パターンの魔術師、アントニオ・ヴァッテフの初コレクション
ミック・ジャガーとジョージア・オキーフの想像上のコラボレーションがインスピレーション源となったAV Vattevの2020年秋冬コレクションは、一見かけ離れたふたつの世界を結びつける。
アントニオ・ヴァッテフ(Antonio Vattev)が磨きをかけてきた技術といえば、繊細さだ。それは、2019年のセントラル・セント・マーチンズ卒業コレクションの核にもなっていた。光沢のある黄色のサテン生地に、スチールのナットでアーガイルセーターを思わせるダイヤモンド柄を刺繍したテーラードコートが象徴的だろう。
着心地の良いニットにあしらわれる柄を、DIYで使用する工具などで描くというアイデアは奇妙に思われるだろうが、それこそがまさに、一見かけ離れたふたつの極をひとつのものとして結実させるための絶妙なアイデアを思いつくアントニオの能力を証明している。
彼の名を冠したブランド、AV Vattevのローンチとなる2020年秋冬コレクションで彼が選んだテーマは、より強い対比だった。「僕はずっと、ミック・ジャガーとジョージア・オキーフが好きだったんです」と彼はいう。同じ文脈で語られることなどなかなかないふたりだが、彼らがもしコラボレーションしたら、というところから、アントニオの想像は膨らんでいった。

くすんだマリーゴールドオレンジのスエードを使用した細身のテーラードアイテムや、細かい千鳥格子柄は、ミック・ジャガーを参照したことが明白だが、さりげなく不規則なパターンカッティングにこそ、アントニオの知的なアプローチが輝く。
「ジョージア・オキーフの作品の細部を参考に、テクニックを考案しました。たとえばパネルは、彼女が描いた花のクローズアップに見出したかたちをベースにしています」とアントニオは説明する。
そうやって生み出された花びらのようなパネルは、コート、ジャケット、パンツのパーツとなり、洗練されていながらエキセントリックなテーラリングを提示している。本コレクションをみていると、キコ・コスタディノフのデザインと比較したくなる。彼らはふたりともブルガリア出身のデザイナーであり、卓越したパターンメイキング、茶目っ気のあるデザインが特徴だ。

「僕が使ったテクニックはパッチワークの一種として説明することもできるけど、僕はそれよりも、たった1枚の生地を使って得られる効果をみてみたかったんです。様々な色や素材を使った場合だけじゃなく」とアントニオは語る。
たとえばミック・ジャガー的なスエードスーツは、生地がどのように光を反射するかが考慮されてデザインされている。「遠くからでもわかるものではないですが、近くで見ると、パネルへの光の当たりかたの微妙な違いで、黄色にバリエーションが生まれているのがわかります」
また、多様な色へと変わるスエードの質感を模倣して色を選んだアイテムもある。たとえば、ダスティピンクと2種のグレーのサテン生地が芸術的にコラージュされたスポーツジャケットがそうだ。

コレクションのなかで散見されるスポーティなデザインは、テーラリングをデザインの基盤に置いてきたアントニオが新たなフィールドに入ったことを示している。
「スポーツウェアに取り組むことは僕にとって挑戦だったけど、すごく楽しかったです」と彼は述べる。「それによって、テクスチャーや服づくりにこれまでにないアプローチをすることができました」
また、慣れない形状に、テーラリングで培ったノウハウを試してみることもできた。「僕が使ったのは、サテン、ウール、スエード。スポーツウェアではあまり使用されない生地です」
それらのイノベーションだけでなく、過去の作品で登場した彼らしいモチーフの進化も特筆すべきだろう。彼は過去のコレクション2回のなかで既に、さりげないながらもはっきりと彼のものだとわかるシグネチャーを提示していた。
たとえば、卒業コレクションで発表したダイヤモンド型刺繍は、最新コレクションで、テーラードシャツにあしらわれたアーガイルニットパネルとして再登場。ボタンプラケットはコンシールタイプで、シャツの上に重ね着したベストに見える。また、ひざ部分が開いたパンツは、昨シーズンのワイドなカウボーイブーツとマッチする。

またコレクションを通して使われていた、ある要素(アントニオが生まれる前からある)も印象的だった。それはくしゃっとした質感が特徴の、ブルガリアの伝統的なウール、ハリシュテ(Halishte)だ。
「もう製造されておらず、山奥でしか手に入りません。見つけるのがひと苦労でした」と彼は語る。「でも、自分の興味関心の範囲を超えて、自分の国に受け継がれている伝統について考えるのは、とても面白かったです。そうやって、コレクションと別の角度から関わりをもつことができました」
タンポポのような黄色〜黄土色に手染めされたハリシュテは、ワンショルダーのタンクトップ、バケットハット、バラクラバなどに使用され、i-Dのファッションエディター、イブラヒム・カマラがスタイリングを手がけた本コレクションのルックブックでは、ライオンのたてがみを模しているかのように使用されている。

パブロ・ディ・プリマが撮影したイメージは、ロバート・メイプルソープのNYでの初個展の招待状からインスパイアされた。「去年の夏、ローマで素晴らしいメイプルソープ展を観たんですが、そこに招待状も展示されていたんです」とアントニオ。
「手を撮った、2枚の写真が使われていました。ひとつは長袖シャツ、もうひとつはレザーグローブを着けていて。これこそ、自分のブランドでやりたいと思っていること、環境に応じて使いかたを変えられるアイテムを作りたい、という考えにまさに呼応していると感じました」
映画のワンシーンのような構成で、二面性のあるスタイリングを組んだルックブックの写真には、絶妙な調和が生まれており、アイテムの形状の複雑さやディテールをみせると同時に、よりダークで淫らな文脈でも着用できることを示している。
本コレクションは、昨シーズンのロンドン・メンズファッションウィークで発表した卒業コレクションを、より進化させて再提示したものだったが、アントニオは卒業後初となるフルコレクションの発表の場にはパリを選んだ。2020年秋冬コレクションでパリ進出を図るロンドンの注目デザイナーたちは数多く、ロンドンは世界的なメンズウェアシーンで存在感を失っていくのでは、ともささやかれている。
しかしアントニオは、世界の若き才能が集まる場所としてのロンドンの地位は揺るがないと信じている。「ロンドンに留まるべき理由はまだまだたくさんあります。この街にある自由とサポートには本当に感謝してますし」と彼はいう。
「パリは、今回のコレクションにはちょうど良かったというだけ。すべてをより完璧に仕上げたくて、少し時間がほしかったので。次のシーズンはロンドンで発表したいですね。やっぱりこの街は、若者にとって最高の街だと思うので。間違いありません」






Credits
Photography Pablo Di Prima
Styling Ib Kamara
Art Direction Riccardo Zinola
Movement Direction Ryan Chappell
Set Design Afra Zamara
This article originally appeared on i-D US.