ニューヨークと寝た男:マーク・レイ

ドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』が、日本で2017年1月28日から公開される。公開にあたって主演のマーク・レイが来日をし、映画、アパートの屋上生活、当時の出来事や現在について語ってくれた。

by Aya Tsuchii
|
12 January 2017, 1:43am

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

日本に到着してわずか16時間。すでにこの日のスケジュールはいっぱいだという。「今週はインタビューや撮影など、予定がぎっしり詰まっている。でも追加の質問があったら僕の携帯電話に電話していいよ」。ジェントルに話すフォトグラファーのマーク・レイ(Mark Reay)は端正な容姿をもち、優雅で柔らかいオーラを醸し出していた。彼がNYにあるアパートの屋上で6年間も生活をしていたとは、事前の知識なしではとても想像できない。

「大学を卒業後、CIAで働きたいと思い志願したんだ。スパイになりたくてね。幸運にも面接を受けることができたよ。CIAからは豊富な経験と語学力、そしてトレーニングが必要だと言われた。それで僕はモデルとして活動をし、色んな国に行った。グローバルな経験と語学を習得したよ。その後アメリカに戻り、再びCIAを受験した。面接でそれまでのことを話したら、大笑いされたよ。結果、僕はCIAにはならなかった。話すことが好きだから秘密を守る自信もないしね。でもその後6年間も誰にも見つからずに、ニューヨークに住む友人のアパートの屋上で暮らしていたんだ。僕は立派なCIA捜査官としての素質はあると思うんだよね」とジョークまじりに場を盛り上げながら話す。

彼を追ったドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』は2014年、アメリカで公開されるやいなや話題となった。

映画を制作して、今の気持ちは?
この映画にはとても満足している。僕の話を映画にすることによって、たくさんの人に観てもらうことができ、僕の知らない人たちを動かすことができた。心のうちに秘めた想いを形にしたアート作品のようなものとも言えるね。そしてより具体性がある。この映画を観てくれた人たちは、今までの映画とは違う特別な気持ちになったって言うんだ。心に響いて、考えさせる作品。エンターテイメントな部分もちろんあるけれど、本当に深い作品なんだ。そのことを多くの人が理解してくれて本当に満足しているよ。

ディレクターのトムからこの映画を制作する話をもらったときはどう思いましたか?
実は、僕の生活をドキュメンタリー映画にしたいと思っていたのは僕だったんだ。トムとは長い付き合いだよ。彼も元々モデルをしていたからね。僕がアパートの屋上で暮らし始めたのが2008年。僕の生活を映画にするアイデアは前からあったんだ。それで誰に撮ってもらおうかと考えていたところ、彼と2010年に再会して、撮りたいって言ってくれて。僕の全てをさらすることになるわけだから、少し不安もあった。だけど、トムは信頼できる友人だったから、彼になら任せられると思ったんだ。

映画について、なにか心残りはありましたか?
唯一心残りなのは、サンタの格好をして子どもたちを喜ばせるシーンかな。あれは、僕が毎年欠かさずやっているボランティア活動なんだ。もう7年間も続けている。ボランティアではなく"仕事"として見られてしまわないか心配だよ。

屋上で生活するようになったのは金銭的な理由ですか?
南フランスから帰ってきて、ニューヨークの安いホステルに泊まったんだ。そこでベッドバグ(南京虫)にやられて。それで僕はどこにも行けなくなってアパートの屋上で生活しはじめたんだ。でも実を言うと、ホテルでベッドバグに噛まれたと思い込んでいたけれど、何かにかぶれただけだった(笑)。症状はベッドバグに似ていたけれどね。つまり、すべては勘違いから始まったんだ。

ジムの会員だったり、いい靴を履いていたり、職もあったりといわゆる"ホームレス"とは違いますよね?
自分をホームレスだと思ったことは一度もないよ。人種の違いやアルコール依存症、ホームレスっていうような人を差別する考え方や、そんな肩書きは僕にとってちっぽけなもので、重要じゃない。僕は自分のことを「アーバンキャンパー(都会でキャンプをしている人)」と呼んでいたよ。

つまり、毎日キャンプをしている感覚ですね。
そう。本当に毎日がアドベンチャ−のようだった。あれから2年経つけど、今でも覚えているのが冬の空。ニューヨークでも星が見えるんだよ。毎晩星や雲の動きを見ていた。ニューヨークという大都会のなかで、僕はとても自然と近い場所にいたんだ。100年前、農家の人は空を見て天気を予測してたように、僕にも自然とその知識が備わって、毎日天気を予測していたよ。だって、突然雨が降ってきたら嫌だからね。

アパートの上で生活する際に気をつけていたことは?
人に気づかれないこと。友達が「今夜は天気が良くて気温も20度くらいらしい。最高な夜になるね」って教えてくれたりするんだけど。そんな日は気をつけなければいけないんだ。最高の夜を過ごすためにアパートの住人たちが屋上にくるからね。僕にとっては、誰も来ない大雨や嵐のほうがよかったくらい。ある冬の日、起きると雪が降っていてね。屋上には誰もいた形跡はなくて、目の前に広がる景色はとても綺麗だった。僕はドアを閉めてフェンスを飛び越えウロウロ歩いていたんだけど、ぱっと後ろを見ると僕の足跡が付いていることに気がついた。僕は急いで20分間歩き続けたよ。そうじゃないと誰か屋上に上がってきたときに僕がいることがバレちゃうからね。CIAみたいだろう? 誰か屋上から飛び降りたと勘違いされても困るしね。生きるための知恵さ。

映画のなかでよくお酒を飲んでいましたが、毎晩フェンスをよじ登って自分の家に帰るときにアクシデントは起こりましたか?
不思議なことに、危険だということは重々承知していたからなのか、大きなアクシデントは一度もなかった。確かにお酒をよく飲んでいたね。屋上で寝るためにお酒が必要だったのかもしれない。一度だけズボンが引っかかって破れたことがあったんだ。落ちたら死ぬとわかっていたから、いつもフェンスを越えて僕の家に入るときは集中していたよ。そうだね……一番のアクシデントと言ったら、おしっこを容器にためていたのを夜中にひっくり返したことかな。最悪だったよ。

不安や恐怖はありましたか?
人に気づかれないかとても不安だった。歩くのさえ、誰かに気づかれないかと不安に思ったくらい。たまにやってくる作業員や、住人が来たときは隠れてないといけない。時々、何時間も待たされることもあった。安全なエリアだから襲われる恐怖や身の危険を感じることはなかったかな。時々「僕はこんなところで行ったい何をやってるんだ」って嫌になったりもしたけど、ネガティブなことは考えないようにしていたよ。だって屋上にはテレビすらない。たまにラジオを聴くことができたくらいでね。自然と自滅的な気持ちになってしまうときもあった。でも僕はあの環境で、些細なことで感動を覚えたり、自分には自由があるって少しずつ楽観的に思えるようになった。映画の最後では心の安寧を感じるようになった。僕は気持ちのバランスを自分でとれるようになったんだ。

今でもアーバンキャンパーですか?
映画のなかで、友達が留守をするときに家を使わせてくれていたシーンがあったのを覚えている? 僕がベッドに寝転がってテレビを見ていたシーン。その後、あの友達がこの映画を見て、僕にあの部屋を貸してくれたんだ。彼とは家族ぐるみの付き合いをしているよ。かれこれ30年来の付き合いになるかな。週末に彼が部屋を開けるとき、「僕の部屋に来ないか?」って聞いてくれていたんだけれど、僕が屋上で寝泊まりしているということは言っていなくて。彼がこの映画を見たとき、なんで今まで黙っていたんだって僕に怒ってね。そして部屋を貸してくれたんだ。

屋上での生活を思い返してみて、あの時の自分をどう思いますか?
たまに屋上が恋しくなるよ。時々戻ってみたいとも思う。でもドアの鍵を変えられてしまったから、もうあそこには入れないんだ。階段を上がるのは好きではなかったけど、あそこは平和だった。それにエキサイティングな経験だった。僕は僕のライフスタイルを貫いていて、屋上での生活も悪いもんじゃなかった。2008年にリーマンショックが起こった時はみんな仕事を失うのでは?と不安を抱えていた。そんな時に僕は屋上で住み始めたから、みんなが抱える不安を感じる必要もなかった。

今でもモデルにフォトグラファーといろいろなシーンで活躍していますよね。写真にはいつから興味を持ち始めたんですか?
今は本格的なモデル活動はしていないんだ。とてもシビアな世界だからね。オファーが来たらもちろん受けるよ。僕は日本でもウィスキーやタバコ、車などのプロダクトのモデルとして合うと思うんだよね。モデルを始めたのは80年代。ファッションショーが行われている主要都市は全部行った。一度モデルを辞めたのだけれど、2000年に中年モデルとして再びヨーロッパを回ったんだ。3、4年やったかな。若いときに経験したことをもう一度経験してみたくてね。それから2003年頃、写真に興味を持ちはじめて、フォトグラフィーを学ぶために学校に行った。2006年にはイギリスの『DAZED&CONFUSED』で仕事をしたよ。

どうやってその仕事をゲットしたの?
僕から『DAZED&CONFUSED』にメールを送ったんだよ。そしたら返事がきて、ファッションウィークのバックステージを撮ってくれと言われたんだ。

映画を通して変わったことは?
以前は、モデルのストリートスナップを撮るのも断られていた。今では「私を撮って! インスタにも載せてね」って快く受け入れてくれる。「メールして! 写真を送ってね!」とモデルたちは積極的になったよ(笑)。それに僕は、今までモデルとして雑誌のカバーを飾ったことが一度もなかったんだ。この映画のプロモーションで『BIG ISSUE』のカバーを飾ったんだ。初めはオファーを受けるのに迷いもあった。ファッション誌ではないからね。でも僕は、オファー受けることにした。今では受けて良かったと思うよ。だって僕の人生初めてのカバーになったから。この映画は僕の夢を叶えてくれた。それにこの映画は、世界中の多くのホームレスや苦しい生活を送っている人の励みにもなるからね。

現在、日本での就職活動中(?!)のマーク・レイ。日本就職活動支援クラウドファンドはこちら

Credits


Text Aya Tsuchii
Photpgraphy ©2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

Tagged:
NY
film interviews
fashion interviews
mark reay
home less