『私はあなたのニグロではない』映画評

差別はどのようにして生まれるのか? 60年代公民権運動の論理的支柱となった作家ジェームズ・ボールドウィンやマルコムX、キング牧師らの声が、いま鮮やかによみがえる。トランプ政権下のアメリカで異例のヒットを記録した本ドキュメンタリーを翻訳家の三辺律子がレビュー。

by Ritsuko Sambe
|
10 May 2018, 10:24am

ちょうどこの映画の紹介を書こうとしたときに、ケンドリック・ラマーのピューリッツァー賞音楽部門受賞のニュースが飛びこんできた。本作のエンドロールでは、ケンドリック・ラマーの「The Blacker The Berry」が流れる。グラミー賞の授賞式でのパフォーマンスがまだ記憶に新しいが、大論争を巻き起こしたこの曲、ラストはこの1行で終わる。

So why did I weep when Trayvon Martin was in the street when gang banging make me kill a nigga blacker than me? Hypocrite!
(じゃあ、トレイヴォン・マーティンが通りで殺されたとき、なんでおれは泣いたんだ? 自分はギャングの撃ち合いで、自分より黒い「ニガ」を殺してるのに? 偽善者!)

トレイヴォン・マーティンは、2012年、17歳のときにヒスパニック系の自警団員ジマーマンに射殺された。ジマーマンが正当防衛で釈放されると、アメリカ全土で抗議の声が上がり、後のブラック・ライヴズ・マターの人権運動に発展する。

その55年前、パリで執筆活動をしていたジェイムズ・ボールドウィンは、ある写真を見て、故郷のアメリカへ帰ることを決意する。スクリーンに映しだされるその白黒写真では、チェックのワンピースを着た黒人の少女が、大勢の白人の若者に囲まれながらも、毅然とした表情で歩いている。アメリカで初めて黒人として高校に入学したドロシー・カウンツだ。白人の若者たちは、たった15歳の彼女をあざ笑い、唾を吐きかけている。そこへ、ボールドウィンの言葉が流れる。「パリで議論している場合ではない。われわれの仲間はみな責任を果たしている」こうしてボールドウィンは帰国し、メドガー・エヴァース、マルコムX、キング牧師という偉大な公民権運動家と交流、自らも運動に身を投じる。

監督のラウル・ペックは、彼らの演説やインタビュー映像はもちろん、新旧の映画作品、テレビ番組、ニュース映像など、さまざまな素材を独自に組み合わせ、単なる黒人対白人という構図でない、新たな視点を提供する。なかでも、映画に登場する黒人の描かれ方を通して、白人が作り上げた黒人像=「あなたのニグロ」を浮かびあがらせる手腕はあざやかだ。『アンクル・トムス・ケヴィン』(1927)に登場する従順な奴隷や、ステレオタイプのおどけ者役、『手錠のまゝの脱獄』(1958)で描かれる黒人と白人の絆。そこから浮かびあがるのは、白人が黒人に押しつける「黒人という役割」だ。

テレビ番組では、ある“リベラル”な学者はボールドウィンに問いかける。「なぜ人種なんて気にするんだ? わたしはあなたの作品を評価している、それでいいじゃないか」と。

それから、約半世紀以上たった現代、冒頭のトレイヴォン・マーティン射殺事件(2012年)以外にも、黒人のオスカー・グラント三世射殺事件(2009年 映画『フルートベールの駅で』にくわしい)、ミズーリ州ファーガソンでの白人警官による黒人青年マイケル・ブラウンの射殺事件(2014年)など、似たような事件が続発している。そして、その事件を歌ったケンドリック・ラマーは、「現代のアフリカ系アメリカ人の複雑な人生を捉えている」としてピューリッツァー賞を受賞した。ボールドウィンが生きていたら、この状況をどう見るだろうか。

一方で、ケンドリック・ラマーが音楽をプロデュース・監修した映画『ブラックパンサー』は、主要キャストからスタッフまでほとんどが黒人で作られ、未曾有の大ヒットを記録している。ちなみに『ブラックパンサー』の監督は、『フルートベール駅で』のライアン・クーグラーだ。 昨年度のアカデミー賞も、ボールドウィンと同じ黒人でゲイというマイノリティの少年を主人公にした『ムーンライト』が受賞した。『ムーンライト』のバリー・ジェンキンズ監督は、次作でボールドウィンの『ビール・ストリートに口あらば』を撮る予定だという。レイプの罪を負わされた黒人の青年と、彼の子を身ごもっている恋人の物語だ。

今ふたたび、ボールドウィンの問いかけが大きな意味を持ってもどってきている。「白人はなぜニガーが必要だったのか?」 映画のなかで、ボールドウィンはそう問いかける。差別とは何なのか。ボールドウィンは続けて言う。「それを問えば未来はあります」と。

関連記事:HIPHOPの王様:ケンドリック・ラマー インタビュー

『私はあなたのニグロではない』
5月12日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

Tagged:
Malcolm X
martin luther king
I Am Not Your Negro
Raoul Peck
Medgar Evers
James Arthur Baldwin