沖縄生まれの女神 Awich

2017年8月8日に新作『8』を発表したAwich。沖縄に生まれ、その後アトランタにわたるも壮絶な経験を経て、再度沖縄へと帰国した。聴く者のスピリットに訴えかける、圧倒的な存在感を持つ彼女に話を訊いた。

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17 August 2017, 12:52pm

Awichさんの楽曲を聴いて、どんな少女時代を過ごしたのかとても気になりました。
生まれも育ちも沖縄です。太陽がめっちゃ暑い島なんですけど、夜になると太陽がなくなってしまうからずっと不安で、怖くて眠れなかった。それで、9歳頃からその日あったことを日記や詩のような形で書き留めていました。

その詩をもとに、自然と歌を始めた?
最初はギターなど始めようかと思っていたんですけど、それも違うなと。当時、スチャダラパーのBOSEさんがTV番組の『ポンキッキーズ』に出ていて、「何だこれ」と思って。そこから、ヒップホップを調べる様になったのかな。13、4歳の頃には日本のメインストリームでもラップが流行っていて、「なんか怖そう。でもかっこいい、気になる」って。当時、TSUTAYAに行ったときに、1枚だけと思って選んだのが2パックの『All Eyez On Me』だったんです。1曲目の「Ambitionz Az a Ridah」のイントロから衝撃で。そこから、2パックの言っていることが気になって、彼のリリックやインタビューの言葉なんかを書き写して、ドリルみたいなノートを作ってました(笑)

まずはヒップホップとの出会いがあって、そこからアーティストを志していったと。
そうですね。地元のプロダクションにお世話になって、高校卒業後に配信オンリーの楽曲を発表したのがキャリアのスタート。でも、高校を出たらアメリカに行くと前から決めていたので、そのあと渡米しました。

アメリカではアトランタにいたんですよね。なぜアトランタに?
当時、サウスのヒップホップの世界では、アトランタが新たな中心地だったんですよ。なので、沖縄と共通する部分もあるなと。あと、ビジネスについても学びたかったので、すでに(シーンや経済が)出来上がっているNYやLAよりは、いま勢いがあるアトランタの方が、色々学べそうな気がしたんです。現地でもクラブやラジオのディレクターとすぐに仲良くなったりしたんですが、そのあとすぐに旦那になる人に出会って、めっちゃ惚れ込んじゃった。彼がとても厳しかったので、それからはクラブには行かず、学校と彼一筋みたいな生活でした。

『8』の中でも、彼のエピソードは色んな形で登場しますよね。なかでも「Ashes」は涙を抑えられない箇所もあり、かなり心に響きました。
あの一連の出来事はずっと書かなきゃと思っていたけど、書けなくて。精神的にも辛かったし、メモリーを大事にしすぎて、「言葉もビートも納得するものを選ばなきゃできない!」と、時間がかかりすぎてどんどん曲ができなくなっていっちゃったんです。でも、私のビートを作ってくれているフロリダのビートメイカーの子と電話で話したときに、彼が自分の不安をすべてさらけ出してくれて、それで、その子とちゃんとつながった気がした。その矢先に「Ashes」のビートを送ってくれて。聴いた瞬間に「これで書ける!」と思って、実際にスラっと書くことができたんです。

娘とともに、死別した夫の遺灰を海に撒くという壮絶なシーンですけど、とても優しい曲に仕上がっていますよね。
旦那と過ごしていろんなドラマがあって、結局、彼は殺されてしまった。でも、「Ashes」は一連の出来事に対して自分の中で解決している歌なんです。なので、どちらかと言うと超ピースフル。あと、ずっと書くことで救われてきたので、楽曲にすることで思い出を浄化するという感じもありますね。

逆に、「Jah Love」ではハードな描写もありますよね。ミーゴス「T-Shirt」のリリックを引用して娘のYomi Jahさんに歌わせている点も衝撃的でした。
旦那はプッシャーでした。あの引用も、もともとD4Lのショウティー・ローが歌っているラインをミーゴスが「T-Shirt」で使っているんですよね。リリックの「same color T-Shirt」ってところ、アトランタのプッシャーって、みんな白いTシャツ着てるんですよ。娘は「お父さんもそうだったから」と理解してる(笑)

『8』を聴いていると、<ギルト>や<罪>といったフレーズが多く出てくるなと思って。普段、そう言った正義感や罪への意識など感じることはありますか? 亡くなった旦那さんのことも影響しているのかなと。
それはありますね。旦那がファイヴ・パーセンターズだったんです。ナズとかラキムなども信奉していて、<数字やアルファベットにもそれぞれ意味があり、宇宙の真理などの大きな意味を追求する>みたいなカルチャーなんですが、彼もその思想を重んじる人だった。私も昔から沖縄にいて、スピリチュアルな何かをずっと感じていて。戦争や平和の話、「命どぅ宝」といって命が何よりも大切ということを、小さい頃から教えられてきました。だからか、どんなにクレイジーで罪があることを美化して歌ったとしても、そこに宇宙の真理みたいな思想をちょっと入れたくなります。

『8』は伝統的な沖縄のスピリットも表現されていて、そこに強いオリジナリティを感じました。ネーネーズで知られる古謝美佐子さんも参加していたり。
古謝さんは、すっごくファンキーな女神って感じの方。「UMUI」は、古謝さんに「英語とウチナーグチ(沖縄語)だけで作りたい」って持っていって。最初は「できない!」って言われたんですけど「いや、できます!」と(笑)

全面プロデュースに携わっているChaki Zuluさんとの出会いは?
イベントに呼びたいと思って、友達にYENTOWNのkZmやkiLLaのメンバーを紹介してもらったんです。東京で彼に会ったときに制作途中の「Crime」を聴かせたら、kZmが「やべー!」って。その数時間後にはChakiさんを連れて来てくれて。それが去年の8月です。今考えると1年間とてもめまぐるしかったですね。実際に『8』の制作が始まったのは今年の1月ぐらいです。

彼らと会ったときの印象はどうでしたか?
会うときは怖かったです(笑)。でも、彼らと出会った時、 「アーティストだからってやたらカッコつけたりせずに、いい作品を作っていればいいんだ」って思えました。話とかあまりしなくても、曲でもう分かり合えたから。その時に私の今のモットー的なものも降りて来たんです。英語で「competence & compassion」って言ってるんですけど、competenceは実力、compassionは思いやり、みたいな意味。人と一緒に何かを生み出すときは、思いやってパッションを共有してつながることが何よりも大事。だから、建前とかはいらないな、って。カッコつけてると、進むのが遅くなる。それを教えてくれたkZmとの出会いは今でもとても大切な思い出です。

多岐にわたる内容ですが、コンセプトのようなものは決めてから作ったのでしょうか?
もともと、リード曲の「Crime」が軸になっているので、ああいうモイストで湿っぽい感じといったテーマはありました。でも、いろんな出来事や偶然が重なって、いろんなところに導かれていった。それをそのまま受け入れて作っていきましたね。最終的には、プロデューサーのChakiさんと曲の順番やストーリーなどを考えながら、ひとつの作品として統一感が出るよう考え抜いて完成させました。

リスナーに対して、どんな風に届けたい、という思いはありますか?
アート全般に言えると思うんですけど、例えば小説を読んでいてパッと見上げると、自分の周りの生活がその小説の言葉を通して見えたりするじゃないですか。私も音楽でそれを実現したいんです。人が感じている感情に深みをつけたいし、色を与えたい。楽しいって思えるときは私の音楽でもっと楽しんでほしいし、悲しいときはもっと悲しくなってほしい。何かを忘れて前に進みたいときは、私の音楽で癒したいと思っています。

「WHORU?」で聴けるような、悪びれない強いアティチュードにもとても惹かれます。MVでは大胆に露出している場面もあって、Awichさんのそういうところに憧れる女性は多いのではと思います。
私、女の体にはエロスが宿っていると持っていて、それはおっきいお尻とかおっきいおっぱいじゃなくても、どんな形でもいいと思うんです。それは生命力の表れだし、人類にとって大切なもの。あと、女が強くなるから男はいらなくなる、じゃなくて、女が強くなったら男がもっと強くなれるんですよ。私の作品を通して、女の子には力を与えたいし、男の子にはそういう野心を持って欲しいです。