ラナ・デル・レイはどのようにして自身の人生を芸術に変えたか?

「Video Games」から7年。ラナは周りに嘘をついていると思われていたってもう構わない。

by Dane Scott; translated by Ai Nakayama
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okt 30 2018, 6:14am

ラナ・デル・レイの珠玉のラブバラード「Video Games」が大絶賛されたのは2011年の夏。彼女はその前に、10を超えるほどの人生を生きてきた。アップステート・ニューヨークの小さな町に育ったラナは、名門の全寮制学校へ進学し、卒業後のギャップイヤーを、ロングアイランドでウエイトレスとして働いて過ごした。大学に進学するとブロンクスに住み、形而上学を学んだ。2008年のレアなインタビューでは、まだ無名の頃、ニュージャージーのトレーラーパークで暮らしていたラナの姿を目にすることができる。髪をプラチナブロンドに染め、リジー・グラント(Lizzy Grant)という名で曲をつくっていたときのことだ。

「私の人生を芸術作品にしたいって思ってたんです」と、2012年1月、ラナ・デル・レイ名義で受けた初期のインタビューで彼女は説明する。当時、そうやって彼女が掲げたキャリアのビジョンに、まともに耳を傾けるものは誰もいなかった。そのインタビューと同じ月、〈Pitchfork〉は彼女のデビューアルバムを「愛や情熱を猫なで声で語るこのアルバムは、嘘っぱちのオーガズムと変わらない」とこき下ろす。『サタデーナイトライブ』でのパフォーマンスから、彼女の出自、見た目、育ちまで、誰も彼もが彼女の全てにケチをつけた。

彼女は「全部嘘だ」と繰り返し言明した。「今までに私について書かれた記事は、全部明らかな嘘。完全なデタラメ。立派な中傷だと私は思ってる。もし私がもっとそういうのを気にするタイプだったら、書いたやつらのこと殺してると思う」

彼女の最新シングル「Mariners Apartment Complex」は、かつての恋愛の誤解をドリーミーに瞑想する1曲だ。BBCラジオのアニー・マックによるインタビューで、ラナはこの曲について、昔デートしていた男性と夜中に散歩していたときの想い出がインスピレーションだ、と語った。その男性は「僕らはふたりとも似ていて、ふたりとも頭がおかしい。だからいっしょにいるんだと思う」とラナに告げたという。当時、自分の精神状態が落ち着いていると感じていたラナは、それを聞いて「これまでの人生で耳にした言葉でいちばん悲しかった」そうだ。

「You took my sadness out of context(あなたは私の哀しみを文脈から切り離して解釈した)」、この曲はこういう歌詞で始まる。そして曲の中盤では「They mistook my kindness for weakness(彼らは私の優しさを弱さととらえた)」と歌う。ここでの〈彼ら〉は、あのときの男性だけでなく、ラナの自己認識が「間違っている」と糾弾してきた全てのひとを指すのだろう。

「しくじってしまった それはわかってる/だけど神様 女の子は自分の能力を最大限に発揮することもできないの?」とラナは苦悩を歌う。『The Guardian』の悪意ある見出し(「Lana Del Rey: ‘I wish I was dead already.’(ラナ・デル・レイ:〈私なんてもう死んでればいいのに〉」)や、ラナ・デル・レイのライブは「サタデーナイトライブ史上最低のパフォーマンス」だったのか?と煽る『Entertainment Weekly』の記事、あるいはラナ・デル・レイ本人がジョークとして自称した「ギャングスタ版ナンシー・シナトラ」が、今なお彼女を紹介する記事で使用されていること…。彼女を苦しめる逆境は、枚挙にいとまがない。

「2011年、有名になってからは、ひとと違ったり、ちょっと哀しみを抱くことも許されなかった」と彼女は最近のラジオインタビューで振り返っている。

先ほど言及した、キャリア初期にシャトーマーモントで撮影されたMySpaceによるインタビューで、ファンに向けたアドバイスを求められたラナは、こう答えた。「憧れの人生を送る誰かを見つけて、彼らがどうやってそれを実現したかを知ること。本を読むこと。よく考えてロールモデルを選び、彼らの行動を学ぶこと。そして自分もそれを実践すること」

最高もどん底も経験し、自らの神話化を進め、彼女の生きかたや創作方法をひとつのアートとして提示する…。そんなラナのキャリアは、2018年に生きるアーティストとして〈実践〉のしかたを示すガイドブックのようだ。ラナ同様、新しいアイデンティティを背負い、それについて全てを記録することを楽しんでいるのが、作家のチェルシー・ホドソンだ。それこそが、彼女の新刊のタイトル『Tonight I’m Someone Else』の裏にある隠れた意味なのだ。アートスクールのバカ高い授業料、世界じゅうのアートの主要都市で高騰する家賃、徐々に雑然とし、身内びいきの傾向が強まっている業界…。〈アーティスト〉への道は、かつてないほどにぬかるみ、複雑化している。

「若い頃は、誰もがアーティストだ」とチェルシーは記している。「しかしこれはゲームだ。我慢強さのゲーム。依存症との闘い。子ども、安心感、均衡、保険、家をもつかもたないか。そうしてひとりひとり脱落していく。そんなことは誰も教えてくれない」

ラナ・デル・レイは、それを耐え抜いてきた。依存に苦しんだ10代を抜け、かつて暮らした街や場所を抜け、音楽なんかさっぱり止めてやると思うほどに絶え間なく襲い来る女性差別や中傷の波を抜け…。プロデューサーにジャック・アントノフを迎え、「サーフミュージックの影響を受けた」という6枚目のアルバムは来年頭にリリース予定だ。アルバムの前には、彼女がただこの世界に存在していてほしいから出す、という詩集の出版も予定されている。必要があれば、シルバーレイクの本屋にも入荷するという。

リリースから7年経っても、「Video Games」は夏の恋を描いた名曲として燦然と輝く。誰もが知っている、あの夏の湿気と心の痛み。今年9月に発売されたシングルもそうだが、彼女は新作を出すたびに、美しくねっとりした、彼女独特のカリフォルニアサウンドの強度を高め、唯一無二の音の世界をつくりあげている。過去、現在、未来の自分の姿を周りから押しつけられることに終わりを告げた、ひとりのアーティストの音楽だ。

This article originally appeared on i-D US.