出版社の始め方 by Ditto創始者ベン・フリーマン

メディアやファッションの世界で生きていきたいけど、どんな道を辿れば良いのかわからない——そんなことを考えて足踏みしている読者も多いはず。i-Dファミリーに、彼らがどのようにしてデザイナーに、スタイリストに、ライターに、ディレクターになったのかを聞くこの「How To」シリーズ。今回は、出版社Dittoの創始者ベン・フリーマンに話を聞いた。

by i-D Staff
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26 September 2016, 1:49pm

FUN Magazine Issue 6 

2009年初旬のDitto立ち上げ以来、ベン・フリーマン(Ben Freeman)とリンゼイ・アトキン(Linsey Atkin)は出版業界でも特異な光を放つ、エキサイティングな書籍を発売し続けている。90年代レイヴシーンに傾倒したベルファストの兵士たちをスチュワート・グリフィス(Stuart Griffith)が捉えた『Pigs' Disco』から、スキンヘッドのファンZINEばかりを収めたトビー・モットの写真集『Skinheads: An Archive』まで、Ditto社が発売する作品はどれも、ひとびとがしばし立ち止まり、考えさせる内容のものばかりだ。立ち上げ以来、DittoはNikeやV&A美術館まで幅広いクライアントと手を組み、多くの写真集を世に送り出してきたが、昨年にはとうとう文学の世界へと足を踏み入れ、ダンカン・ファロウェル(Duncan Fallowell)の小説『How to Disappear』を発売した。現在は、新進気鋭のデザイナーDilara Findikogluの展示会とルックブック制作を進めるとともに、サスキア・ディキシー(Saskia Dixie)と『Gut Magazine』誌の制作、『Mushpit』第6号の制作、そしてVinca Petersenの本の制作と、プロジェクト目白押しのベンに、出版の世界について聞いた。

Mushpit issue 8 - Art direction by Ben Freeman

何をしているか、そしてなぜそれでなければならないのか。
僕は出版にたずさわっていて、アートディレクターでもありクリエイティブディレクターでもあります。どの仕事も、まだ若かった頃にやっていて一番楽しかったもの。一風変わった雑誌やサブカルチャーに関わっているときが一番幸せだった。初めて自分のZINEを作ったのは1989年のとき。まだ12歳だった。映画作りにも夢中だったし、変な服装を色々と試すことも楽しかった年頃。アートディレクターが何たるかなんてまったく解っていなかったけど、クリエイティブな衝動みたいなものを満たそうと色々なことをしていたんだ。80年代のC級ホラー映画や手作り感が魅力のDIYカルチャー、雑誌『Answer Me!』、それと出版社Feral Houseが発売していた作品の世界観、インダストリアルなサブカルチャーにインスピレーションを多く得た。自分がやっていることに満足できるようになってからは、何をすべきか迷わなくなったんだ。自分の仕事や人生の使命のようなものについて、今はもうほとんど考えないよ。

日々の仕事
僕の生活は、ほとんどがミーティングと会話のやりとり、そしてその合間にするメールの返信で成り立っているかな。コラボレーションやチームで仕事をするのが好きみたい。みんなで!っていうのは性に合わないんだけど、ひとりで仕事をするのは苦手なんだ。すでにバレてると思うけど、僕は退屈な事務業務には不向きで、簿記や会計みたいな仕事には向いていないんだ。だけど、慣れざるをえなかった。Dittoで、好きなアーティストたちと平和に、静かにものづくりをするためにはね。
この仕事を続けていて最高と感じるのは、なんといっても、世界のどこか、僕が行ったこともないようなところから「Dittoの本を見つけた」「とても気に入った」という知らせをもらったとき。僕も若い頃はそうやって感動したときには出版社に手紙を書いたよ。Dittoで主催するイベントも僕にとっては重要な意味を持っている。それがひとびとに出版を身近なものに感じてもらえる機会、うちの出版物を買ってくれているひとびとに僕たちが直に会える唯一の機会だからね。イベントに来てくれる人たちは誰も最高だよ。出版社ってものが何をしているものなのか、知らないひとも多いだろうし、そんなこと考えもしない人たちがほとんどだから、出版業というものが何たるかに関する誤解は多いと思う。たぶん、最たる誤解は出版と印刷の違いだね。印刷というのは、インクで紙にデザインを落とし込む仕事。出版は、そうやってできた作品を世界に送り出す仕事。

Out of Order - By Molly Macindoe, Art Direction by Ben Freeman

「あれがあったから今の自分がある」と思う出来事
ひとつだけ挙げるなんて無理だな。ひとつ、振り返って思うのは、ひとが手を差し伸べてくれたときに、それをありがたく受け取ることができる自分であること。そして、どんな状況に陥ったとしても、そこから何かを学び取ろうとする姿勢。思い通りにことが運ばなかったときにこそ、自分ってものが解ったような気がする。改めて言うけど、「あれ」っていうものがあるわけじゃない。だけど、ロンドンをベースに活動するクリエイティブ集団Real Goldのディーノ・ジョー(Deano Jo)と作った『FUN Magazine』や写真集『Skinheads: An Archive』、それから撮影やジャーナリズムのプロジェクト、いろんな場所に押し入って行ったり火をつけたり、風変わりな奴らに出会ったり、同胞たちと笑ったりした一瞬一瞬が、今の自分を作り出してくれたんだなと思う。

大学には行くべきか、行かざるべきか
僕は16歳で学校を辞めて、25歳で勉強しに学校へ戻ったんだ。一般教養レベルの学歴はないことになるけど、一応キャンバーウェル大学でグラフィックを勉強して、ロイヤル・カレッジではコミュニケーションデザインの修士を取得してるよ。いずれも大いに役に立った。学校での6年間はとにかく一生懸命勉強したよ。その前に、レストランの厨房や建築現場で相当ハードに働いた経験があったからね。大学は素晴らしい時間だった。でも周りを見ていて「一生懸命に勉強しないなら大学に来る意味なんてない」と思ったね。実地での仕事でも、大学と同じぐらい多くを学ぶことができたからね。そういった意味で、実地での経験も大学での勉強も同じだけ大切だと思う。

Everything for Real - By Grace Wales Bonner, published by Ditto

「あの時にこれを知っていたら」と今思うこと
自分で思っているより、ひとはみんな素晴らしい才能を持っているんだということ。自分の環境に向ける好奇心や関係を築くということ、努力、オリジナリティ——そういったものに代わる力なんて、この世には存在しないということ。何か秘訣でも教えてあげられたらいいんだけど、僕が今偉そうに言えるのはそんなところだね。出版に関して言えば、近年になって生まれてきている"出版を取り巻くエキサイティングな環境"を知るということは、大切だと思う。僕は印刷物フェチだったことなんてこれまで一度もないし、本よりもテクノロジーに興味があるぐらいなんだ。だからこそ、Real Goldのディーノと一緒にFuture Artefactsを立ち上げたんだよ。

明日が楽しみ。なぜなら……
今は「もっと映像作品を作りたい」とワクワクしてるよ。自作の映画をもっと撮りたいなってね。もっと長い目で見ると、この8年間で開けた可能性を今後につなげていくことが楽しみだね。僕はとにかく新しいもの好きだから、いつでも何か新しくてオリジナルなものを求めてるんだ。そういう意味で、ロンドンはいつでも新たな才能が生まれていて面白い。特に若く新しいファッションデザイナーが多く生まれているのがいいね。彼らと仕事を共にできる機会に多く恵まれて、本当にラッキーに思う。Dittoはコンセプトとしてこれからも面白いプロジェクトを世に送り出して、生き続けると思う。どこでどんな形の作品を送り出していくかは、完全にオープンな状態。Dittoは、僕の美的感覚とテイストを体現した媒体のようなものだけど、活動の場所と作品の方向性には充分な柔軟性をもたせているつもり。とにかく、僕インスパイアしてくれる人たちと一緒に、誇りに思えるような作品を作っていけたらと思ってるよ。

@ben_ditto

Credits


Text Ben Freeman
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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