Photography Mitchell Sams

歴史を現代によみがえらせるマリア・グラツィア:Dior 18-19AW クチュール・コレクション

伝統的な女性らしさのリアルを兼ね備えたモダンなドレス。

by Osman Ahmed; translated by Aya Takatsu
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jul 9 2018, 5:52am

Photography Mitchell Sams

「現代のクチュールとは、つまりコンセプチュアルなジェスチャーだ」。Diorのブランド設立71周年を祝して71ルックが披露されたマリア・グラツィア・キウリのDiorクチュール最新コレクションのノートには、そう記されていた。「だがそれは、確立したシステムと最大限に自由なクリエイティビティが交差するものでもある。マリア・グラツィア・キウリにとって、クチュールは反乱と同種のもの。節度を守りつつも、凝り固まった伝統との境目を破壊するイデオロギーのゲリラのようなものなのだ」

だが、コレクション自体にはコンセプチュアルな部分はほとんどなかった--スウィートで豪華な直球のフェミニンだ。Diorの大ヒット展覧会「クリスチャン・ディオール:夢のデザイナー」が、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で来年開催されるという知らせがあったあとなので、ショー会場がロダン美術館だったことはそのちょっとした先取りのように感じられる。Diorの70年にわたる歴史を象徴するデザイン、白いコットントワレも惜しみなく披露された。そのオリジナルは、2017年パリ装飾美術館で展示されたものだ。


もちろん、現代の基準からすると、クリスチャン・ディオール氏はフェミニストとはほど遠い存在である。実際、彼の“ニュールック”は、女たちをコルセットと露出の少ないスカートに導くことで、女性解放運動を10年前の状態に戻したという議論も多い。「私がデザインするのは、ソフトなショルダーラインからなる女性の花、花盛りのバスト、しなやかで細身のウェストライン、そして花冠と同じくらいふんわりとしたスカートです」。1954年に出版された『The Little Dictionary of Fashion』のなかで、ディオールはこう熱く語っている。

現代では、そういった香水をつけた手袋的フェミニンさは理解され難いものだ--そしてかなり文字どおり、Diorのメッセージは、私たち全員がフェミニストになるべきだというもの。しかし、そう思いきや、第4次フェミニズムが伝統的フェミニンの新しい感じ方を導いたことで、甘ったるいフェミニンさが今やいたるところに蔓延している。

例えば、かつて女性たちは、職場でまともに扱ってもらうため、角ばった肩とマニッシュなテーラリングで集まったものだが(クチュールを着るような人はあまり働く必要がなかった)、現代では装うということはあけすけなフェミニンさとキュートさ、“ガーリーさ”と同義なのだ。シモーネ・ロシャやモリー・ゴダードの成功を見るがよい。言い換えれば、花やバルーンスカートへの愛に浸っても何の問題もないということだ。

キウリによる皇太后カラーのくすんだサテンのボールガウンが、その一例だ。ムッシュ・ディオールが手がけたオリジナルのスリーインワンコルセットには、ヒップやバストを引き立てる取り外し可能なフリルがついており、超硬い砂時計型のものの下に着られていたが、マリア・グラツィアはこの極端なシルエットを緩め、そのチュールおよびゆるやかなプリーツへの愛でソフトに仕上げている。高度な職人技もまた、静かに、だが力強く披露された--たったひとつの記事パーツから縫い上げられた緋色のサテンカラムドレスや、彫刻のように身体に沿うマダム・グレふうプリーツなどがその好例だ。

マリア・グラツィアがやったのは、この歴史あるメゾンの核となるコードやルールを取り入れ、かつそれを21世紀向けに慎重に変化させること。それは、伝統的な女性らしさのリアルを欲する人たちに向けた、腰を曲げても肋骨にヒビが入ったりしない現代版の女神ドレスなのだ。彼女のチュール服をまとった女性でいっぱいの部屋を見わたすと(よく晴れた日の午後3時に)、これを欲しがる人がまだまだいるということが明らかになる。そしてオートクチュールの世界においては、それこそが大切なのだ。

This article originally appeared on i-D UK.