飄々と「革命」を歌うTempalayのチャーム

BySoichi Miyakephotos byRyo Onodera

かいじゅうや宇宙人が出てくるMVに、ルール破りの変調、美しい声で歌う少し不思議な歌詞。Tempalayというバンドの不可思議な求心力を紐解く。

海外のインディーミュージックから反映されたサイケデリックかつポップな音と、メロウであり不可思議な中毒性に満ちた歌が、リスナーの耳の中でまどろみ、躍動する。彼らの名は、Tempalay。2015年と2017年にフジロックに出演し、2016年にはSXSWを含む全米ツアーと中国ツアーを行い、国内のみならず国外でのライブ経験も重ねている。2017年リリースした最新アルバム『from JAPAN 2』では、このバンドの音楽的な核心を遺憾なく提示した1枚となった。つかめそうで、つかめない。でも、それが心地よいTempalayの音楽の源泉に迫った。

──2017年11月にドミコ、MONO NO AWAREの3組で中国ツアーを回りましたけど、反応はどうでしたか?
小原綾斗(Vo.&Gt.):反応はよかったです。僕らは2回目の中国というのもあったし。でも、トラブルもありました。MONO NO AWAREのドラムの(柳澤)豊くんが迷子になってしまって(朝方に無事見つかったらしい)。マネージャーはキャリーバッグを向こうで紛失するし。紛失した場所が広州という暖かい場所だったんですけど、そこから一気にマイナス5℃の北京に行って、みんなに服をもらってました(笑)。

──先日、ミツメに取材したときも中国の話になって。彼らも中国のコアな音楽ファンから大人気で、そのきっかけが中国版Twitterのweiboだったと。規制の厳しい中国にあって、インターネットの抜け道を探して日本の音楽情報をディグっているという話をしていました。
小原:そうらしいですね。VPNという海外のセキュリティソフトを使うと中国を経由せずに海外のサイトにアクセスできるらしいんですよ。だから、極めてグレーなやり方で情報収集してるみたいですね。
藤本夏樹(Dr.):ライブの主催者もweiboで積極的に告知してくれました。ミュージックビデオを観れるようにしてくれたり。

──どれくらいのキャパシティのライブハウスでやったんですか?
小原:500〜600人です。
竹内祐也(Ba.):日本で言うと、全部CLUB QUATTROクラスという感じですね。
小原:中国には小さなハコがないらしいんですよ。
竹内:音楽文化が盛んになったのが最近なので、新しくてきれいなライブハウスばかりなんですよ。音響や照明のシステムも最新で。

──今後も積極的に海外でライブをしたいと思ってますか?
小原:もちろん、チャンスがあればやりたいですね。

──2017年はバンドにとってどんな1年でしたか?
藤本:昨日、ちょうどみんなで話しながら振り返ったんですよ。
EPとフルアルバムをリリースして、自主企画ライブも2回やって、フジロックで指を骨折してギターが弾けなくなって、仲間にライブを助けてもらって......。すげえ濃い1年でしたね。

──8月に『from JAPAN 2』をリリースして、状況が大きく変わったと思うんですけど。
小原:めっちゃ変わりましたね。目に見えてライブの集客が増えましたし。あと、業界の人たちの反応もよくなりました(笑)。

──今の自分たちがやりたいことを凝縮できた達成感もあったのではないかと思います。
小原:ありましたね。だから、自信満々にリリースしました。

──ナチュラルにトリップできるようなサウンドスケープ、メロウでありながらクセの強い歌のメロディ、終末の先を見据えるような歌詞がいびつに融合して、非常に中毒性の高い音楽像を確立していると思います。これは、あらかじめ結成時にこういう音楽を鳴らそうと思ってできたものではないと思うんです。
小原:間違いなくそうですね。あらかじめ用意したものを調理するみたいに曲ができ上がることはないです。
藤本:「こういうアルバムを作ろう」とか思ったこともないしね。
小原:全部後づけで肉づけしていく感じです。だから、よく「言語化しづらい音楽」って言われますね。
藤本:「形容できない」ってね。

──ルーツもバラバラなんだろうなと。
藤本:ルーツどころか、今聴いてる音楽もみんなバラバラですね。
小原:出会いも変で。僕は四国から音楽をやりに埼玉に来て、Tempalayの前に組んでいたバンドのボーカルの家に転がり込んでいたんですね。そのときによく行っていた飲み屋があって。そこに音楽好きのおもろいおっちゃんがおって、ギターを弾いたらタダで飲ませてくれたりして、よくかわいがってもらっていたんです。で、彼(竹内)もその店の常連で、1〜2年くらいただの飲み友達でした。週8くらい遊んでたんですよ(笑)。それから遊びでバンドをやってみようってことで、ホワイト・ストライプスみたいなバンドをやってたんです。リフ(レイン)で押すような。2人でライブを2〜3回やったときに藤本が対バン相手のバンドにいて。そのときの俺らのバンドのドラマーがゴリゴリのメタラーやったんで、ドラムを変えたいなと思って藤本が入りました。
藤本:俺も前のバンドではサポートだったんで、いいかなって。

──流れで始まったバンドだった。
小原:そうですね。フジロックのROOKIE A GO-GOに応募するときに初めてアー写を撮ったくらいで。だから、「結成何年〜」とか「バンド活動の意気込み〜」とか曖昧な感じで始まってます。

──ホワイト・ストライプスみたいだったという前身バンドからTempalayになるまで大きく音楽性を変化させたわけじゃないですか。その理由は?
小原:ざっくり言うと、「このままじゃ絶対に売れへんな」「この席はすでにめっちゃ埋まってんな」と思ったんですよ。自分のやりたい音楽の席が埋まっていて、それでも売れてない人がいっぱいいて。このジャンルじゃ勝てないと思ったから、空いてる席を探した結果ですね。Unknown Mortal Orchestraの「’Ffunny Ffrends’」という曲を聴いて、こういう音楽をやりたいということが一つの理想にはなりましたね。

──サイケで、ポップで、ジャンクというか。でも、まず歌がすごく独創的ですよね。何が小原くんの歌心を刺激しているのでしょうか?
小原:僕はもともと歌ってなくて、ギタリストやったんで。

──ああ、そう言われると歌メロがギターフレーズっぽいのかもしれない。
小原:ああ!
竹内:ああ!
藤本:ああ!

──そう考えると合点がいくかもしれない。
小原:そそれ、僕が言ったことにしていいですか?(笑)。最初はチバユウスケさんとかSNAIL RAMPのAKIOさんみたいな声に憧れてガナっていたんですけど、自分には無理があって。僕、本当は美しい声の持ち主なので(笑)。最近やっと自分の歌声に対するコンプレックスが取れてきた感じがあるんですよね。

──Unknown Mortal Orchestraもブラックミュージック由来のエッセンスを昇華していますけど、Tempalayもナチュラルにそれをやってますよね。

小原:小さいころからブラックミュージックを積極的に聴いてきたわけではないんです。でも、親のカーステレオから流れていた音楽が90年代のJ-POPで。90年代のJ-POPって黒いサウンドが多いじゃないですか。バリバリ、宇多田ヒカル、MISIA、久保田利伸とかを聴いていたので。

──歌詞は終末の先を見ているような筆致が多いなと。それ以前の世界についてはもう何も期待してないんだけど、滅亡後に期待するみたいな。
小原:その解釈はめっちゃうれしいですね。『from JAPAN 2』が完成したときに、みんなに「灰色っぽいアルバムができた」って言ったんです。まさしくそういうことだと思うんですよね。具体的には言えないですけど、僕の死生観のようなものが歌詞に反映されているとも思うし、意図せず坂本慎太郎さんの2ndアルバム(『できれば愛を』)などとも近い色があるのかなとは思います。

──4曲目に「革命前夜」、12曲目に「革命」という曲がありますけど、こういう歌詞のストーリー性があるからこそ、革命というキーワードが活きてくる。
小原:Tempalayが「革命」という言葉を使うのはむしろ潔いと思うんですよね。変にカッコよく捉えられない自信があったので、「革命」という言葉を使おうと思いました。

──長く聴けるアルバムだと思います。
小原:うれしい。でも、次のアルバムをリリースしちゃうと、前のアルバムが過去のものになるじゃないですか。僕はそれがイヤなんですよね。だからこそ、次のアルバムもしっかり作りたいです。