKONA-Xの生前にぎりぎり間に合った世代でもあった。小牧市の隣、名古屋市を拠点に活動していたTOKONAは2004年に26歳で急逝してからも、2パックやノトーリアス・B.I.G.と同じく、後続のインスピレーションの源となってきたラッパーだ。

そして、Campanellaも、TOKONAとそのグループのM.O.S.A.Dが名古屋で先導したハードコア・ラップ・ムーブメントを復活させるべく、東海3県のラッパーたちでもって、NEO TOKAI DOPENESSという、他でもない自分たちの現場=クラブ・イベントを発信源とするムーブメントを立ち上げた。それは、ヒップホップ・カルチャーが実は70年代後半にサウス・ブロンクスでいったん下火になり、若かりし日のロック・ステディ・クルー等によってルネサンスが起こされた史実を連想させるだろう。一方で、かつてのハードコア・ラップ・ムーブメントと、NEO TOKONAI DOPENESSでは、ハードコアという概念の解釈も、サウンドの方向性も異なっているように思う。

そもそも、TOKONAは名古屋弁をフロウとして消化したラップで知られるが、同地出身ではなく、神奈川県横浜市で生まれ、紆余曲折あって名古屋がフッドになったことは、彼自身が自伝的楽曲「Where's my hood at?」で歌っている。また、TOKONAの最初のユニット・ILLMARIACHでプロデューサーの刃頭が手がけていたビートはどこかエキゾチックであり、それが、当時、東京に一極集中していたラップ・ミュージックに対する外部からの脅威を象徴していた。つまり、いつだって刺激的なムーブメントは歴史から切断されたところから始まるのだ。逆説的に言えば、NEO TOKONAI DOPENESSはその切断性こそを継承している。

さらに言えば、Campanellaが「PELNOD」(プロデュースはJJJ)でヴォーカルの中納良恵をフィーチャーし、「Palo Santo」(プロデュースはshobbieconz)で「かつて…。」をサンプリングしたEGO-WRAPPIN'も歴史から切断された存在だ。そう書くと、この、アメリカの戦前のポピュラー音楽や、日本の歌謡曲に強く影響を受けたバンドに相応しくないと感じられるかもしれないが、彼らの原点には、レア・グルーヴという、様々な音楽をいったん歴史から切断し、並列的に聴いて、組み合わせ直す文化があった。

Campanellaは幼少期からEGO-WRAPPIN'を愛聴していたそうだ。あるいは、彼はその楽曲をPEASTAのBGMとして耳にしたのだろうか。歴史から切断された楽曲の、しかし、そこに漂う確固たる哀愁が、時を経て、今また歴史から切断された楽曲の中で鳴っている。それは極めて日本的なリアリズムである。

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Text Ryo Isobe

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