アート学生11人が語る「Brexit」

国民投票の結果、イギリスのEU離脱が決まった。ヨーロッパ、そして世界全体の政治経済への影響が取り沙汰されているが、今回の投票結果がクリエイティブの世界に及ぼす影響もまた計り知れない。i-Dは、セントラル・セント・マーチンズの学生11人にインタビューを行い、この結果が彼らの生活に、そしてロンドンのクリエイティブシーンに及ぼす影響について聞いた。

by Chekii Harling
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11 July 2016, 2:38am

philip ellis

イギリスのEU離脱を問う国民投票で、離脱52%、残留48%という結果が出た。大方の予想に反して離脱派が勝利したが、ここにきてさまざまな混乱が起きている。離脱派の急先鋒だった英国独立党の党首ファラージは、国民投票に勝つためにEU残留のデメリットについてウソをついていたと認め、その後党首を辞任した。また、そのような「公約破り」に対して、国民投票のやり直しを求める動きが起こり、若者を中心に400万近い署名が集まっている。

ファッション業界からも、嘆きの声が上がっている。COMME des GARCONS兼DOVER STREET MARKETのCEO、エイドリアン・ジョフィはWWDのインタビューの中で「まるで中世に戻ったようだ。EU離脱は、後ずさりしたようで、とても現代的ではない」と発言。LOEWEを手掛ける北アイルランド出身のジョナサン・アンダーソンは、残留に投票した多くのイギリスの若者への同情を示し、ロンドンを拠点とする自身のブランドJ.W.Andersonのビジネスへの影響については「正直どうなるのかわからない。今はとても不安だ」とコメントした。

Brexit(英国のEU離脱)のプロセスは最短で2年ほどかかると言われるが、前代未聞のことでもあり、今後どのようにしてことが進むのか先が見えない部分も多い。

ヨーロッパからの留学生たちは、夢に見たクリエイティブ業界での仕事に就けるか否かだけでなく、大学を卒業できるか否かの瀬戸際に立たされ、一方のイギリス人学生たちは欧州各国を行き来できる自由が制限されるのではないかと危惧している。イギリス人学生のライザ(Liza)は「思い立ったらすぐに荷物をまとめて、どこかクリエイティブな場所に移住する——今は許されているそんな自由が、今回の投票結果によっては奪われてしまうかもしれない。そう考えると怖い。ビザの取得にもお金がかかるし、時間もかかる。必要のない壁で自分たちを制限する——EU離脱はそういう結果を招く」と言う。そしてイギリス人学生の多くが、ライザ同様の意見を口にする。

アート教育はすでに上層階級にしか手が届かないほど高額になっている。特に冗談にならないほど生活費が高いロンドンにおいて、それは顕著だ。しかし、その非人道的ともいえる高額な生活費にもかかわらず、私が話を聞いたヨーロッパからのアート学生たちは、口々にロンドンのすべてを褒め称える。世界のどこでも通用する教育を、そして自分を自由に表現できる教育を提供してくれる街、それがロンドンなのだ。ロンドンは豊かな文化的歴史の上に、日々進化し続けている。振り向けば、そこにはクリエイティブな脳を刺激する何かが必ずある——ロンドンとは、そんな稀有な街なのだ。

現在、EU諸国からの学生に課される学費はイギリス人学生のそれと同じく、年間9,000 - 11,000ポンドほど。しかし、イギリスがEUを離脱することになると、このシステムは維持できなくなる。EU圏からの学生たちは、現在のEU外からの留学生たちと同じ、年間15,000 - 20,000ポンドという学費を支払わなければならなくなる。ということは、イギリスでのアート教育が受けられるのは王妃か特権階級、もしくは一部のイギリス人のみということになるのか?これについて学生たちに聞いてみた。

「このEU危機を解決するには、統合しかない! 才能あるアーティストたちが出て行かざるをえなくなるし、続く世代はもうロンドンへ簡単には入れなくなるから、ロンドンはこのクリエイティブスピリットを失うことになる。イギリスが離脱を決めたら、私も含め多くのヨーロッパ人がロンドンを離れて、新たな環境や文化、教育システムにまた順応していかなきゃならなくなる」エリザベス(19歳、ブルガリア出身、ウィメンズウェア専攻)

「イギリスが持つクリエイティブなエネルギーは、他国の多くのひとを魅了して、それこそがこの街を常に進化させているの。もしイギリスが離脱を決めたら、イギリスをこれまで輝かせてきた人々は、この国を後にして行かざるをなくなる。彼らが自国を後にしてイギリスに来たときと同じ理由でね」ジュリアナ(24歳、ブダペスト出身、ファッションジャーナリズム専攻)

「EUを離脱したら、私たちは文化的多様性を失うことになるし、ロンドンからはクリエイティブな人材がぐっと減ることになる。セントラル・セント・マーチンズはEU圏からの学生や、その他の地域からの外国人学生で溢れているわ。私たちはここで、外国や他の地域の文化も学んでいる。いるだけでエキサイティングな場所なの。イギリス人学生はビザを取らなきゃヨーロッパ諸国に出入りできなくなるのよ。どうしてそんなことを他人に決められなきゃならないのよ」ライザ(20歳、イギリス出身、ファッションデザイン専攻)

「イギリスはEUから離脱するべきだと思う。ノルウェーはEAA(European Economic Area:ヨーロッパ経済領域)の一部で、統治権は保持しながらもEU内での移動や就労の自由が確保されているわ。離脱することで生じる不都合は"イギリスが欧州連合本部での発言権をなくす"という点だけど、だからといってそれがこの世の終わりというほどの問題にはならないと思う。ノルウェーは、そんなものなくても健全な状態を保持できているしね」ヨーシー(20歳、ノルウェー出身、ファッションジャーナリズム専攻)

ノルウェーは、EU諸国の教育・文化プログラムの一環として、EUにおける学生の流動促進を目指して1987年に創設されたエラスムス計画に参加しているが、イギリスとは全く違ったヨーロッパとの関係を築いている。EAA(ヨーロッパ経済領域)は、欧州自由貿易連合に加盟している国であればEU欧州連合に加盟することなくEUの市場に参加でき、物も人も自由に行き来ができるという枠組み。したがって、ノルウェーはEU本部の意向に制限を受けることなく、より多くの自由を手にしていることになる。そこに生じる不都合は、EU加盟国にある学校にノルウェー人学生が入学した場合、他の非EU加盟国出身学生よりも高い、外国人学生用に設定された学費を支払わなければならない点で、ヨーシーは「ノルウェー出身の学生にとっては苦しい」と説明している。イギリスがノルウェーと同じ手法を講じた場合、"EU諸国からの学生がイギリスのアート系大学で学位をとることは一部の上層階級だけに可能"という現状を助長することとなる。彼らの学費は約2倍にも膨れ上がってしまうからだ。

「EU学生の学費が上がるというのは、差別的なこと。"ここ出身じゃないなら、この国で勉強できる資格はない"って言ってるようなものよ。EU離脱は、この国の富裕層が政治機関を牛耳るっていう結果を招くだろうし、結局はこの国がアートの学生なんかなんとも思ってなかったんだってことを世に知らしめることになるのよ」ティンバー(19歳、ロサンゼルス出身、コスチューム専攻)

「今のロンドンは、誰でも溶け込むことができるのが魅力なの。もしEUを離脱することになれば、学生は全員イギリス人になって、ここの学生は誰も大胆なアイデアなんか打ち出さなくなるわ。異種多様な人たちがたくさんいるからこそ、私はここにインスパイアされているの。いろんな国の学生がそれぞれのユニークな文化やスタイルを持ってここにいるわけで、もしEU離脱なんてことになったイギリスファッションは苦難の時を迎えるでしょうね」ローラ(19歳、リトアニア出身、パターンカッティング専攻)

「EUを離脱するというのはわがままな考えね。ロンドンの素晴らしいところは、多種多様な文化が混在していることなのに!でも、学費はどんな生徒にも同額であるべきだと思うわ。才能ある外国人学生がたくさんいるんだから。それにね、より高額な学費を払っているからって、イギリス国内の大学は外国人留学生をひいきしてると思う」ブルー(23歳、イギリス出身、フォトグラフィー専攻)

「もしイギリスがEUを離脱することになったら、アントワープ王国芸術アカデミーで美術修士号をとるっていう私の計画が台なしになる。でも、私はブリティッシュよりもヨーロピアンでありたいし、将来はミラノとかベルリンみたいなヨーロッパの首都を旅したり、仕事もヨーロッパでしたい」アリス(19歳、ブリュッセル出身、アート&デザイン・ファンデーション専攻)

「学費が年間9,000ポンドより高かったら、ここにいられないわ。今でも、フィンランド政府から月500ユーロを支給されているけど、それでも家賃を払ったら、最低限の生活をしているし。最近になって、フィンランド政府がこの助成金をローンにする法案を検討していて、私、それへの怒りと懸念をフィンランドの新聞に投稿したの。そうしたら、"イギリスで勉強すると決めたのはお前だ。そこから派生した問題は自分で解決しろ"って怒りに満ちた反応が返ってきて、びっくりよ」サラ(20歳、フィンランド出身、ジャーナリズム専攻)

「メディアは勝手なことを伝え続けるだろうけど、僕はたぶん残留に投票する。父がよく言っていたように、"壊れてないなら、直す必要なんてない"ってことだよ」グレアム(21歳、イギリス出身、グラフィックデザイン専攻)

「イギリスがEUを離脱するとなったら、私がここに暮らしていける保証はなくなる。それはたくさんの扉が閉ざされることを意味するから。私はここでは外国人でしょう。"この街に自分が属していない"なんて感じたくない。今以上に不利な環境になるなんてイヤよ」イウリア(20歳、ルーマニア出身、演劇専攻)

私も含め、多くのイギリス人アート系学生が、EU圏のクリエイティブ業界で働きたいという夢を持っている。ロンドン芸術大学の大学副総長ナイジェル・キャリントン(Nigel Carrington)は、イギリスがEUを離脱すれば、その夢の実現は難しくなると言っている。「エラスムス計画のもとで諸外国へと渡ったイギリス国内の学生の数は、過去3年間で50%も増加しています」

多種多様な興味深い文化的バックグラウンドを持った人々と机を並べて学べるという環境は、アートスクールならではのクリエイティブなコラボレーションを引き起こしてくれる。イギリスは経験を通して知識や知恵を集積し成長していく国であって、立ち止まり、ひと所に留まるような国ではないはずなのだ。EUや他の地域の留学生がロンドンへ来るのは、勉強のためだけではない。ロンドンという唯一無二の、刺激的な街のすべてを知りたい——そんな思いで来るのだ。しかし、その多くはこの街でクリエイティブでいられることも、経済的に安心することも叶わないと考え故郷へと帰るか、もしくは他のクリエイティブな都市に移り住む。

ひとりひとりの声の重要性について、ライザはこう話した。「投票しなければ、抗議の声を上げる資格はない。誰もが投票すべきよ。投票するのに必要なのはたったの5分だし、投票場所はいたるところに設置されてるもの。何を信じていようと、投票しなくていい理由なんてないの!」

Credits


Text Chekii Harling
Photography Anabel Navarro Llorens
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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