大胆こそが美しい——BALENCIAGA、Céline、そしてValentinoが打ちだした世界観

自らのフェチを大いに表現してグラマラスなBALENCIAGAを生んだデムナ・ヴァザリアに続き、CélineとValentinoも独自のグラマーを荘厳に表現した。

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okt 11 2016, 9:20am

グラマー——実に便利な言葉だ。1989年に西ドイツで発行されたメールオーダーのカタログにもこの言葉は書かれていただろうし、現在もRoberto Cavalliのプレスリリースにもその言葉が踊っている。もしもBALENCIAGAの2017年春夏コレクションがテレビCMだったら、赤いレギンスなどを履いたブリジット・ニールセン(Brigitte Nielsen)がカメラに向かって「グラマー!」とセクシーに囁くところだろう。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)が初めてイタリア版『Vouge』を手にしたのは、彼がまだティーンの頃だった。戦況下にあったジョージアのアブハジア自治共和国の実家で『Vogue』のページをめくっていた彼は、そこにValentinoの赤いボールガウンを見つけ、夢中になった。冷戦が終わった90年代初頭の話だ。"鉄のカーテン"は崩壊し、社会主義国家の検閲は体制として取り払われはしたものの、国民と広い世界の文化の間には、依然として隔たりが存続していた。ソ連崩壊直後の社会に取り残された少年は、自分が目にしているものをにわかには信じきれなかった。あの時代のファッションを決定付けていたグラマー——彼はそれに恋をした。夢中、いや、取り憑かれたように熱狂した。「抗えない類いの魅了だった」と、デムナは日曜の朝、私に話してくれた。80年代の人気テレビ番組『ダイナスティ(Dynasty)』のクリストル・キャリントンがセクシーを解釈したら——そんな世界観で喝采を浴びたBALENCIAGAコレクション発表直後、バックステージでのことだった。

Balenciaga spring/summer 17

「クチュールとフェチに共通している要素、そしてそれがどれだけ魅惑的かということ」とデムナは続けた。彼の話を聞いていると、アブハジアに突如として流れ込んだ情報、とりわけ80年代から90年代初頭にかけて世界を席巻したグラマラスな世界観が、どれだけ彼に大きく影響を与えたかを想像せずにいられなくなる。家族とともに内戦を逃れて移り住んだドイツで彼が手にしたであろうファッション誌『Burda』や、80年代のクチュール的概念をほとんど野蛮ともいうべき領域にまで押し上げた『ダイナスティ』など、彼の眼前には彼の感覚を激しく刺激する西側諸国の文化がなだれ込んだのだ。「ショルダーラインを高く保っておけるパッドを開発したんだ。でもそのパッド、完全に空洞になっていて、だから横から見ればそこにはフラット感があって、エレガントでフェミニン——だけど前から見れば角ばったシェイプを強調したルックスを作ることができる。シャープな印象は、ショルダーとシューズに生んだ」とデムナは語った。まるで80年代の卓越したクチュリエの言葉のようではないか(いまこの時代に「ショルダーパッド」などという言葉を聞けるのは、デムナのコレクションのバックステージでのみだろう)。デムナは完璧主義者だ。老舗メゾンBALENCIAGAが持つ縫製の職人技を用い、またコレクションに生まれつつあった強力な勢いも手伝い、デムナは完成されたものをさらに完成させ、それをまたさらに完成させた。まさにフェチの領域だ。

Balenciaga spring/summer 17

「服が出来上がっていくさまは、完全で、美しくて、僕は何度も泣きそうになった」とデムナの義兄にあたるロシア人男性はショーの後に話してくれた。デムナ世代の少年にそこまでの影響を与えられるのは、真のグラマー以外にない。「1958年、クリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)がアブラハム社とガザール織りを発明したのと同じ年に生まれた生地なんだ。クリストバルも、いま生きていればきっと使ったにちがいない」とデムナが語るスパンデックス。豪華なカラーやフローラルプリントで、レギンスの機能も兼ね備えたブーツに用いられたこの生地は、BALENCIAGAが50年代に発表した水着のアーカイブから着想を得て作られた。ショルダーを強調したパワーコートには、ウエスト部分を絞り込むようにデザインされたものもあり、クリストル・キャリントンを彷彿とさせるブルーのシルクドレープトップスと組み合わされた。そしてショー中盤にはセックスが香る内容へと移行し、コンドームを思わせるマントやブラックのレザーコートなど、90年代初頭の東欧に見られた「セックスの過剰表現」から着想を得たのではないかと思われる世界観が広がった。会場に流された音楽も80年代90年代を大きく反映していた。10代前半のデムナが聴いていたのであろうジョージ・マイケルの「Careless Whisper」やホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」などがサックスで演奏された、デパートで聞くようなサウンドトラックが使われていた。

Céline spring/summer 17

今シーズンのBALENCIAGAコレクションは、80年代や90年代のテレビCMや昼ドラの世界観、そして作家ダニエル・スティール(Danielle Steel)のロマンス小説がテレビ映画化されたような世界観を、敢えてクチュールで完成させたような、夢のようなグラマーの世界となった。大好評などという形容ではおさまらないほどの成功をおさめたデビューコレクションに続き、BALENCIAGAでの2作目となる今シーズンのコレクションで、デムナは周囲からの期待をゆうに超える作品を作り上げ、彼が単にシーズンごとの進化を見せられるだけでなく、ノスタルジックなモチーフの中に未開拓の領域を見出し続けることができるということを世に証明した。ここまで才能があるデザイナーの場合、そこに巻き起こる旋風は単なる流行ではなく、確固たる認知だ。デムナの美的感覚がファッション界に与えている影響は、ここ数シーズンにわたって世界各地のファッション中心地に色濃く現れている。日曜に披露されたCélineのショーでも、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)によるオーバーサイズのテーラリングや、フラウンスが多用されたヴィクトリア王朝調ドレスに、Vetementsの影響は明らかだった。それは、クールな一面もシックな一面も持ち合わせつつ、決してロマンチックではないというCéline女性の「知性のグラマー」だった。そんな女性たちは、その昔、Valentinoに魅了された——デムナのように、フェチ的に。

Valentino spring/summer 17

今シーズン、Valentinoは、ドリームチーム解散という局面を迎えた。引き続きValentinoでデザインを続けるピエールパオロ・ピチヨーリ(Pierpaolo Piccioli)を残し、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)がDiorのクリエイティブディレクターとして初のコレクションを発表したのだ。Valentinoファンのみならず、ファッション界全体が、「キウリなしでピチヨーリはあの優美なグラマーをValentinoに生み続けることができるのか」とヤキモキしながらショーの始まりを待った。結果は良好だった。今シーズンのValentinoは引き続きこれまでの世界観を保っており、それはブランドにとって良いこと。壊れていなければ修理する必要はない、ということだ。パンクデザイナー第一人者ザンドラ・ローズ(Zandra Rhodes)によって解釈されたヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch)の絵画モチーフや、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Nietzche)による過去と未来の考察に至るまで、これまでキウリとともにピチヨーリが度々インスピレーション源としてきた歴史的・知的アートを引き続きValentinoファッションに落とし込み、ピチヨーリは今回の解散劇を実に華麗に過去へと押し流した。ピチヨーリによるValentinoのショーは、キウリ版Diorよりもわずかにフォーマルなグラマーに、コンテンポラリーなエッジを添えた世界観で始まった。しかし中盤では、Valentinoならではの極上の装飾が施された、ガラス細工のように美しいロングドレスなど、Valentinoの世界をあますところなく表現した服が続いた。これこそは、デムナ・ヴァザリアが少年のころ『Vogue』に見た天上のグラマーだったにちがいない。ファッションのファンタジーの起源だ。グラマー!

Credits


Text Anders Christian Madsen
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.