セルフケアの時代における〈自己中〉とは?

私たちは、予定をキャンセルし、友人から距離を置き、現実に起きている問題から逃避する名目として〈セルフケア〉を使っているだけなのか?

by Cristiana Bedei; translated by Ai Nakayama
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19 March 2020, 7:16am

現代のカルチャーにおいてウェルネスは重要視されているが、〈セルフケア〉とはいったいなんなのか、考えてみると難しい。かわいいキャンドルにはいくらくらいお金を出すのが妥当なのか? 今夜の友人とのディナーをキャンセルしていいのか? 本当にバブルバスに入る必要はあるのか? 自分の健康な精神状態とウェルネスを優先する価値がある、という思想は、長らく不可侵なものとして、「そうするべきだから」という理由だけで力をもってきた。しかし、〈私だけの時間〉をそこまで神聖化していいのだろうか。

まず、セルフケアにはこんな視点が不可欠だ、と語るのは心理学者のエマ・ショート博士。「バランスが取れる点を見つけることですね。そして、『今、どのニーズが一番緊急性が高いだろう? 私は疲れている? ストレスを感じている? 休息時間をとるべき? それ以上に相手が私を必要としている?』と考えるんです」。博士は、ストレスやトラウマを経験してきた数多くの患者が、続けやすいセルフケアの手法を見つける手助けをしている。

私たちはみんな、自分にとって重要な他者のネットワークの中に存在していると博士は説明する。「他者の呼びかけに応じることは大切ですが、自分のニーズに応えてこそ他者のニーズに応え、関与していくことができるんです」。一度に多くのことをやろうとしたり、ストレスや体調不良を感じていたら、直感も働かないし、他者を助けることもできない。なぜなら自分も苦しんでいるからだ。

「セルフケアには、自分のウェルネス、そして他者への責任に関する判断を信じることの習得が含まれます。それには学びが必要なんです」と博士。当然、自分の健康や幸福を優先して計画を立てて構わないのだ。もし水曜日のイベントに誘われて、絶対に参加したいと思うなら、月曜と火曜は充分に睡眠をとり、水曜までにやることリストを終わらせておくだろう。また、イベントに参加するために、交渉や、何かを断る必要も出てくるだろう。「今もまだ、体力の限り無理をしてヘトヘトになるまで働く、という文化があります」と博士は指摘する。重いプレッシャーに耐えながら、全力で働き全力で遊ぶ。しかしそれでも、自分を守るためのアクティビティや活動は考慮に入れておかなければならない。それがセルフケアだ。

「現代社会では〈忙しいこと〉が善とされています。気分が優れないから休息しなきゃ、と認めることは、主義に反することなのです」

「具合が悪い日は誰にでもあります。だからセルフケアが必要なんですが、あるひとびとにとっては〈恥ずべきもの〉という認識なんです。私もそうでした」と語るのはキャット・ホロックス。彼女は〈Put Yourself First〉というポッドキャストのホストを務めている。「現代社会では〈忙しいこと〉が善とされています。気分が優れないから休息しなきゃ、と認めることは、主義に反することなのです」。自分のためにもっと時間をつくろう、と女性たちに指導してきたことで、キャット自身にとっても、セルフケアのヒントやインスピレーションは、自分の生活における不可欠な要素になってきたという。「この仕事は2017年の上旬から続けていますが、始めたきっかけは、私のコミュニティの女性たちが、揃いも揃ってみんな同じ問題、つまり、自分自身のことをやることリストの一番下にする、という問題を抱えていたことです」とキャットは語る。

彼女は、時には少し自己中心的になってもいい、と考えている。なぜなら、ことわざにあるように〈空のカップからは何も注げない〉からだ。「きっと、自分が本当に休息すべきとき、一歩下がって考えるべきときは、心のなかで分かっているはずです。自分の心の声に耳をすますべきだ、と私は考えてます。自分がした決断についてどこかモヤモヤしているなら、違うことが分かるはず」

もしそういったこと、自分の奥深くにあるニーズを見つめ直さなければいけない、という状況に慣れていなくても、怖がる必要はない。自分のことをないがしろにしてきたか否かを評価するには、練習が必要なのだ。「『今週は自分のために何かしたっけ?』と考えてみるだけでいいんです。いろんなことを思い出すでしょうし、そうじゃない場合もあるでしょう」とショート博士はいう。「セルフケアは、人生のステージが変わるごとに変化します。安定することはありません。なので、常に、今この瞬間、自分はしっかりセルフケアできているかな、と考えてください」

ロンドンに住む元ダンサー/チアリーディングコーチのリンダ・ラオは、自分が何かをするときの真の動機を見つめることが大切だという。「自分がセルフケアと称してやったことに対して、どうして自分はこれをしているんだろう、って自分に問いかけるんです。これは自分の健康と幸福のためになるのか、それとも、ただ単に問題から目をそらすため、逃避するためにしてるのか、って」。もしあなたが友人をゴースト(SNSでブロックして連絡を絶つこと)したり、現実逃避のために予定を詰め込んだりしたことがあるなら、リンダが言及する〈逃避〉にギクリとするはずだ。

Netflixを観ながら幾夜を過ごして初めて、セルフケアというのはあれをすればいい、これはするな、とひとくちに言えるものではないことに気づく。

残念ながら、自分が今、本当に少し休む必要があるのか(そう、フェイスマスクを着けたりして)、あるいはセルフケアというコンセプトを、実に賢明なアリバイとして利用しているだけなのかを正確に言い当てることはできない。「これまで、自分の心理状態がよくないからといって友達に会う約束を反故にしたこともあるかもしれません。私はそれを最良の〈セルフケア〉だと思ってました」とリンダは吐露する。でも実際は、自分の不安と向き合うのが怖いだけだった、と今の彼女は振り返る。「きっと、外に出て友達と会う方がずっと健康的だったでしょう。誰かと話をすることは、自分でうじうじと思い悩むよりずっと早く問題を解決してくれますから」

私たちは学びながら生きている。そして、正直なところ、他者の期待をうまくさばきながら自分を優先するなんて困難だ。Netflixを観ながら幾夜を過ごして初めて、セルフケアというのはあれをすればいい、これはするな、とひとくちに言えるものではないことに気づく。常に、自分のニーズ、価値観に合わせて調整していかなくてはならないのだ。それを実践するのはもちろん難しいが、努力する価値はある。

「私はかなり自己認識ができていたし、自分の行動パターンも認識していました。だから、セルフケアという言葉は使っていなくても、ずっとそれを実践していたような気がします」とリンダはいう。今は、長時間散歩したり、ハタヨガをしたり、姉妹など、自分のことを大切にしてくれていると感じさせてくれるひとたちと過ごすことが彼女のセルフケアだそうだ。「そのひとたちは、自分の頭のなかにある価値観とはまた別の考えかたを与えてくれます。自分の精神を安定させてくれるし、実際に起きている問題を解決する助けになってくれる」とリンダ。また、彼女は今、写真を勉強しているそうだ。クリエイティブでいることが彼女の想像力を伸張させ、ポジティブな気分になることができるという。究極的にいえば、彼女にとってのセルフケアは、自分自身に気を配ることで、他者のことにも気を配れるようになる、ということなのだ。彼女は、人間関係に関するルールがあるという。「私は自分自身の気分は自分でどうにかしようとしています。その気分を誰かに投影したり、態度に出したり、トラブルを招いたりしないように」

つまり、他者のためにイベントに参加するという目的でセルフケアに励むことは、自己中心的とは真逆だし、セルフケアに時間を使うために誰かとの予定をキャンセルするなら、それは構わない。重要なのは、自分が何をするかよりも、そうすることで何を達成できるかということだ。「自分自身の行動に責任をもたないのが、自己中心的ということなんだと思います」とリンダは指摘する。「でも、私たちには他者に責任があるのと同時に、自分にも責任がある。自分の心の声に集中するために予定をキャンセルしなければならないときだってあります。それは自己中ではありません」

This article originally appeared on i-D UK.

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