クィアの歴史を知るために:「ザ・クィア・バイブル」の挑戦

「クィアの歴史の多くが、隠されたり消されたりしている」。そうした状況に変化をもたらしたいと考えたモデルのジャック・ギネスは『ザ・クィア・バイブル』を立ち上げた。

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dec 6 2017, 9:18am

Laverne Cox by Fernando Monroy

「あなたの歴史を知れ。あなたの現在を生きろ」
ジャック・ギネス(Jack Guinness)がキュレーションし、素晴らしいストーリーを掲載する新しいウェブサイト「ザ・クィア・バイブル」のヘッダーに置かれた言葉だ。サイト名が実にそのすべてを物語っている。感動的でしかも笑える強烈なエッセイやインタビュー、イラストがずらっと並ぶ。コンテンツを提供するのも、その中でフィーチャーされるのも、まさにアイコン的な人物ばかりだ。例えば(さあ、まず深呼吸して)ラバーン・コックス、パリス・リーズ(Paris Lees)、ロバート・メイプルソープ、リー・バウリー、アマンダ・ルポール、プリンス……まあ、リストはまだまだ続くが、あとは自分でサイトにいって、思い切り吸い込んでほしい。

「クィアの歴史のあまりに多くの部分が、隠されたり消されたりしている」とジャックは言う。「このウェブサイトは、そんなパーソナルな物語や歴史の拠り所になるんだ」。彼にはわかっている。あごひげを生やし、オートバイが似合うタイプのモデルとして、ファッション界で何年も生きてきた。その業界も、私たちが考えるほどいつも寛容だったわけではないようだ。「昔は、クライアントにはセクシャリティを明かさない方がいい、と言われていた」と彼は言う。「たぶん不安の種だったのは、ゲイ男性がブランドの〈顔〉になることをブランド側が望むのか、だったと思う。それからたぶん、ストレートの男性たちがゲイから服を買いたがるのか、ということも」

幸運にも時代は変わり、開かれた場やオープンな対話は広がりつつある。「ザ・クィア・バイブル」はその好例だ。私たちはジャックと会い、クィア・ヒストリーやLGBTQ+の権利について、そして「クィアの歴史」というコンセプト自体に無頓着だったサム・スミスについて、話をきいた。

Soko by Elena Durey

——まず、このサイトを創設した起源(ジェネシス)から教えてください。
起源とはまた崇高な響きだね。そんな大したことじゃないんだ。おかしな話だけど、きっかけはサム・スミスだよ。アカデミー賞のスピーチでサムは、自分がオスカーを受賞した最初のゲイだ、と言ったことを覚えてる? 彼があまりにクィア・ヒストリーというものを知らないので、みんな大騒ぎした。サムのツイッターは苦言の嵐になって。彼はいい人だから、怒りを買ってしまったことを恥じていたはずだ。サムの発言についての意見はどうあれ、僕はあのできごとで、自分も試されていると感じた。クィアの歴史について、それじゃあ僕はどれだけ知っているのか、と。

ネット上にはすでに優れたリソースがある。インスタグラムでもすごくいいものを見るよね。ザ・エイズ・メモリアルはとても重要なアカウントだ。書籍だと、ロバート・アルドリッチの『ゲイ・ライフ・ストーリーズ(Gay Life Stories)』やコルム・トビーンの『暗い時代の愛(Love In A Dark Time)』といった作品にすごく感動した。もっともっと学びたくなったから、インターネット上のクィアカルチャー・ガイドとして「ザ・クィア・バイブル」を作ったんだ。自分の好きな人たちに声をかけて、インスピレーションを与えてくれるアイコンについて書いてもらっている。すべての投稿にクィアの若手アーティストによるオリジナルのイラストを合わせる。挿画も全部、すばらしいものばかりだよ。若いアーティストたちのイラストが、サイトを見た目にもユニークなものにしているよね。キム・ジョーンズが手がけるルイ・ヴィトンとコラボレーションしたゴードン・フロレス(Gordon Flores)も、このうちの一人。

ストレートの世界でクィアでいるのは辛い。すぐそばにいる友達や家族と自分との感じ方の違いに気づいてしまった若いLGBTQ+の人たちは、その多くが孤独や疎外感を抱えるようになる。僕自身もそうだった。自分たちは世の中の「他者」だと考えてしまう。けれど、自分たちの歴史を学んでいくと魔法のようなことが起きるんだ。エンパワーされる。自分の前に道を行ったすごい人たちの連なりを知って、そこに自分もつながっていることを感じられる。ただ自分を恥じるのをやめるどころではなく、刺激されてやる気が満ちてくる。僕らが今日こういうふうでいられるのは先人が道を切り開いてくれたおかげだし、そういう人たちについて知ることは、自分に誇りを持てるようになるプロセスを速めるだけじゃなくて……社会から押しつけられ、自分たちも内面化してしまうクソのような意識をはねつける助けにもなる。

——どんな人が関わっていますか? 誰についての記事が書かれているんでしょうか?
すごい!という人ばかりだよ。このサイトは、様々な人たちが自分のことを自分自身の言葉で語るためのプラットフォームなんだ。だから僕は手を加えない。ロバート・メイプルソープの元恋人(David Croland)が、ロバートとパティ・スミスに出会ってからのことを詩のような文章に綴って寄せてくれた。クライマックスは衝撃的で希望に満ちていて、ひたすら美しい。パリス・リーズやジョージ・M・ジョンソン(George M Johnson)のようなアクティビストたちが書いたものもすごくいい。あまり知られていない人物を取り上げた投稿の中にも、僕のお気に入りがあるよ。クィアの歴史のあまりに多くの部分が、隠されたり消されたりしている。『ザ・クィア・バイブル』はそんなパーソナルな物語や歴史の拠り所なんだ。時にはインスタグラムのアカウントを僕の好きなクィア・アーティストに明け渡して、すごくおもしろいコンテンツにしてもらうこともある。

——特に心に響いた物語はありましたか? もしあれば、なぜ、どんなふうに感動したのか教えてください。
ソフィ・ヒーウッド(Sophie Heawood)による詩人フランク・オハラについての文章を読んだときは、赤ちゃんみたいに泣いてしまった。近日中にアップするよ。ルシアン・フロイドのミューズだったスー・ティリーは親友でパフォーマーのリー・バウリーについて、とても感動的で、かつ笑える物語を書いてくれた。彼女はこれまで一度も公にしたことのなかった話や情報をシェアしてくれている。このサイトにそれほどの信頼を寄せてもらって、頭が下がる思いだよ。ジョージ・M・ジョンソンはプリンスのことを書いた力強い文章の中で、消されてきたブラック・ヒストリーについて語っている。トランスジェンダーの歴史についてのポッドキャストでホストを務めるモーガン・M・ペイジ(Morgan M Page)は、北米先住民族のパフォーマンス・アーティスト、アイヤナ・マラクル(Aiyyana Maracle)について書いてくれた。これまで僕が全く知らなかった人物について書かれた、生を肯定されるような文章だ。

——自分がゲイであることと、あなた自身はどんなふうに関わってきましたか。
あらゆるLGBT+の人間にとって、カミングアウトは段階的なものだと思う。まず友達に、それから家族に、それから職場の同僚に。僕らのうちの多くが、何度も繰り返しカムアウトしなくちゃならない。ファッション業界はすごくゲイフレンドリーだと思われがちだけど、かなり大変な面もある。モデルという仕事を通して僕が表現しているのは、かなり狭い意味での男性性……オートバイにまたがるヒゲ面の男だよ! 昔は、クライアントにはセクシャリティを明かさない方がいい、と言われていた。たぶん不安の種だったのは、ゲイ男性がブランドの〈顔〉になることをブランド側が望むのか、だったと思う。それからたぶん、ストレートの男性たちがゲイから服を買いたがるのか、ということも。俳優業のためにエージェントに会ったときに、これからどんなタイプの仕事をしていきたいか選べと言われたことを覚えてる。主役をはる「ストレート」男性のキャリアか、ゲイの親友役を演じるキャリアか、と。何年も戦い続けてようやく自分自身を受け入れるようになったところで、またクローゼットに戻れと言われるのは最悪だよ。自分の一部を殺すことだからね。長い間そのことに苦しめられた。ただ僕という人間でいることに問題がある、と文字通り告げられたわけだから。幸運にも、僕は俳優としてはまったくうまくいかなかったから、もうそのことについては考えなくてすむんだ! 時代は確かに変わっている。モデルの世界では特に。若者たちにとっての素晴らしいロールモデルもかなりたくさんいる。それに加えてブランド側も問題に取り組み発展してきたし、LGBTQ+ の表象が向上してきているのはすごく喜ばしいことだ。このインタビューの後で、仕事がまったくなくなったりしていないといいけどね!

——若い頃に尊敬していた人物は誰ですか? どんなふうに憧れていましたか?
テレビと文学からの影響が大きかったよ。10代の頃は少しでもゲイっぽい感じがするものならなんでも夢中になっていた(この言い方は僕の意図より失礼に聞こえるかもしれないけど)。ジェイムズ・ボールドウィンの『ジョヴァンニの部屋』にはすごく衝撃を受けた。だけど僕が見つけた本や映画は、ゲイであることがいかに悲劇的で辛いことかを語るようなものが多かったんだ。だからこそ『ディス・ライフ(This Life)』とか『クィア・アズ・フォーク(Queer As Folk)』などのテレビドラマはとても重要だった。複雑だし切なくもあるけれど、ゲイであることを祝福していたから。あとは、ジョージ・マイケルのカミングアウトもとてもインパクトがあったな。堂々として自分を恥じていない、まっとうな態度だった。なんと言っても彼はセックス・シンボルだ。メインストリームにとっては脅威だったと思う。慣習を逸脱しているし、挑発的なことだから。あるテレビのインタビューで、誰かが彼に「みんながあなたのレコードを買わなくなるかもしれない、という不安はありませんか?」と質問したのを覚えてるよ。彼は「こっちだって差別主義者に自分のレコードを買ってほしくない」と答えた。要はそんなやつらファック・オフだと言ったんだ。すごいことだと思った。

——同性愛者としてメディアで人目に触れることは、あなたにとってなぜ重要なのですか?
僕はとても恵まれた立場にいる。どれほどラッキーか言い尽くせないほどだよ。これまでずっと、私生活では自分という人間を偽らずに生きてきた。でも以前は公の場では私生活について話さなかった。カムアウトするかどうかは個人が決めることで、僕は誰のこともジャッジできる立場じゃない。『ザ・クィア・バイブル』の大きな部分を占めるのは、僕の前にこの道を通ってきた人たちへの感謝なんだ。勇敢さと正直さを胸に立ち上がり、目に見える存在として、いまこの国で生きる僕らが享受している権利のために戦った人たち。感謝を示すためなら、幸運にも僕が持てることになったプラットフォームは何でも使いたいと思っている。できる限り人の目に触れて、政治的に関わっていきたい。米国はトランプ政権下だし、この国でも非常に退行的な権力が支配していて、LGBTQ+の権利は危機にさらされている。いま現在、マスコミにはトランスジェンダーについての間違った情報があまりに多く、メインストリームのメディアでも毒々しいデマが流れている。このコミュニティのメンバーみんなの身の安全と心の安心が脅かされている。無関心と憎悪に直面したときこそ、我々クィア・コミュニティの人間は強固に立ち向かうんだ。僕もそのうちの一人であることを誇りに思っている。

Robert Mapplethorpe by David Croland