元祖セルフィー女王、ケイト・ハーディーが語る『Outfitumentary』

自身のコーディネートを10年間記録し続けたケイト・ハーディー(K8 Hardy)が、2001年にセルフィーを始めた理由を語る。

by Alice Hines; translated by Nozomi Otaki
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02 april 2019, 9:53am

あらゆるものが記録される現代においても、過去の自分を吟味するのは難しいが、最高に楽しい作業でもある。2001年、ニューヨークに引っ越したばかりのハーディーは、自分の私服を10年間記録することにした。最近になって映像を発掘した彼女は、それを90分の作品に編集。2015年1月、ギャラリー〈Reena Spaulings Fine Art〉でプレミア上映し、続いて全国の美術館や劇場でも公開されていった。『Outfitumentary/アウトフィチュメタリー』と題された本作はポートレイト、アーカイブであると同時に、当時はまだ存在しなかったセルフィーを彼女なりに体現した作品でもある。

「今では、みんなお互いをじっくり見つめる機会が増えた」とハーディー。「でも私がこのプロジェクトを始めたころは、公共の場で自分を撮るなんておかしいし恥ずかしいって思われてた」

それこそが彼女の作品の醍醐味だ。ジェンダー、メディア、ファッションのフェミニズム批評で知られるハーディーは、これまで何度も自身の作品に登場してきた。2000年代はじめに発行したZINE『Fashionfashion』では自ら古着を身にまとい、ファッション雑誌のローファイなパロディを制作。セルフポートレイト連作「Positions」では、巨大なクレヨン、マンガ風メイク、『シザーハンズ』のエドワードのような髪型で、様々なキャラクターに変身した。

それらの作品と比べれば、『アウトフィチュメタリー』での服装は普通かもしれない。確かにスパンコールを散りばめたジャンプスーツ、テキサス州(ハーディーの故郷)型イヤリングなど奇抜なアイテムもあるが、レギンス、Tシャツ、セーターなども登場する。つまり、私たちが普段身につけるものだ。この共感こそが本作の魅力だ。作中でハーディーが披露するのは服だけで、彼女がそれを着る場所も理由も明かされない。それを観た私は、高校時代を思い出した。ハイウエストジーンズやカウボーイブーツを履いていた私。作中でハーディーがかけているエンヤの曲を初めて聴いたときのこと。『アウトフィチュメタリー』はあくまでもハーディーの服の物語だが、同時に観客の様々な記憶を呼び起こす。

ブッシュウィックにあるハーディーのスタジオを訪ね、〈ファッション〉と〈スタイル〉の違い、テキサスでノーブラで出かけること、自撮りがフェミニストのツールになりうる理由を聞いた。

——自分のコーディネートを映像で記録し始めたきっかけは?

ニューヨークに引っ越してきたばかりのころ、ふと奇抜な服を着ようと思ったんです。古着のTシャツばかり着るのはやめよう、って。それで記録を始めました。

高校生のころから、ちょっと変わった格好が好きで。例えばノーブラで出歩いたりすると、テキサスではすぐに白い目で見られます。地元のフォートワースでは、棺桶に敬礼する兵士が描かれたBORN AGAINSTのTシャツを着ていて、学校から追い出されたことも。財布にチェーンをつけてるとか、いろんな理由で家に帰されてました。

——そのあとニューヨークでスタイリングを始めたんですよね。

ほとんどはアシスタントでしたけどね。仕事はあまり順調じゃなかった。最初の仕事はスティーブン・クラインの『The Face』表紙の撮影でした。撮影現場で友だちに電話して「アルマーニって何?」って訊いたんです。当時はほんとに知らなくて。個人で手がけたいちばん大きな仕事は、数年前のFISCHERSPOONERのスタイリングかな。

——ご自身を撮影していた10年間でスタイルに変化はありましたか? 撮影を始めたのがきっかけで変わったこととか。

特にありません。あのころはいつか作品になるなんて想像もしてなかった。ただいろんなものを撮っていただけで。

——例えば?

酔っ払って地下鉄で走り回るひととか、イチャつくカップルとか。パーティ、9.11、スタジオにいる友人。大学でドラァグキングのショーに出る私。面白い活動をしてる友人。LE TIGREのメンバー、JDサムソンがカラオケでアーニー・ディフランコを歌ってる映像もあります。私はただそれを全部記録していただけ。

——当時撮っていた映像のうち、作品に使ったのは何割くらいですか?

ゼロ! 『アウトフィチュメタリー』にはもっと明確な意図をもって取り組んでいました。でも今のセルフィー文化のおかげで、私が面白いと思って撮った何百時間もの映像からこの作品が生まれたと思う。確実にこの作品とつながってますよね。

——セルフィーやセルフポートレイトがここまで広まったことは不思議じゃないですか? また、それによって作品に何か影響はありましたか?

美術の世界やギャラリーで、セルフィーやセルフポートレイトはまだ軽視されていると思います。みんながやってるし、「やり尽くされてきた」ことだから。それがセルフポートレイトの連作「Positions」に取り組んだ理由でもある。美大で若い女性がこういう作品をつくると、「うわあ、自分の写真撮ってるよ。まあ誰でも通る道だよね」みたいな反応が返ってくる。シンディ・シャーマンもセルフポートレイトに取り組み、すばらしい作品に仕上げた。でも男性の抽象画家のほうが、ずっと世間から注目されやすい。ちょっと性差別的ですよね。

自分自身を被写体にすることは、若い女性が自らの身体を対象化し、取り戻すきっかけになると思う。セルフィーは無意識のうちにそれを実現しているのが面白い。みんな自由に楽しく自分自身を対象化している。セルフィーによって、従来の対象化から力を取り戻しているんです。

——ファッションについてはどうでしょう? ファッションを通して、対象化の主体と客体を逆転する方法はあるんでしょうか?

それはファッションというよりスタイルの話。ファッションというのは、業界や高級なデザイナーズブランドのことで、ほとんどのひとには手が届かない。でもスタイルは私たちの手が届く範囲にある。この世界、慣習、工場、テキスタイル、お下がり、社会的地位や住んでる地域。それらを全部ひっくるめたのがスタイル。どんな服を身につけていても表現できるもの。

——今ではInstagramにセルフィーをたくさん載せていますが、これと『アウトフィチュメタリー』に違いはありますか?

ほとんど同じです。今までずっとやってきたことだから、Instagramもすぐに使いこなせた。「なんでそんなにうまくできるの?」ってよく訊かれるけど、「この20年間私がスタジオで何をやってたと思うの?」って逆に訊きたい。私は自分を超いい感じに撮るコツを熟知してるんです。

http://k8hardy.tumblr.com/

Credits


Stills from K8 Hardy's Outfitumentary

This article originally appeared on i-D US.