KOM-I WEARS ALL CLOTHING GUCCI.

水カンのコムアイが語る、両性具有へのあこがれ

エレクトリックなトラックと畳みかけるような日本語を用いたラップで、J-POP界にオリジナルな領域を築いた水曜日のカンパネラ。フロントマンとしてステージに立ち、ダイナミックに“生”を叩きつけるコムアイが、性の二元論を超えたアンドロギュノスな存在へのあこがれを語る。

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13 December 2018, 9:58am

KOM-I WEARS ALL CLOTHING GUCCI.

この記事は『i-D Japan No.6』フィメール・ゲイズ号から転載しました。

そのパフォーマンスは、肌を露出させていてもどこか健康的で、時に妖艶で、時に少年のようでもある。中性的と言ってしまえば簡単かもしれないが、コムアイを前に感じるのは純粋に生き物としての強さだったりする。

「人は誰でもフェミニンとマスキュリンのゲージを持っていて、その割合が100:0の人もいれば、100:100の人もいると思うんです。私は両方強くしたいんだけど。時折、自分のなかでゲージが変わるのを感じるんですよ。服の趣味が変わるのに似ていて、時期によって男っぽかったり女っぽかったりする。今年のあたまとか、気持ち的には今よりずっと男の子みたいな時期があって、自分から花粉が飛ばないようにしてた(笑)。そのころに(二階堂)ふみちゃんにヌードを撮ってもらったんだけど、アイデアとして両性具有みたいなものを考えていたんです。そう私、性別のことでひとつ熱を持って言えるのは、”両性具有への憧れがある”(笑)」

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KOM-I WEARS JACKET GUCCI. TOP (WORN UNDERNEATH) STYLIST’S OWN.EARRINGS MODEL’S OWN.

男性器と女性器を併せ持つ“両性具有”という存在は、プラトンの『饗宴』にも登場する。ゼウスが両性具有者をふたつに切り分けたことで、引き裂かれた男と女はお互いのかけらを探し、双方を求め合うようになったという。「物心ついたころかなあ。内田春菊さんの『目を閉じて抱いて』っていう漫画に出てくる花房さんがすごく憧れで。サラリ ーマンがニューハーフパブで働く花房さんと出会って親密になるんだけど、暗いところで触ったら、花房さんが両性具有だって気づいてギョッとするんですよ。でも彼は吸い込まれていっちゃう。壊れるというか、自分の人生をコントロールできなくなっていく。さらに花房さんは、そのサラリーマンが付き合ってた彼女のことも虜にしちゃうんです。それって地獄絵図だけど、円満にも見える。そこに未来を感じたというか」。『目を閉じて抱いて』は、1994年に発表されたマンガだ。ふたつの性を交錯させながら、ドロリとした人間関係をあぶり出した名作である。

「なんか、生き物として生命力が強いなあと。獣を見るような、美しくてかっこいいなっていう感覚。獣の解体にもつながるものを感じるんですよね。仮にそういう身体に生まれたら扱い切れなくて困るかもしれないし、私が勝手に憧れてるだけなんですけど。女っぽさと男っぽさ、そのふたつが強烈な人ってすごくかっこいいと思うんですよ」。身体的な側面は置いておいても、誰しもがその両性の性質を兼ね備えているのでは、とコムアイは言う。その感覚を端的に表しているのが“コムアイくん”の存在だ。「ふみちゃんと撮影をしていたときに出てきたワードなんですけど(笑)。たぶん私、男で生まれていても同じように“コムアイくん”をやってたんじゃないかなって。メイクしたりスッピンにな ったり脱いで写真集出したりして。女の子っぽい格好したり、いかにも男って感じになったりして、両方を行き来してたと思う」

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CAPE, DRESS, TIGHTS (WORN AS HEADPIECE) AND SHOES GUCCI. EARRINGS MODEL’S OWN.

服を着替えるようにふたつの性を行き来するコムアイ。ではあえて女性が置かれている状況について着目した場合、その目にはどんな風景が映るのだろうか。「本当のフェアをめざして賢くやりたいんですけど、なかなかうまくいかないですよね。女性や黒人が組織のトップになるとそれだけでアピールにつながることもある。それって逆にフェアじ ゃない気がするんですよ。遅れてるのか、進み過ぎておかしくなってるのか、今って不思議な瞬間ですね」

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ALL CLOTHING GUCCI.

ハリウッドから始まったMeToo運動の影響を受け、日本でも様々な業界でハラスメント被害の声が上がるようになった。この動きが続けば、ハラスメントはなくなっていくだろうか? コムアイはう〜ん、と少し考えて「終わらないだろうな」とつぶやいた。「もちろん終わるといいけど、簡単にはなくならないし、ふっと安心した瞬間にこぼれ出てしまう気がする。その論争そのものが私のなかにあるって思うから。私にとって「マスキュリン」ってあまりいい意味を持っていなくて。男性的な感覚で作ったものより、女性的な感覚で作ったもののほうが優れているように感じる瞬間があって、それは好き嫌いとしてあるんです。たとえば、その人自身がにじみ出てこないような、ドライブし切らないライブを見ると、「四角い」とか「硬い」って思うんです。私はスリップしながら面白いものを作ったり、気づかずに超えていくみたいな表現が好きだから。そういうときに、つい「まったく男は!」って言いそうになる。本当はやめたいと思っているんですけど」

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JACKET, SHIRT, PANTS, HAT, SCARF, TIGHTS AND SHOES GUCCI. TOP (WORN UNDERNEATH) STYLIST’S OWN. NECKLACE MODEL’S OWN.

ジェンダーにまつわる問題は、同じ時代を生きる誰にとっても、同じように胸の中でくすぶる火種だ。ふたつの性を同時に求めながら、そのふたつが相容れることは難しい。これは古代ギリシャから現代に至る、永遠の課題なのかもしれない。それでも、少しずつ女性が目にする風景は共有され始めている。両性具有にはなれなくとも、人びとがあらゆる性に寛容な世界になっていくと信じたい。

「私は外に向けて何かしようとは思っていないです。ただ繊細に、自分のなかのおかしさに気づけたら大丈夫だと思っていて。「男は!」と言い切ってしまうことで、自分が作るものが一辺倒になるんじゃないかなって不安が残るんですよ。外側に避けずに、自分のものにしたほうがもっと面白いものが作れるのにって。男も女も老いも若きも、未来も過去も、同じに見えるのが好きなんです。強い表現ができているときは、特にそう感じる。だから何かを嫌いだと思って拒絶して、自分の手から落としそうになったら引き戻す。切り離してしまうのは簡単だけど、簡単なことを簡単にしないで、見落とさない。私にできるのはただそういうことなんじゃないかなと思います」

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ALL CLOTHING GUCCI.

Credit


Text Neo Iida.
Photography Mayumi Hosokura.
Styling Risa Kato.
Hair and Make-up Tori.
Styling assistance Moto Ishiduka.
Location Haole Park.