KIANO WEARS TOP C.E. PANTS KIDILL.

ヒップホップからまだ見ぬ未来へKIANO JONESが紡ぐ言葉

14歳にして大人顔負けのラップでシーンに衝撃を与えた神戸出身のキアノ・ジョーンズ。現在はフロリダに活動のベースを移し、次なる活動に向けて準備を怠らない17歳の恐るべき子どもはヒップホップから逸脱して、どこに向かうのか。

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19 januari 2017, 10:35am

KIANO WEARS TOP C.E. PANTS KIDILL.

2013年末、YouTubeで唐突に公開された1本のミュージックビデオが耳の早いリスナーのあいだで大きな話題となった。Fla$hBackSのKID FRESINOがプロデュースを手がけた、その楽曲「HEAT」でスキルフルなラップを披露したのは、当時、なんと14歳のキアノ・ジョーンズ。アメリカ人の父と日本人の母のもとブルックリンで生まれ、2歳から神戸で育った彼は、幼さが残る声と大人顔負けのハードコアなリリック、天声のリズム感や言語感覚にその非凡な才能をみなぎらせていた。

「初めて聴いたヒップホップのアルバムは、小5のときに買ったジェイ・Zの『Kingdom Come』。ラップを始めたのは中1です。ラップをやりたいなと思いつつ、学校では野球部に入っていたんですが、休みの日に大阪のアメ村でラッパーがやってる服屋に行ったら『フリースタイルやってみなよ』って言われたんです。そこで初めてラップをやって、店を出た直後に、とあるレコード会社の新人発掘をしている人に声をかけられて、ボイストレーニングとダンスのスクールに通わせてもらえることになって。それで野球部を辞めて、ラップとダンスを始めました。その後ラップに専念して、YouTubeで適当なインストトラックを探しては、リリックを書いて、友達の家で宅録するようになったんです」

そして「HEAT」発表以降、さまざまなアーティストから声がかかるようになった彼は、Fla$hBackSのjjjのアルバム『Yacht Club』ほか、数々の作品にフィーチャリングで参加しながら、ソロアルバムの制作を開始。度重なる延期の末、2015年12月にファーストアルバム『Unknown Future』をリリースした16歳の彼は、未知なる未来へ向けて、早くもヒップホップの枠組みから積極的に逸脱を始めている。

「ラップって、そのときその瞬間に起こったことや感じたことをニュースのように伝える音楽だと思うんですけど、自分は周りの現実やそこで起こったことよりも頭の中にある映像やイメージをそのまま言葉にするーー情景描写を追求するーーようになったんです。だから今となっては、自分のなかでラップをやってる感覚は希薄で、喋るように自然に表現したことが周りからラップとして受け取られているっていう、そんな感じなんですよ。そして、ヒップホップだけでなく、エレクトロニックミュージックやオルタナティブロックなど色んな音楽を聴くようになったので、トラックにはジャンル問わず自分の好きな要素をあれこれ混ぜたいんですよね。だから、アルバムの制作ではトラックメイカーをかなり困らせちゃったんですが、自分としては今まさにキアノ・ジョーンズっていう独自のジャンルを生み出そうとしている段階だと思っているんです」

ラッパーのような、フォークシンガーのような語り口のアーティストであり、ビートメイカーでもあるイギリスのキング・クルーに共感を寄せる彼の作品は、ラップも歌も語りも区別しないしなやかなタッチで、SF小説のように近未来的な世界を描き出す。

「僕は映画が大好きで、色んなタイプの作品を観るんです。アルバムを出す前にリリースした「Noir EP」は、それこそ、ゴダールやフランスのフィルム・ノワールの影響が大きくて、その世界に合いそうなジャズのフレーズを活かした作品でした。それに対して、『Unknown Future』は、映画『インターステラー』に衝撃を受けて、宇宙をテーマに作ったアルバム。多重人格的にそれぞれの曲で展開される別のストーリーをひとつに組み合わせた世界になっているんです。例えば「Gendaikko Problem」という曲では、SNSで気持ちを確認したり、未読・既読無視から生まれる気持ちのすれ違いをテーマに、女性の目線で書きました。自分にとっては、実際に会って、目を見て話すコミュニケーションこそが心地良くて、それこそがリアル・ラブだと思っているんですけど、現代のラブ、ヴァーチャルなコミュニケーションとそのすれ違いや勘違いは、曲の題材として面白いなって思います」

冷静にそう語る彼は、現在、17歳。アメリカ・フロリダの高校に進学し、まとまった休みを利用して日本でレコーディングを行っているが、早熟な才能はこの先ひと回りもふた回りも進化、成長を遂げることは間違いない。

「今後の計画として、海外で活動することは決めています。今の日本では、自分のヴィジョンを実現するのに限界があると思うので、そうせざるをえないというか。ただ、そうなりたいと思っているだけでは実現しないので、音楽活動をするうえで必要な英語を学ぶために、フロリダの高校に進学したんです。日本は交通機関が発達してて、あちこち遊びに行けるし友達もいっぱいいてレコーディングもできるので、環境的には恵まれているんですけど、日本での楽しさを優先せずにまだ見ぬ未来に向けて準備中です」

Credits


PHOTOGRAPHY PICZO 
STYLING KOJI OYAMADA
TEXT YU ONODA
Photography assistance Raihei Okada 
Styling assistance Ai Suganuma