山本博之評:『タレンタイム』

2009年に惜しまれながら早世した“アジアの宝石”ヤスミン・アフマド。彼女の最高傑作『タレンタイム』が8年の時を経てついに日本公開! 「生涯ベスト映画」に挙げられることも多いこの作品をマレーシア映画文化研究会の代表・山本博之氏がレビュー。さまざまな言語が飛び交う多民族国家マレーシアの文化的背景から映画を読み解く。

by Hiroyuki Yamamoto
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31 March 2017, 9:00am

『タレンタイム〜優しい歌』には多くの物語が織り込まれているが、その中心にあるのは親子関係と友情・恋愛の葛藤で、その背景には多民族社会マレーシアの現実がある。インド系のマヘシュは、マレー人ムスリム(イスラム教徒)であるムルーとの交際を母親に反対される。ムスリムが多数派でイスラム教が国教のマレーシアでは、非ムスリムはムスリムと結婚するときにイスラム教に改宗しなければならず、改宗者はしばしば実家との縁が切れてしまうという現実がある。

また、中華系のカーホウは優れた成績を取るよう父親に厳命されており、自分より成績がよいマレー人のハフィズに嫉妬心を燃やす。「原住民」であるマレー人が進学や就職で優遇されるマレーシアでは、「移民系」である中国系とインド系は厳しい競争にさらされており、とりわけ全国統一の高校卒業試験の前には緊張が最高潮に達する。

『タレンタイム』に登場する少年たちは、みな精一杯努力して親の期待に応えようとして、ときにはそれを友達付き合いより優先させようとする。その様子は見ていて痛々しいほどだが、きょうだいや友達の支えを受けることで新しい関係に向けて踏み出そうとする。

このような物語を生んだマレーシアは、決して多民族が共存する理想郷ではない。マレーシア(当時はマラヤ)は、イギリス植民地時代にスズ鉱山とゴム農園の労働者として中国とインドから人口が流入して、1957年の独立時には人口のほぼ半分が「移民系」だった。独立によって「自分たちの国」を手に入れたマレー人たちは、移民系に頼らない国づくりを進めようとした。他方で、移民系とは言ってもその多くはすでに何世代にもわたってこの国で暮らしている人たちで、彼らはこの国を「自分たちの国」と考えて国づくりに参加しようとした。両者の折衷案が、共通の言葉を持つことと、互いに決まりを守ること、それ以外はどの民族の文化も信仰も自由に行ってよいことだった。こうして、学校では国語(マレー語)を習い、家庭や地域社会では英語やそれぞれの民族語を使う多言語社会が作られた。

独立を経験した世代によるこの工夫は、独立から50年にわたって民族間の寛容と調和を保つためにそれなりに機能してきた。ただし、これは、言葉や宗教を持ち出して民族の純粋性を強調することで各民族の存在を誇示する考え方と裏表の関係にあり、マレーシアの多民族社会は常に危ういバランスの上に成り立ってきた。これに対し、独立から50年が経ち、純粋性によって民族の存在を誇示しようとする考え方は過去のものだと考える人たちが増え、そのことを物語の力で共有しようとしたのが独立後世代のヤスミン監督だった。ヤスミン・ワールドでは愛と約束の2つが肝心で、それ以外のあらゆる規則や障壁は意図的にないがしろにされている。

© Primeworks Studios Sdn Bhd

ヤスミン作品は、マレーシアの一部の保守層からしばしば「マレー文化の汚染者」などと批判された。批判を避けるためもあってか、ヤスミン作品では「誤解」がうまく使われている。物語が何層も積み重ねられ、表面上の物語の下に別の物語が隠されており、わかる人にだけわかればいいという仕掛けである。

『タレンタイム』の登場人物は、はじめ誤解があり、それが解けると目の前の世界ががらりと変わる経験をする。ムルーは、マヘシュが叔父を亡くしてふさぎ込んでいるために返事もしない無礼者だと思って不満をぶつけるが、事情がわかると2人の関係が深くなる。カーホウは、ハフィズが母親の看病で大変なので試験の点数が悪くても大目に見てもらえると思って文句を言い、それは誤解だと先生に教えられる。観客も、登場人物とともに「誤解」が解けて世界ががらりと変わるのを追体験する。

ただし、劇中で解かれない「誤解」もある。例えば、カーホウはムルーに気があるようにも見えるが、学校が違うために他の生徒や先生たちと面識がなかったムルーをカーホウが知っていたとは考えにくい。それでは「茉莉花」(モウリーホワ)とは誰のことなのか。そう考えることで、劇中に登場しないカーホウの母親の物語も見えてくるかもしれない。

『タレンタイム』にはいろいろな物語が織り込まれており、どの物語に目が向くかは観る人の関心によって違ってくる。人生の経験を積み重ねていくにつれて観るたびに気になる部分が変わってくる作品で、生涯に何度も観たい映画である。

タレンタイム〜優しい歌
監督・脚本:ヤスミン・アフマド 出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショールほか 撮影:キョン・ロウ 音楽:ピート・テオ 配給:ムヴィオラ 原題:Talentime|2009 |115分

Credits


Text Hiroyuki Yamamoto

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