世界を変えた6本の映画

動物愛護活動から反LGBT法廃止運動まで、人々の生活を一変させた名作映画をご紹介。

by Douglas Greenwood; translated by Aya Takatsu
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mar 27 2018, 8:00am

芸術性に心動かされたり、そのメッセージに影響されたり。劇場公開が終わっても長きにわたってその爪痕を残す映画には、抗えない魅力がある。そうした作品には、より良い生活を求めて戦うきっかけや、そうでもしなければ知りえなかったような題材を人々に提供することで、ムーヴメントを起こす力を秘めている。

私たちが映画からのメッセージに疑問を持つことはあまりない。メッセージ性のある映画にとって信頼性は肝となるが、同時に痛烈に人を傷つけることもある。第2次世界大戦中に制作されたナチスのプロバガンダや、KKK擁護で知られる1915年の問題作『國民の創生』(はったりをかけてホワイトハウスでの公開を実現させ、公開後にはKKKの会員が激増した)が熱狂的に崇拝されるなど、映画が持つ即時性は悪用されもしてきた。

しかし、メッセージを伝えたいと願う監督は今も、そしてこれからも存在し続ける。地球上に暮らす動物たちに敬意をもって接することや、クィアコミュニティに対して社会がどれほどむごい仕打ちをしているかを伝えるなど、ここで紹介する6本の映画は、私たちが今まさに暮らす世界をかたち作る上で重要な役割を担っているのだ。

1:“反捕獲”運動を次世代に伝える『ブラックフィッシュ』
ここ10年で『ブラックフィッシュ』ほどSNSにインパクトを与えた映画はあまりない。映画祭でも高い評価を受けた、ガブリエラ・カウパースウェイト監督による2013年公開のこのドキュメンタリー映画は、捕獲されたシャチへの不適切な扱いを描いたもの。SNS上で多くの反響を得たことによって、再び取りざたされるようになった。アメリカCNNがゴールデンタイムに、このティリクム(シーワールドが保有するシャチ。全米にあるこの古びた水族館で飼育されている最中に3名のトレーナーを殺害し、ほか数名に傷を負わせた)の物語を2,000万人を超える人々の家へ届けたのである。

館内でこの動物がどのような扱いを受けていたかについてのガブリエラのショッキングな描写もあり、ティリクムの物語は分厚いガラス越しにぼんやりと動物を眺めるショーをやめようと願う人々を集結させることとなった。ツイートやネット上の署名、Facebookでの動画シェアにより、『ブラックフィッシュ』のメッセージは瞬く間に広がり、相手企業もその影響を思い知ったのである。その年のシーワールドの売り上げは落ち、シャチの繁殖プログラムも廃止され、“シャムー”という名の有名なショーも打ち切られた。インディペンデントなドキュメンタリー映画にしては、悪くない成果ではないだろうか。

2:議員たちの死刑に対する見解を揺るがせた『殺人に関する短いフィルム』
最高に盛り上がるアート映画とは言えないが、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『殺人に関する短いフィルム』は、ポーランドの議員たちに大きな影響を与え、さらには「目には目を」という言葉が示唆する倫理観に理解を示した。1988年に公開されたこの映画の舞台は、うらぶれた冷戦後のワルシャワ。そこである若き放浪者が、タクシー運転手を殺害した罪で逮捕され、極刑を言い渡される。殺したいという人間の残忍な欲求と、国家によって下される冷酷な贖罪方法を巧妙に配置し、観る者へ「どちらの行動が正しいか」と言外に問いかけるのだ。

カンヌ国際映画祭で物議を醸しながらも評価されたこの映画は、最終的に死刑制度に対するポーランドの姿勢へも影響を与えることとなった。この作品の公開後、すぐにこの制度が廃止されたのである。それだけでなく、この映画の感情をあらわにしたラストシーンは同様の議題を扱った国連の会議にも取り上げられ、フィクション映画にも変革を起こそうとする気持ちに影響を及ぼすことができるのだということを証明したのだった。

3:映画ファンに黒人の映画出演を納得させた『模倣の人生』
1930年代のひっ迫した経済状態の中、盛り上がりを見せる市民権運動。当時、ハリウッド監督の大半は白人男性であり、黒人の物語に光を当てるというのはかなり珍しいことだった。かなり長いあいだ、このコミュニティは凶暴な人種として、または映画のストーリーには影響を及ぼすことのない端役――奴隷や召使――として描かれてきた。1934年に制作された『模倣の人生』は、その潮流を変えた作品である。2人のシングルマザー(裕福な白人未亡人と、その誠実な黒人の召使)を巡るジョン・M・スタール監督によるこの映画は、逆境の中で互いに支えあうという起業家精神あふれる2人の友情を描いた、公開当時としては唯一無二の内容だった。

ルイーズ・ビーヴァーズ演じるデライラの物語も作中で描かれるのだが、それは、現実に即していながら監督たちによってその当時まで言及することを拒まれてきた、黒人たちが抱える社会的な問題だった。ビーヴァースの圧倒的な演技は高い評価を受けたが、この作品がアカデミー賞で3部門にノミネートされたにもかかわらず彼女が冷遇されたとき、人々は何が起こっているのか知ることになったのである。現在の#OscarsSoWhiteのようなキャンペーンが80年も前に起こり、『California Graphic Magazine』の記者が簡潔かつ明確にこう記したのだった。「アカデミー賞がビーヴァース氏に気づけなかったのは、彼女が黒人だからだ」

4:誰もが食事のあり方を見直した『スーパーサイズ・ミー』
示唆に富んだジャーナリズムのために、アーティスティックな部分を犠牲にしたドキュメンタリー映画監督のひとり、モーガン・スパーロック。マクドナルドに関する2004年のドキュメンタリー『スーパーサイズ・ミー』は、特大サイズのファストフードを30日のあいだ朝昼晩と食べ続け、それがどれほど有害なのかを検証した作品だ。公開以降、学校の授業で観られる映画の定番となっている。恐怖を煽るセンセーショナルなつくりでありながら、怠け心がどのように死を招くかを描いたハッとするドキュメンタリーでもあるこの作品は、莫大な利益を生み出すファストフード産業の足元をすくうものとなった。

映画の公開後、マクドナルドはメニューから“スーパーサイズ”を廃止。さらに映画を観た人が、ドライブスルーに誘惑されそうになるとおぞましいフラッシュバックに襲われるという事態を引き起こしたのだった。この作品の“実験”が真実であってもなくても(毎日大量のバーガーを食べ続け、何の運動もしようとしない人なんて現実にいるだろうか?)、ものすごい数の人々、そしてファストフード店そのものにも、自身のイメージをクリーンにさせる大きなきっかけとなったことは間違いない。近所のマクドナルドの壁紙にレタスやトマトが描かれるようになったのには、そんなわけがあったのだ。

5:イギリス人のゲイコミュニティに対する見方を変えた『Victim』
ゲイであることが違法だった1961年当時、映画の中にLGBTQ+の人物を登場させるというのは、ほぼありえないことだった。それを変える一翼を担ったのが『Victim』だ。タブロイドメディアがクィアを悪魔のように扱っていたあのころ、ゲイであることを隠しているひとりの法律家の物語を、自信を持って描き出したのがこの作品である。ゲイであることがばれ、収監されたために自殺したかつての恋人に代わって戦う彼は、その名声を危険にさらしている。この映画は混沌とした世界のただ中に観る者をいざない、理解と共感に満ちた視点からゲイを描いているのだ。現在、クィアの男女に対する政治家たちの凝り固まった見解を考え直させるために重要な役割を担ったとして、今作が再び見直されている。

ホモセクシャルを合法とする1967年の性犯罪法案を通すかどうかという議論の最中に、この映画がTV放送された。映画館での上映が議論を醸したこともあり(最終的に全英映像等級審査機構が今作を禁止しようとした)、多くの人がこの放送を見ることとなる。そしてトーリー党のアレン卿が、主演したダーク・ボガードに手紙を書いたのだ。アレンは、多数の人がこの映画をみたあと、ホモセクシャルを合法とする議会内の意見が全体の48%から63%に上昇したと明らかにした。辛辣なまでに真実を反映させることで、国でもっとも冷静沈着な人々の心をも動かすことができることが証明されたのだ。

6:ティーンにアイデンティティをもたらした『理由なき反抗』
1930年代初頭、若き高校生たちは両親の束縛と実験から逃れ、自由の身となった。喫煙と10代後半の活発な性生活に象徴される時代だ。“ティーンエイジャー”という言葉が生み出されるほど、それは青春時代における非常に厄介な時期となったが、この映画ではそれを挽回の季節ととらえている。20世紀半ばのメディアは、こうした中産階級の若者の生活を映画の中でどう表現していいかあまりよくわかっていなかった。彼らの悪評高き振る舞いを容認することのリスクを考えてのことだろう。しかし、ジェームズ・ディーンが主演し、将来を見失ったティーンを描いた1955年の名作『理由なき反抗』は、この年代を映画の中で初めて英雄として扱ったのである。

無頓着さと無邪気さ、人間関係と反抗をテーマとしたこの作品は、若者は自分で人生を切り拓けるのだということを示していて、権利を奪われた現代のティーンにも通じる部分があるのだ。ジェームズ・ディーンの二枚目俳優としての地位を確固たるものにした『理由なき反抗』は、今でも彼の最高傑作と考えられている。この作品が公開される前に、自動車事故によって24歳でこの世を去ったディーン。まるでそれが運命であったかのように、ひとつの世代が一瞬のうちに英雄を得、そして失ったのだった。

This article originally appeared on i-D UK.