美の見つけかた、視覚的編集のしかた:エレン・フライス interview【前編】

伝説のインディペンデント雑誌『Purple』の生みの親で、現在写真家としても活躍するエレン・フライス。東京での個展開催に際して来日していた彼女に、旧友で展示企画にも関わった編集者・林央子がインタビューを敢行。エレンの編集術と審美眼、その核心に迫る。

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23 January 2019, 9:08am

90年代パリに彗星のように出現し、アートを軸にした自由な編集方針で雑誌・写真・ファッションを解放した『Purple』。このエポック・メイキングな媒体の編集長に24歳で就任したエレン・フライスの、アーティストと一緒にごく自然体で仕事をする姿勢や、ジャンルを問わず本質的にクリエイティブな行為を礼賛するまなざしに私は、同じ編集者としてずっと共感してきた。

2000年代は新聞を発行したりブログマガジンを始動したりと、編集行為の可能性を果敢に切り拓いてきた彼女だが、最近は数年間表立った活動をしていなかった。そんな彼女から突然メールが届いたのが、2018年5月末——「日本にいくことにした」。直観的に物事をすすめるエレンは、美意識のうえで共感を抱くCOSMIC WONDER主宰・現代美術作家の前田征紀さんとプロジェクトをしたい、ということ以外に、具体的な構想はないようだった。

来日は、10月半ば。準備期間はほとんどなかったが、パリから南西仏の村に移り住み、薬草をつみながら娘とカントリー・ライフを送っている彼女の「今」を伝えるプロジェクトを実現できたら、と思った。前田さん、フランス留学中にエレンの村を訪ねていた志村信裕さんと打ち合わせをして、「Disappering」展の構想を急速に組み立てた。そして、古着と写真をCOSMIC WONDERとエレン・フライスのセンスで組み合わせるプロジェクトが始動した。雑誌でも展覧会のようなプロジェクトでも、エレンはいつも自由なやり方で実現していく。少数の気の合う仲間と息のあったやりとりで、即興的に。

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表参道のCenter for COSMIC WONDERで10日間行われた「Disappearing」展はエレンが敬愛する、2018年夏に急逝した仏人ジャーナリスト、ミシェル・ビュテルに捧げられた「消え行くものの美しさ」へのオマージュだった。展示について、現在の暮らしについて、彼女と交わした会話を記録した。

——「Disappering」展は、あなたがこれまで旅先や日常でおさえたスナップショットのインスタレーションと、これまで人が着てきた服をCOSMIC WONDERとのコラボレーションにより蘇らせた、墨染めの服で構成されていました。この展示にこめた思いはどんなものだったのでしょう。

「写真も服も「美」という観点から選びとりました。私が強く思うのは、過去の暮らしのほうによりたくさんの美があった、ということなんです。私はいつも日々の生活のなかで美しいものを発見することに興味があります」

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——キュレーターとして、また編集者として活躍した人生の前半をすごしたのは生まれ育ったパリ。そこを離れて、今は南西仏の小さな村に住むようになったのですね。そこはどんな場所なのでしょう?

「トゥルーズが近くにありますが、トゥルーズは醜さだけの街です。私の住む村サンタントナン・ノーブル・ヴァルにはもとからの住人だけではなく、外国からの移住者が多く、ネオヒッピーというべき人々も多く住んでいます。フランスでは30歳や35歳といった年代になると、もうあまり都市には住まなくなります。都市にいる人々の表情から感じるのは攻撃性。みんなとても落ち込んで、悲しそうな顔をしています。一方村にいて出会うのは違う人生をさがしている人たちであり、彼らの美しい顔です。私は人生において「美」を必要不可欠なものとしているんです」

——あなたは90年代に影響力のあった雑誌『Purple』の創始者であり、編集者でした。『Purple』が写真をどう扱うか、どんな写真が紹介されているのかを多くの人が注目し続けていました。今回「Disappearing」展では、そのあなた自身の写真を展示したことに、興味をもった人も多かったと思います。どんな経緯でこの展示にいたったのでしょうか?

「これまでも、スナップショットで美しい瞬間をつかまえる撮影行為は行っていました。ふりかえれば、「窓」や「光」や「道」という被写体をよく撮っていたと思います。今回の展示のきっかけになったのは、2018年4月に私の村にあるオルタナティブなアートスペースに呼ばれて展示を行ったことでした。私の人生においてすこし難しい時期で、とても疲れていて脳は動かない状態でした。そこで目だけつかおうと思ったのです。パソコンでたくさんのアーカイブ写真を見ながら、目と無意識だけをつかって写真を選んでいきました。それらをまた感覚だけ、視覚的な要素だけをたよりに壁へ展示していったんです。考えることなく、感性の導くままに。ミステリアスで精神分析のような展示ともいえます。今回もそのときと同じ手法をとりました。違うのは、写真をセピア調にしたことです。これらは過去の写真なので、もともとカラーで撮っていたものを変換しました。でも決めごとはそれだけで、あとはコンセプトからはなれて、感覚だけを頼りに作業しました。なぜこのイメージとこのイメージを組み合わせるのか、その理由は自分でもわからない。そんな方向性が面白いと思っています。ですから私は、自分のことを写真家だとは思っていません。むしろ編集者としての仕事かな、と思っています。写真をつかって世界を組み立てることは、編集者として私がずっとやってきた仕事でもあります」

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——『Purple』はあなたと現『Purple Fashion』編集長オリヴィエ・ザームが立ち上げた雑誌ですが、90年代の『Purple』では写真の順番を決めたり、デザイナーにレイアウトを指示したりするような視覚的な側面は、あなたが担っていましたね。一般的に写真というものに対して、あなたはどう思っていますか?

「私は写真に難しさを感じています。というのも、好きな写真が少なすぎるのです。いまは写真が簡単に撮れてしまいますし、あまりにも多くのイメージに溢れている。だからこそ「距離」をおくことも大事です。良いと思わない写真を拒否することも重要だと考えています。私はメモをとらないので、写真を記録がわりに撮っていて、それをもとに短いテキストをつける仕事をしているのかもしれません。自分はビジュアル・ポエムをつくっているのかなと思うこともあります。記憶のように写真を使う行為に興味があります」

——あなたが編集していたころの『Purple』は、90年代の写真文化という側面において、アートからファッションの分野までたくさんの人に影響をあたえていたと思います。

「当時の『Purple』を見直すことはほとんどないのですが、オリヴィエが編んだ『Purple Anthology』の編集に参加する際に2日間、バックナンバーを見返す作業をしました。そのときに実感したのは、アンダース・エドストロームは時代を超えた表現を残したということです。初めて一緒に仕事をしたとき、彼はすでにマルタン・マルジェラの写真を撮っていました。私は彼と組んで、たくさんのシリーズをつくりました。街で出会った年老いた女性を撮影したり、中国人の女性を撮影したり。初期にはヴォルフガング・ティルマンスも関わってくれましたが、彼と仕事したのは少しだけです。ホンマタカシさんも強い作品をのこしました。一方で撮影してくれた人のなかにはもうカメラマンをやめている人もいて、それも美しいことだと私は思っています。私たちはもともとファッションの世界からきたわけではないので、撮影するときもスタイリストやヘアメイクについて考えなかったんです。写真家と服を選んで、「Just do it.」という感じでやっていました」

——1994年に『Purple Fashion』vol.1を刊行したころのことですね。

「そうです。身近な友達の写真家たちに声をかけていました。私たちがもともと属していたのはコンテンポラリーアートの世界だと思うのですが、私自身はいつも、境界の上にいたと思っています。ジャーナリズム、文学、ファッション、アート、写真。それらはたがいに反発しあうような世界なので、このやり方を嫌う人もいます。最近、美術史についての優れた本も書いているフランスの哲学者ジャン=クリストフ・バイイが、若い詩人に私のことを「『Purple Journal』という雑誌をつくって、文学や詩もやった変わった女性がいた」と話していたと耳にしたのですが、それは私にとってとても嬉しいエピソードでした」

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THE PURPLE JOURNALの創刊号


——あなたはいつも自由を求めていました。そしてあなたのつくりだしたものは、従来の枠組みから雑誌を解放し、写真を解放し、ファッションを解放した側面があると思います。あなたが『Purple』を編集していたころ、「どこにも属さない場所」に触発されていたことを思い出します。たとえば、空港のような。

「そのとおりです。自由、そして逃れること。美術界のルールから逃れたいと思いファッションに行ったんですが、そこでもルールから逃れたかった。自由になることと逃れることは一体だと思います」


インタビュー後編はこちら

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エレン・フライス「Disappearing」展
東京・南青山にあるCenter for COSMIC WONDERにて2018年10月16日から25日まで開催された。

Credit


Text Naoko Hayashi
Photography Kisshomaru Shimamura