Advertisement

「スケートは俺の歴史そのもの」:ジェイソン・ディル interview

どうしようもない父親、マーク・ゴンザレスの衝撃、スケーターになってなかったら何をしてたか? 伝説的なスケーターであり、初の路面店がオープンした〈Fucking Awesome〉の主宰でもあるジェイソン・ディルが、人生とスケートを語る。

by Kazumi Asamura Hayashi; translated by Ai Nakayama
|
14 May 2019, 10:30am

この記事は『i-D Japan No.7』ヒーロー号から転載しました。

プロスケーター/写真家/アーティスト/俳優などさまざまな肩書きを持つジェイソン・ディル。長年アンバサダーを務めているSupremeの顔としてなじみのある読者も多いかもしれない。彼はまた、Fucking Awesomeというブランドのオーナーでもある。彼の友人であるアーティスト、ウィアード・デイヴが作ったFAのロゴは、一度見たら忘れられない力強さを持っている。かつてはその名前が問題となり、商標取得やブランドタグを作るのにも苦労があったらしい。

元々はオンラインと小売店での販売だけだったこのブランドも、今ではストリートキッズからハイブランドのデザイナーまで魅了する人気ブランドに成長した。ディルが、彼の劇的な生い立ちからスケート愛、最近の関心ごとまでをいっきに語る。


俺の父親は詐欺師のような人だった。自分のスタイルってものが皆無。音楽の趣味も悪くてクソださかった。計算だけは得意で。でも、それ以外では救いようのないバカで、正しい選択ができなかった。そのせいで悲しい最期を迎えたよ。

生まれはカリフォルニアのハンティントンビーチ。子どもにとってはいい街だよ。スケートボードするにもうってつけの場所。でも執拗な立ち退きを迫られたり、父親が刑務所に入ったりしてすぐ、自分がどれほどこの街が嫌いだったか気づいた。それで本当の都会に行きたいと思って、まだ小さいときにサンフランシスコへ引っ越した。

子どもの頃は、マーク・ゴンザレスの写真を部屋の壁に貼ってたよ。雑誌から切り抜いて、テープで貼り付けて。彼はそれまで俺が見たものすべてを凌駕してた。初めて彼を見たのは9歳のときかな。そのあと、彼と親しくなって、今はadidasとSupremeでチームメイトなんだ、人生ってマジでとんでもないよな。

それから、ミハイル・バリシニコフの映画には強烈な衝撃をうけた。バレエダンサーになりたいと思ったくらい。しなやかさのなかにある力強さに感化されたね。それはプロスケーターになった今も意識してる。

17歳のときにニューヨークに引っ越した。ツアーで各地を回りながら、色々なところを見ていった。それでNYに決めたんだ。その頃は、〈101〉っていうカンパニーに所属してた。史上最高のスケーターのひとり、ナタス・カウパスが創業した会社。ある日、ナタスに「君の名前をボードに載せようと思うけど、どんなグラフィックで描くのがいいかな?」って訊かれたんだ。ビビったよ。だって、俺より上手くてもまだプロじゃないやつらもいたし。でも18歳の誕生日の少し前に、101所属のプロスケーターになった。

当時はカネがなくて、21歳まで部屋も借りられなかった。NYは若者の街だ。俺は当時のNYでスケーティングを磨いたし、職業も地位もバラバラの人と友だちになった。毎日夜中までしゃべって、とてつもない量の情報で頭がいっぱいだったね。うだるような暑さの夏も、べろべろに酔った極寒の夜も、バカみたいに街を歩き回ってた。ほんとにいろんなことを学んだよ。スケートは俺の歴史そのもの。何度もボコボコにされたし、骨も折られた。医療費や薬代も散々払わされた(笑)。子どものころには自分が足を踏み入れるなんて想像もしていなかった場所にきて、さまざまなことを感じ、見て、聴いてきた。スケートは俺にとって、太陽であり、月であり、星。もっと感謝をすべきなのかも。まあでも、俺はただの人間だから。

1557914771751-DILL_1

スケーターじゃなかったら何をしてたか? 理想は小説家か芸術家だけど、実際はプロになれてなかったら、ファミリーマートとかセブンイレブンで働いてただろうな。ほんと、今のキャリアは夢みたいなもん。自分はめちゃくちゃ運が良かった。

若いやつらにアドバイスするとしたら、そうだなあ……誰のマネもするな。インスピレーションを他人からもらうのはかまわない。でもコピーはするな。オリジナルであれ。君は君であればいい。本当の自分を恐れるな。中身も外見も。

最近よく若い子たちに、服のつくりかたやアパレルブランド経営のアドバイスをくれ、って訊かれるんだけど、そういうときは「本を読んで、店舗に足を運べば良いスタートをきれる」って伝えてる。自分でしっかり本を読んで、自分の目でモノをみて、自分の耳で聴く。そうしないと、自分が何をつくるかすらわからない。そして、考えやアイデアをこれまで会ったこともない人たちに提示するんだ。

Supremeの撮影があって、この7年はよく東京に行ってる。ただ、気持ちがスケートに向かないから東京ではスケートはしない。君をはじめとする友だちや、東京にいる知り合いにはスケートしないひともいるしね。東京ではスケーターじゃないひとと出かけることが多い。東京のスケーターたちといっしょにいても、スケートしないな。飲んでしゃべってブラブラするだけ。

スケートスタイルは街によって違うよね。パリのキッズは特に独特かな。NYとサンフランシスコのキッズも、トリックやスタイルが違う。今はみんな、格好もスケーティングスタイルもそれぞれ違う。そのすべてを理解してるわけじゃないし、正直ついていけてないけど、そうやって発展してるのはすごいな、って思う。やばいよ。未来ってとんでもない。

1557914802424-DILL_2_CMYK

6年前にLAに戻ってきた。スケーターとしての余生をここで過ごそうと思って。8ヵ月間、アンソニー・ヴァン・エンゲレンの家のソファに泊まってた。ずっと酒も飲まず、スケートばっかしてた。あのとき、俺は今のスポンサーとは手を切って、Fucking Awesomeをスケート以外のところでもっと高いレベルにもっていかないと、って考えたんだ。若いメンバーたちのために、史上最高のカンパニーにしたい、って。そして実現した。

Fucking Awesomeは2001年から始まったんだけど、それらしいコンセプトはないんだよね。とにかく良いモノをつくりたかった。他の誰もつくっていないモノを。視聴者の視点、消費者の考えかたを念頭に置いたブランドだね。だからビジュアルやビデオを作るときのインスピレーションも、他のひとがやってないことをすること。オーディエンスを退屈させないため、できるかぎりアクティブに、他とは違うことを。

最近ハマってるのは読書。脳の働きが高速化してる気がする。これまでも常に読書はしてたけど、読んでいる内容を正しく理解してなかったと思う。歳を重ねてエネルギーを正しく使えるようになったのかも。アートや服をつくるのはめちゃくちゃおもしろいし、ずっとやってるけど、読んだ本が、服とかそれらの行動に結実するってことはないかな。本は本。

絵を描いてるときもそう。アクリル画を描いてるんだけど、何かを描こうと思って描くことはない。とにかくキャンバスに絵具を乗せていく。良いなって思うまで描き続ける。東京の人たちと話してると、彼らの見識はすごいなって思うから、いつか東京で絵の個展ができたらうれしい。注目しといてよ(笑)。

Fucking Awesomeの初となる路面店が5月11日にロサンゼルスでオープン。詳細はこちら

Credits


TEXT KAZUMI ASAMURA HAYASHI
TRANSLATION AI NAKAYAMA
PHOTOGRAPHY CURTIS BUCHANAN
JASON WEARS ALL CLOTHING MODEL’S OWN.