『バッファロー'66』の知られざる7つの秘密

実はミュージカル作品だった!

by Oliver Lunn; translated by Ai Nakayama
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23 January 2019, 7:22am

今でこそインディー映画の名作として愛されている『バッファロー'66』だが、公開された1998年当時の評判は最悪だった。例えばCNNは、本作を「笑っちゃうほど冗長な繰り返しで、うぬぼれが目に余る」と評していた。しかしどんなにひどい評判でも、監督の名前はみんな知っていた。ヴィンセント・ギャロ。演技、脚本、監督、絵画、音楽制作、とマルチな才能を誇る彼の監督デビュー作が『バッファロー'66』であり、本作でも彼は、すべて(多分ケータリング以外)を務めた。そして米国アート系映画の新たな寵児として、ハーモニー・コリンやラリー・クラークと肩を並べたのだ。

ムショ帰りの繊細な男が少女を誘拐し、自分の両親の前で妻としてふるまうよう強制する、というストーリーの、ヒリヒリと美しい本作。公開から20年以上経ったが、魅力はまったく失われていない。想像してみてほしい。ボウリング場で、KING CRIMSONの「Moonchild」に合わせてタップダンスを踊るクリスティーナ・リッチを。「生まれてこのかた 僕はずっと孤独」と歌うギャロ本人の歌声に合わせて流れるオープニングのクレジットタイトルを。赤いブーツにタイトなレザージャケットを合わせたギャロの姿を。ギャロの監督作品のなかでも特に人気の本作について、知られざる真実をお教えしよう。

1:そこまで自伝的要素は強くない
『バッファロー'66』を観たひとの大半が、主人公のビリー・ブラウンはギャロ本人だ、と考えるだろう。たしかにギャロの出身もバッファローだ。だが、彼の人生すべてが投影されているわけではない。「俺のことを知らないひとはこの作品を自伝的だと思うだろうが、違う」とかつてKCRW Radioでのエリック・ミッチェルによるインタビューでギャロは主張した。「母親と父親のキャラクターはそう。だけど俺は違う。世間では俺が俺をそのまま演じてると思われがちだけど、俺はキャラクターを演じてるんだ。そのキャラクターのモデルは俺の父親。あるいは俺の人生に父親の影響がもっと大きかったら俺はこうなっていたかも、という想像の俺だ。あと作品のラスト5分は、めちゃくちゃ気分の良いときの俺」

2:ギャロは演技にリアリティを求め、カメラが回っていないときもクリスティーナ・リッチにひどい態度をとっていた
クリスティーナ・リッチが映画の宣伝でトーク番組『Conan』に出演したさい、司会を務めるコナン・オブライエンが、『バッファロー'66』撮影中のギャロとリッチの仲は険悪だった、という有名な逸話についてこう尋ねた。「ギャロはこの嫌なキャラクターを造形するために、カメラが回っていないところでもあなたにひどい態度をとっていたと?」。これに対し、リッチはこう答えた。「ええ。彼はかなり役に入り込んでたんです。そうだと知らなかったので怖かったですね」。「実際に撮影に入る前は、すごく感じがよくて。でも撮影が始まると、テイク前とかに結構怒鳴られたりしました。まあ怒鳴るまでいかなくても、『ニキビが2個もできてる』とか嫌味をいわれたり。でも彼は役に入り込んでいるだけだって気づいたんです。きっと、私のリアルな反応を引き出そうとしてたんでしょうね。実際にそうなりましたし」

3:画家としてのキャリアが本作の映像の美しさに貢献している
『バッファロー'66』の撮影監督はスパイク・ジョーンズ作品の常連、ランス・アコードが務めた。しかし本作のショット、特に構図や色味はすべてギャロ本人が決めた。「画家、アーティストとして活動してきてるから、俺にとって構図は超重要」とギャロは語っている。彼はかつてバスキアとバンドを組んでいたこともあり、1980年代には主に画家として活動してきた。「カメラの位置にはこだわった。今のロックのMVや広告ってひとの目ばかり気にした、テンポの速い映像が多い。今の映画ですらそうかもしれない。俺はそういう映像に影響を受けた作品なんてつくりたくなかった」

4:本作の公開後も、ギャロはまったく金が稼げなかった
『バッファロー'66』をきっかけに、ギャロはシンデレラボーイとして引く手あまたのスターとなった、と思っているかたは多いだろうが、実際そうはならなかった。本作公開後のギャロは、むしろ完全に破産状態だったという。「俺の作品はインディ映画興行収入ランキングで1位をとった。でも何の仕事のオファーも来なかった」と上述のインタビューで告白している。「脚本も、監督も、製作も、主演も、劇伴も俺がこなしたのに、PAのオファーすらない」とこぼすギャロに、PAのオファーが来ても受けないくせに、とミッチェルが指摘するとギャロはこう答えた。「適正価格なら受けるよ。実は今結構キツいんだ。今日、ここに来るにも車を借りてきたくらいなんだから」

5:『バッファロー'66』を批判した批評家たちの前にギャロが登場する、というとんでもないテレビ番組があった
そんなすばらしいアイデアを実現したのは、Sky TVの映画番組だ。大勢の批評家を集めて、1本の新作映画について互いに率直な意見を交わし合う。そこに監督本人がサプライズで登場する、という運びだ。『バッファロー'66』の回で、ある批評家がこう発言していた。「誰かがギャロの耳元でやさしく、『こんな映画つくらなくていいんじゃない?』とささやいてあげればよかったのに」。そしてワルツが流れだし、ブルーのトラックスーツで決めたギャロが登場。何が起こったかを把握したときの批評家たちの色を失った姿は見ものだ。ギャロはある批評家にこう言い放つ。「調査が足りない。俺の出自についての情報も読んでないだろ」。もうひとりの批評家には、「あんたには何て声をかければいいかもわからない。あんたのコメントはバカみたいに難解で、何がいいたいか俺には理解できなかった。この作品を気に入ってもらえなかったってことは、あんたは映画自体にもう飽きてるんじゃないか?」

6:現像も困難な、旧式のフィルムストックを使用した
ギャロは『The Public』誌のインタビューで、『バッファロー'66』では〈リバーサルフィルム〉と呼ばれる、ほぼ廃れたフィルムを使用していたことを明らかにしている。「リバーサルフィルムはずっと昔、ニュース写真で使用されていた。撮影して、現像せずともすぐに確認できるから」とギャロ。「でも35mm映画では使われたことがない。プリントに必要なネガをつくれないから。それに露光が出来を左右する。この映画でも、俺はかなり照明を使った。現像したらもう色補正はできない。リバーサルフィルムでは、撮影時に適切な露光調節と色調節が求められる。あとから補正できないから」。だから本作の色味はこんなに明るく映るのだ。

7:実はミュージカル作品だった
『バッファロー'66』で使用されている音楽は、数曲を除きすべてギャロの手によるものだ。「誰も気づいてないけど、この映画はミュージカルだ」とギャロは明かす。そう聞いて、クリスティーナ・リッチがKING CRIMSONの「Moonchild」に合わせて踊るタップダンスのシーンを思い出し納得するひとは多いだろうが、あのシーンだけじゃない。「俺にとってこの映画はミュージカルで、使われているミュージカルナンバーの、作品における重要性は大きい。作中の音楽はある意味、伝統的な〈ミュージカルナンバー〉と同じだ。俺のクリエイティビティ、俺の美学、俺の価値観は間違いなく音楽を聴いて、そして音楽を演奏することでかたちづくられた」。もちろん彼のいうミュージカルは、いわゆる普通のミュージカルとは違うようだ。「俺は心の底からミュージカルがつくりたいと望んでた。唯一無二の、繊細なミュージカルを」

This article originally appeared on i-D UK.

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