21世紀最恐のホラー映画『へレディタリー/継承』:アリ・アスター監督が明かす制作秘話

※ネタバレなし

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nov 20 2018, 7:10am

31歳の脚本家/映画監督アリ・アスターの長編デビュー作は、批評家を熱狂させ、観客を恐怖の底に突き落とした。上映されるや否やサンダンス映画祭の話題を独占した『へレディタリー/継承』。本作がホラージャンルの新たな領域を切り拓いたのは、監督の狙いが恐ろしい作品をつくることになかったからだろう。彼は救いのないテーマに踏み込み、それに真っ向から立ち向かう手段として、ホラーというジャンルを用いた。微笑ましいハッピーエンドを通して、観客にカタルシスをもたらす必要はない。

「悲しみやトラウマと真剣に向き合い、それが家族をどのように蝕んでいくかを描く映画をつくりたかったのです」と監督は説明する。「近年の米国映画では〈喪失を経験した家族が苦しみを通して絆を深めていく〉という作品が主流ですが、本作はそれとは真逆です。そのストーリーをファミリードラマでやったところで、一部の人にしか刺さらない。しかしあるジャンルの制約となるテーマでも、ジャンルが変われば強みになる可能性がある」。希望の光は一切見えない、想像を絶する苦しみを描く物語でも集客を虜にしてしまうのがホラーなのだ。

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『へレディタリー/継承』はありきたりなホラーとはひと味違うが、恐ろしさは折り紙付きだ。無駄な描写はいっさいなく、容赦なく観客を追い詰める。鑑賞後は数日、数週間、もしくはそれ以上のあいだ、頭から離れなくなるだろう。そんな衝撃的な作品を実現したのは、壮絶なファミリードラマを陰惨なホラーへと一変させる監督の手腕だ。彼は登場人物たちの内面の奥深くへと観客を誘い、そのうえで登場人物を徹底的に叩きのめす。作品の細部までつくりこむのが、アリ・アスターの映画作りだ。彼はキャストが役の生い立ちを完璧に理解できるよう、登場人物ひとりひとりの詳細なバックグラウンドを生み出した。

家族のなかの〈悪魔〉や想像を絶する悲しみに直面する母親を演じたのは、女優のトニ・コレット。彼女の怪演は精神が崩壊していくさまをありありと表現している。そんな母親の息子と娘役に監督がキャスティングした俳優たちは、本作にさらなる凄みを与えた。「子どもたちのオーディションには度肝を抜かれました。アレックス・ウォルフは見事な演技を見せてくれましたし、ミリー・シャピロが入ってきたときは、肩の荷が下りた思いでした。ミリーはブロードウェイ出身の女優で、10歳でトニー賞を受賞しています」

本作の核となるのは呪い、そして世代を超えて受け継がれる、決して逃れることのできない運命だ。監督自身の家族も運命に絶望した時期があったという。「悲惨な出来事が立て続けに起こると、自分は呪われてるのかもとか、悪意に満ちた陰謀があるんじゃないか、と疑いたくなりますよね。僕はそんな苦しみを描く映画をつくりたかった。苦しみに伴う感情を見つめ直し、それを誇張することなく表現したかったのです」。このような運命への無力感は、現在の文化的状況にも反映されていると監督は指摘する。「本作が公開された今年の夏、米国だけでなく欧州の人びとも、政治に同じような想いを抱いていました。不本意な状況でも自分には何もできないという無力感です。自分の人生は結局、自分のものではない、と。このような想いと折り合いをつけるのか、それとも抗うのか、決めるのは自分自身なんです」

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ネタバレは避けるが、作中では惨劇が起きる。監督はどのようなアプローチによって、おぞましい場面を執筆、映像化したのか。「何が観客に衝撃を与えるのかを探るのが、ホラー作品の執筆の醍醐味です。例えばこれをバカバカしく見えないようにするにはどうすればいいだろう、とか。何にでも本気で向き合うんです。客観的にみると笑えてくることもあります。ただやり過ぎだとは思わなかった。僕が目指すのは、恐怖というものをとことん突き詰めると同時に、すべてに根拠を持たせること。確かにショッキングですが、〈ふざけてる〉とか〈悪意のある残虐な映画〉なんて言葉で片づけられる作品ではありません」

若きアスターの長編デビュー作がたちまち大ヒットしたことを各メディアが報じているが、彼自身が脚本の執筆を始めたのは10代のころで、大学院卒業後には短編を数本発表している。長編作品について、監督は「10本以上脚本を書いた」という。「ほとんどは高校時代に書いたものです。実際、本気で映像化しようとして書いたのは5本くらいしかありません。順調に進んでたのに直前になって白紙に戻った企画も2、3個あります。でも僕は頑固なので、採算が合わなくてもつくりたい作品があった。駆け出しの監督にとっては現実的な額じゃなくても、それだけの予算が必要だったんです」。最終的に彼は譲歩し、より資金協力を得やすいであろう脚本を書き上げた。「今は満足しています。個人的なテーマ、関心のあるテーマについての作品を比較的スムーズに完成させられたので」

提案を却下され、企画が土壇場で取り止めになるという挫折をいち度ならず味わったアスター。そんな彼がモチベーションを保っていられるのはなぜだろう。「〈粘り強さが肝心〉なんてありきたりな言葉ですし、僕にとってはただの〈まやかし〉です。僕がラッキーだったのは、頭のなかに作品の完成図がはっきりと浮かんでいたこと。そのおかげでこれまでやってこられたんだと思います。映像はもう視えているのであとは形にするだけ。だからこそ、自分が何をつくりたいのか、なぜつくりたいのかを明確にすることに時間をかけられる。自分が説得したい相手だけでなく、自分自身に対しても作品の意義を示すことができるんです」

ヘレディタリー/継承』は11月30日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国でロードショー。

This article originally appeared on i-D UK.