All photography courtesy of Paul Martin

活気に満ちた90年代のダブリン・ファッションシーンをとらえた写真

アイルランド経済成長期に、駆け出しのモデルたちを撮影したポール・マーティンに話を聞いた。

by Roisin Lanigan; translated by Nozomi Otaki
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03 June 2022, 3:00am

All photography courtesy of Paul Martin

現在のダブリンと1990年代のダブリンは、全く別の街だ。今のアイルランドの首都は、盛んな観光産業と物価の高騰(観光産業の成功と無関係ではない)で知られているが、そのいっぽうで、若いクリエイティブにとっては年々住みづらい場所になっている。若者にはとても払えない法外な家賃は賃貸市場を麻痺させ、ダブリンの大部分を超富裕層だけの住みかへと変えている。最近市内で行われた若いクリエイティブによる抗議は、生活費が高騰し、無限に建てられるホテルの犠牲となってアーティストのスタジオ、ナイトクラブ、文化空間が消え去った結果、ダブリンが急速に〈文化の不毛の地〉になりつつあることを警告していた。

しかし、この街はいつもこうだったわけではない。1990年代はじめの〈ケルトの虎(海外投資によるアイルランドの急速な経済成長)〉には、ダブリンのクリエイティブシーンは、小規模ながら栄えていた。街のモデル業界はそれよりもさらに小さかったが、それを記録したのが、フォトグラファーのポール・マーティンが若者の夢に満ちた時代を捉えた美しい写真集『First Face』だ。本作は、彼を取り巻く全てのひとがモデルか俳優、ミュージシャン、フォトグラファーだった時代を証明している。

『First Face』は、マーティンが1994年に始めた新人モデルのテストシュートを通して、彼のポートフォリオへと発展していった初期の作品群だ。このような〈初めて見る顔〉の撮影は、若き日の彼が必要に迫られて始めたプロジェクトだったが、すぐに情熱を注ぐ作品となった。結局、これは純情な少女が経験豊富なプロになるまでの変身物語を記録する、またとないチャンスだ。今はほぼ存在しない世界や場面を捉えた、厳選された70枚の白黒写真の中には、『ベルファスト』のカトリーナ・バルフなど、おなじみの顔もいるが、大半を占めるのは時とともに忘れ去られた無名の人びとだ。どの写真も駆け出しのクリエイティブの若々しい楽観主義を捉えていて、わずか四半世紀後に失われてしまった世界へと私たちを連れ戻してくれる。

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──これらの写真を1冊の本にまとめようと思ったきっかけは?

ファッションフォトグラファーにとって、写真集はポートフォリオの意味合いが大きく、そこには妥協がつきものです。仕事をもらうファッションフォトグラファーとして新鮮さを失わないように、本から古い写真を除外して、自分のスタイルを犠牲にしてしまうことも多いです。今ではようやく商業的な契約から自由になり、自分のスタイルを反映する写真、つまり、何らかの理由で雑誌では使われる機会のなかった一風変わった写真を選べるようになりました。

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──90年代のダブリンのファッションシーンについて教えてください。

特に活気がありました。シーンの一員だったからこそ、そう感じたのかもしれません。でも、懐かしさという〈バラ色のレンズ〉を外したとしても、あの頃はもっとクリエイティブでみんながもっと熱心な時代だったと思います。モデルたちは張り切って仕事をしていましたし、フォトグラファーの持ち込み企画を受け入れてくれる雑誌も多かった。コリンヌ・デイのようなフォトグラファーが、プロの写真家は大きなスタジオを持つという慣習を打ち破り、よりDIYで現実に根差す美学を取り入れたという意味でも、画期的な時代でした。

ダブリンのファッションシーンは、他と比べればだいぶ小規模ですが、重要なアイリッシュ文化のひとつでした。それでも、特にフォトグラファーの間では、それを記録することへの関心は低かった。その大切さに気づくには、僕たちは近くにいすぎたのかもしれません。僕がこの本を出版したことをきっかけに、他のフォトグラファーも後に続いてくれることを願っています。

──ダブリンのファッションやアートカルチャーは、これらの写真を撮影した90年代と比べてどう変わりましたか?

正直なところ、わずかな例外を除いて、この街のファッションシーンは存在しないも同然です。今のエディトリアルは、ただのEコマースとカタログの組み合わせでしかない。90年代に働き、デジタルの時代がやってくる前にフィルムで撮影し、特別な写真をつくる体験ができて、僕はすごく幸運だったと思います。

〈First Face〉は、5月2日からダブリン、テンプルバー4番地のThe Library Projectと公式サイトで全世界に公開中。

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