Photography Petra Collins

「インターネットは私たち自身を超えてしまった」写真家ペトラ・コリンズが語る、ネット時代のリアリティ

ポスト・インターネット時代の若者をとらえ続ける写真家ペトラ・コリンズ。そんな彼女の最新プロジェクトは、10年に及ぶ親密なベッドルーム・ポートレートを締めくくるにふさわしいシリーズだ。

by Ryan White; translated by Nozomi Otaki
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22 July 2019, 8:00am

Photography Petra Collins

ペトラ・コリンズが手がけた、カルト的人気を誇るエロティック雑誌『Baron』の最新号。その真ん中あたりに掲載された1枚の写真は、この本に漂うあらゆる感情を伝えている、と彼女はいう。ペトラの妹のアナが車のハンドルを握り、ふたりが幼少期を過ごしたトロントを駆け抜ける写真だ。彼女はペトラを模したシリコン製のフェイスマスクを付け、じっと路上を見つめている。

「不気味だけど、美しくて、心が落ち着く写真」と電話の向こうのペトラは、ラップトップでその写真を眺めながら説明してくれた。「あわただしさは一切感じられなくて、とても穏やかで、お気に入りの1枚です。こういう穏やかさは私自身、滅多に体験できないものだから。被写体は妹と自分自身だし、見てると安心できるんです」

ペトラが撮影を手がけた『Baron』最新号「Miért vagy te, ha lehetsz én is?」は、彼女が取り組んできた〈厄払い(exorcism)〉をテーマに据えたシリーズの最新作だ。「私にとって写真を撮ることは、ある種のセラピーみたいなもの。頭から追い出したいものがたくさんあるから」

ペトラは、アーティストのサラ・シットキン(Sarah Sitkin)が制作した自身の身体のさまざまなパーツを、約1年かけて、幼い頃のベッドルームを再現したスタジオ、トロント市内やその周辺など、幼少期と思春期を過ごした大切な場所で撮影した。

「この本では自分の身体をセクシュアリティと結びつけているので、一種のファンタジーに近いです。子どもの空想のような感じ」と彼女は説明する。「誰でもそうだと思いますが、最近では何かに衝撃を受けることはほとんどありません。でも、自分の身体のいろんなパーツを実際目にするのは初めてで、すごく衝撃的でした。毛穴や血管まで再現されてるんです」

多様な分野でキャリアを積んできたペトラが新境地に挑んだ本作は、これまででもっとも野心的なプロジェクトといえる。シリコンのパーツではあるが、彼女は今回初めて自らを被写体に選んだ。彼女のルーツであるハンガリー語で「Miért vagy te, ha lehetsz én is?(どうしてあなたなの? いつになったらあなたは私になれる?)」と問いかけるタイトルからも、明らかに自伝的要素が感じられる。10年間、同年代の写真家ならではの視点を通して、若者たちの成長をとらえてきたペトラ。そんな彼女の作品は今、よりダークで超現実的な場所へと向かいつつある。

「個人的には、自分が超現実的なものを撮っているとは思いません。私にとってはリアルだから」とペトラはいう。「今は、さまざまな現実を生きることができる時代だと思う」。現実と超現実のあいだの緊張は、常にペトラの関心の対象であるとともに、作品のインスピレーション源であり続けてきた。『Baron』最新号は、これらのテーマと向き合ってきたペトラの集大成ともいうべきプロジェクトだ。

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━━『Baron』最新号について、「社会をシェアする現代の写真の進化」そして「その変化が私たち自身や世界との関わりを変えているのかどうか」を掘り下げている、と説明しています。このことについて、もう少し詳しく教えてください。

私は、自分でも驚くくらい長いこと写真を撮っています。今26歳ですが、撮り始めたのは15歳のとき。そのあいだに、私たちが描く自己像や、自分を写真に収める方法は、大きく変わりました。それを振り返ってみたら面白いだろうと思って。私が写真を撮り始めたときは、当時始まったばかりだったセルフィー文化に夢中でした。Facetuneなどの加工アプリもなかったので、みんな別の現実に自分を入れこむ方法を発見して、自分だけの〈景色〉をつくっていただけ、というか。それがあっという間に進化して…現代の私たちがネット上でつくる自己像は、ちょっと行き過ぎだと思う。現実感を失いつつあります。

リアルなものなんてひとつもありません。みんなアプリで顔を加工したり、実際に顔に手を入れているひともいて、誰にも見分けがつかない。AIのモデルだっている。フォトシュートやキャンペーンの撮影の現場では、「リアルな写真をお願いします。リアルで、嘘偽りのない写真がほしいんです」なんて頼まれることも多いですが、おかしいですよね。今の時代に「リアルで嘘偽りのない」ものなんて存在しない。だからこそ、自分なりの現実を捉えるというのが、私の作品の出発点なんです。

━━自分の身体のパーツづくりについて教えてください。自分の型を取ろうと決めたきっかけは? あなた自身の記録には役立ちましたか?

自分を写さずに自分を撮る、という段階に進むにはどうするべきか考えていて。大好きなアーティスト、サラ・シットキンとコラボすることにしました。彼女の素晴らしいボディスーツに感動して。サラはいろんなひとの型をシリコンで取り、実際に身につけられるスーツをつくっています。私も彼女に身体のパーツをつくってもらって、私自身は写真に写らずに、記憶のなかの戻りたい場所、自分が向き合わなければいけない夢のなかに、自分自身を戻そうと思ったんです。

自分の身体のパーツは、故郷に持ち帰りました。撮影の半分はトロントで、もう半分はセットです。トロントでは妹と父が住んでいるんですが、私が通っていた高校、自分が育った場所で撮影しました。子どもの頃のベッドルームを再現したセットをつくり、3人の女の子に私のマスクをかぶって3人の〈私〉になってもらい、最終的にはセットを水に沈めました。この本には、私が育った田舎の風景も少しだけ入っています。でも私は、多くのひとと同じように、いつも空想を膨らませてきました。大好きな映画や、田舎暮らしの虚しさなどを、大きなテーマにしています。

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━━慣れ親しんだ場所に自分自身、つまり自分の〈型〉が置かれているというのは、どんな体験でした?

これは、私が最近の作品で繰り返し取り上げてきたテーマです。みんなには超現実的だとよくいわれます。「今は超現実的な作品に取り組んでるんだね」って。でも私にとっては…もう何がリアルなのかわからなくて。みんなにもわからないと思う。見た目だけでそのひとを知ることはできませんし。これが私なりのドキュメンタリーなんです。私はただ、自分の想いを記録してるだけ。

━━ですが、セルフポートレートに取り組むのは今回が初めてですよね?

そうです。よく勘違いされるんですが、今までセルフポートレートを撮ったことはいちどもありません。モデルと仕事をするのも大好きですが、今回カメラを通して自分自身を見つめ直すことができて、すごく楽しかったです。

━━このプロジェクトは、あなたの作品がよりダークな方向に向かっていることの現れなんでしょうか?

確かにそうですね。私の作品はいつも私の痛みから生まれるので、いつもそれなりにダークですが、今回は自分自身が被写体になので、もっと自由にやろうと思って。ダークな雰囲気は好きですが、どんなルックでも、モデルを撮るときは実際のモデル自身から離れすぎないようにしています。私がダークさを追求したくても、必ずしもそれを作品に反映する必要はないので。だから、この質問への答えはイエスです。今度ホラー映画の監督をする予定なんですが、このプロジェクトはそのための序章みたいなもの。ホラーは大好きなジャンルで、この1年間、執筆パートナーのメリッサと長編映画の脚本に取り組んできました。

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━━今回のシリーズには妹さんが何度も登場していますね。

妹は私にいちばん近い存在。いっしょに育った相手で、共通点も多い。身体醜形障害を抱えていたのも同じ。2歳半差で年も近かったので、ほぼ同時期に思春期を迎え、同じようなトラウマを抱えていました。常に現実が曖昧な家庭で育ったので、あの頃は現実というものを理解していなくてもよかった。私たちは互いの話に耳を傾け、お互いに何が現実かを確かめ合おうとしていました。なので、このプロジェクトのもうひとつのテーマは現実です。

両親はいろんな葛藤を抱えていて、ふたりにとっても現実は曖昧なものでした。そんな環境で育った妹と私も、何が現実で、何がそうではないかを問い続けながら育ちました。もちろん混乱はしましたが、そのおかげで創造力が育ったんだと思います。両親は、移民として信じられないような体験をしてきました。彼ら自身も、それが全部現実とは思えなかったんだと思います。母はハンガリー出身で、ベルリンの壁崩壊の1年前に移住しました。だから、母は誰も信用できなかった。電話を盗聴されたり、友達に密告されたりというのが日常だったので。

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━━この10年で最大の変化は?

最初は、若い女の子を記録する写真を撮っていました。同じ若い女性として彼女たちを撮ることに夢中だったし、同じ女性だからこそ撮れるものがあったので。当時はすでにSNSも登場していたし、みんな使っていたけれど、今の私たちほどハマってなかった。今、10年前と同じアプローチをとったとしても、同じ写真は撮れません。決して同じにはならないと思います。インターネットの存在は私たち自身を超えてしまったので……リアルなものを捉える方法も変わったんだと思います。

ただ考えるだけでなく、これからはもっと表面的な、ひとの物理的な動きを撮るつもりです。そのひとの内面や、そのひとが何をリアルな現実として捉えているかを撮りたい。誰かの内面や、そのひとが見ているものを反映する写真をつくったり撮ったりするのは、とても難しいです。〈厄払い〉の話に戻りますが、これほど満足感を得られる体験はありません。どんなメディアのアーティストにもいえることですが、内面を外側に引き出すということは、何にも代えがたい体験です。

━━今でもスタジオから写真を持ち帰って、出来ばえに驚くことはありますか?

毎回そうです。これこそが私の居場所なんだって。自分がどこか別の場所にいると思ったこともあったけど、今自分がここにいるってことを実感できる。毎回新鮮な驚きがあって、やりがいも感じますが、同時に決して終わりはない、とも思います。今回のプロジェクトを通してわかったのは、写真は決して想像通りにはならないということ。だからこそ面白いんです。

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Credits


Photography Petra Collins. Courtesy of Baron.

This article originally appeared on i-D UK.