VRで巡る、ビョークの宇宙

現在、世界を巡回している『Bjork Digital』展。自然とテクノロジーが調和した未知の世界へようこそ!

by Rosie Dalton
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16 June 2016, 5:39am

シドニーのアートセンターCarriageworksでビョークのアートエキシビションが開催されている。世界の都市を巡回するこの展覧会で、ビョークは体験型の映像作品とともに、それらに費やされたクリエイティブな制作プロセスを明かしている。VR(バーチャルリアリティ)は現実よりも親密なものとなりうる——そうビョークは言う。その言葉が彼女の口から発せられると、それは美しい詩のように響いた。それも驚くべきことではないのかもしれない。ビョークという音楽界の一匹狼、孤高の天才が発する言葉なのだから。驚くべきは、ヘッドセットの向こうに待っている世界を体験すれば、誰しも彼女の真意を理解できてしまうということだ。このエキシビションで、彼女は360度の視界を実現する技術を探り、それを用いて、テクノロジーへ壮大なトリビュートを捧げている。

光と音楽の祭典Vivid Sydneyの一部として開催されている『Bjork Digital』展には多くの"初"が用意されている。アルバム『Vulnicura』に収録されている「Notget」のビデオはこの展覧会でプレミア公開され、シドニーでは初となるビョークのDJプレイを披露、そして「Stonemilker」が初めて完全な形で公開されるのだ。"完全な"と言うには理由がある。「Stonemilker」はすでにYouTubeで公開されているが、今回のバージョンを体験すると、YouTubeバージョンがただの"観賞用"であったことがわかるからだ。『Vulnicura』からのビデオのほとんどがそうであるように、「Stonemilker」は、ビョークの故郷アイスランドの美しいビーチを360度のパノラマで体験させてくれる。この作品は、エキシビション会場に用意されているヘッドセットを装着せずには体験することができない、不思議な未来的体験になっている。ヘッドセットを着けた者は、その世界に迷い込んだような感覚に陥ることになる——ビョーク本人が言うところの"ワーグナー的"体験作品だ。「究極の体験」とも彼女は言う。「規模感をシアトリカルに体験することができる作品です」

テクノロジーありきの展示のように聞こえるが、ビョークはテクノロジーに関して、「結局のところ、それはツールでしかない」と語っている。原始人が火を見つけたようなもの、と。良いものにも悪いものにもなりうる、そんな二面性について言っているのだろう。しかしそこでもまた、彼女が世界を飛び回って人々に届けようとしているこの展覧会がテクノロジーありきのものであることを考えると、彼女の言葉には驚きを隠しえない。彼女が作り出すものはいつでも私たちを未知の世界へと連れていってくれる。彼女にとって、テクノロジーは単に音楽を高めてくれる媒介のひとつにすぎない。そして、まさにそのことこそが『Bjork Digital』展の核心なのだ。

今展は、ビョークのいうところの「胸を引き裂かれた、ある体験」を綴ったアルバム『Vulnicura』へのオマージュとなっている。エキシビション全体には、感じ取らずにはいられない孤独感が漂う。5部構成の展示は、10分に及ぶ『Black Lake』で始まる。Track 12と呼ばれるCarriageworksの一室で上映されているこの作品だが、コラボレーターのジェイムズ・メリー(James Merry)は、ビョークが追求する音世界を実現するため、部屋の中に部屋を作るような工夫を施したと話す。カーテンは新たな壁として機能し、ガーゼを巡らせた天井が室内の音響をコントロールする。そこに生まれた音は大きくインパクトを持ち、上からも下からも、右からも左からも、観るものを囲みこんで、「Black Lake」の映像世界を完成させている。

次の部屋へと進むと、オーストラリアでは初公開となった「Mouth Mantra」(ジェシー・カンダとのコラボレーション作品)がVRで上映されており、その先には「Stonemilker」の3-Dビデオ、そして世界初公開となった「Notget」が上映されている。そしてエキシビションの終わりには、2011年にビョークが発表した前代未聞のマルチメディアアルバム『Biophilia』へのトリビュート作品が展示されている。このアルバムは現在、スカンジナビア全域で学校のカリキュラムとして使用されている。ビョークは今でもこの技術について語るとき、明らかにイキイキとした表情を見せる。「音楽というものをやっと形にできた。自分が子供だったとき、こんな風に学べたらよかったなと思うような形に」と彼女は説明する。「音楽を二次元的な本というもので学ぶというのは、音に対する侮辱だと思っていたから」。マルチメディアアルバム『Biophilia』にはタッチスクリーン技術が用いられ、子供たちは触れることで音楽とその科学的概念を体験し、学ぶことができるのだ。かつては10時間の読書を通して理解されてきたものを。

ツールでしかない、とビョークが言うテクノロジー。彼女はここで、そのツールを最大限に使いこなしている。公開されている映像はそれぞれ異なる技術を用いて撮影されているが、だからこそ、それら全てをまとめて、ひとつの作品として展示公開したかったのだそうだ。「『Vulnicura』は、私がこれまでで唯一、時系列で物語を綴った作品。『Vulnicura』にとっての物語は、人体にとっての背骨のようなもの。バーチャルリアリティ映像を使って物語を表現することは、このアルバムの趣旨にかなっていると思ったの」。しかし、「"全てのビデオをひとつの作品として公開して、DJもする"という提案にリスクを感じて躊躇している人たちも多くて、会場探しは難航した」とビョークは話す。「そこにVivid Sydneyが名乗りをあげてくれた」ことで、道が開けたのだという。

ビニール素材のボウタイブラウスと、ジェイムズ・メリー作のヘッドドレスに身を包んだビョークが現れる。その容姿、その声、そのエネルギーには、1996年にi-Dの表紙を飾った頃の彼女の若さがいまなお健在だ。しかし、ヘッドドレスに配された真珠の向こうに覗く目には、歳を重ねることでしか得られない深みがある。音楽の母ビョークは、現在50歳にして、いまだ果敢に音楽に取り組んでいる。『Vulnicura』はビョークが作ってきた音楽の中でも際立ってパーソナルな作品だ。それをVRで届けようという試みは、適切でもあり前衛的でもある。ビョークはこのアルバムのリリースについて、「自然の地滑り」のようだったと語っている。正式発表を前にインターネット上でリークしてしまった経緯ももちろんだが、あの時期に彼女が突き動かされていると感じたその感覚を指しているようだ。「ビジュアルをいくつか作ってみて、そこに生まれた波に乗ってみよう、その流れに身を委ねようと思ったの」とビョークは話す。展示のスペースを作っていく中で、彼女はVRが「自然の流れの末に、このアルバムが帰る場所になる」と気付いたのだそうだ。なんと美しい矛盾だろうか。そして、自然とテクノロジーの合流という『Bjork Digital』の本質もまた美しい。

しかし、デジタルが作り出す世界観に傾倒しすぎてはならない。ビョークが世に送り出しているのは、なんといっても音楽だ。2晩にわたって行われたDJプレイや、『Bjork Digital』の制作にしても、彼女を突き動かしたのは、音楽なのだから。VRは、その音楽という体験をより高めるために用いた媒介でしかない。もしくは、ビョーク本人が語るように、アルバムの核心に「到達する」ための手段だった。この展覧会は、ビョークの心の旅を映し出している。『Vulnicura』というコラボレーションとクリエイティブな創造のプロセスを体験できる旅だ。火が、文明進化のツールでしかなかったのだとすれば、VRはビョークの物語を彩るひとりの登場人物でしかない。VRという発見されたばかりのツールを手にした彼女にとって、それを活かそうと試行錯誤するプロセスは、「目隠しをして未知の世界へと足を踏み入れ、10年前の自分ではなく今の自分を発見する旅」だ。まさに『Bjork Digital』で真っ暗な部屋へと足を踏み入れたときの感覚そのもの。そしてそれは、出発する価値がある旅だった。

日本では6月29日(水)より日本科学未来館にて開催予定。

Credits


Text Rosie Dalton
Photography Santiago Felipe
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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