『へレディタリー/継承』主演アレックス・ウォルフが体験した地獄
スター子役からホラーの帝王へ。今年一番の話題作となったホラー映画『へレディタリー/継承』の新たなスター、20歳のアレックス・ウォルフにインタビュー。
This article originally appeared in i-D's The Earthwise Issue, no. 353, Fall 2018.
アレックス・ウォルフ(Alex Wolff)は、今年一番の話題作となるホラー映画に出演することになるなど、想像もしていなかった。そもそもホラー映画への出演自体、彼にとって予想外の出来事だったのだ。2007年、ニコロデオンで放送された『ネイキッド・ブラザーズ・バンド』に出演し、兄ナットとともに一躍有名になったアレックス。現在20歳の彼は、本作の脚本を読み始めた当初は、これから始まる悪夢に気づかず、落ち着いていたという。この夏映画館に足を運んだ映画ファンと同じように。
「最初はホラー映画だとわからなかったんです。あの出来事が起こるまでは」とマンハッタン生まれのアレックスは、本編40分あたりのシーンに言及した。静かなファミリードラマが、吐き気を催し顔を覆いたくなるようなホラーに一変する瞬間だ。サッカーボールが腹を直撃するような衝撃が観客を襲う。「あの瞬間までは『ティーンエイジャーを見事に描いた脚本だな』と思ってました。でも、突然コカインを吸ったみたいにめちゃくちゃになって地獄に落ち、何もかも手に負えなくなるんです」
アレックス演じるピーターは、心優しい父親スティーヴ(ガブリエル・バーン)と、悲しみに暮れる母親アニー(名優トニ・コレットが鬼気迫る演技を見せた)の16歳の息子。本作は、謎多き祖母の死後に一家を襲う予想外の出来事を描いている。その最大の謎に関わっているのが、ピーターと13歳の妹チャーリー(ミリー・シャピロ)だ。彼女が繰り返し舌を鳴らす、耳障りな湯沸かし器のような音は、観客を狂気のふちへと追いつめていく。

アレックスの演技の注目すべき点は、従来のホラー映画らしくないことだ。想像を絶する破滅的な状況にも、とても静かかつ人間的でティーンエイジャーらしい反応を見せる。観客は自分ならどうするだろう、と考えずにはいられない。「ホラー映画らしくないのは、ホラー映画をつくろうとしたわけじゃないからだと思う」とアレックスは説明する。「この作品の狙いは、観客をとことん追いつめること。アリ・アスターはすばらしい監督です。だからこそ、この作品はさらに恐ろしくなった。僕たちはひたすら感情的に追いこまれていくんです」
観客はホラー作品をどれだけ観ても飽きることはないらしい。『ゲット・アウト』から、『RAW 少女のめざめ』『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』『ストレンジャー・シングス 未知の世界』、そして最近ではジョン・クラシンスキー監督の『クワイエット・プレイス』まで、ハリウッドのホラー作品はここ数年で空前のリバイバルを迎えている。代わり映えのない報道にしろ、米国社会に浮かび上がった根深い恐怖にしろ、ホラー作品に現実逃避を求める人が増えつつある。地球全体が手に負えない状況に陥りつつある今、ホラーによって感情を解放しようというのだ。
「すごくエキサイティングだったけど、精神的な負担も大きかった。正直、疲れ果てて憂うつなときもありました」。しかし、カタルシスも得られたという。「セラピーのような感じ。一度は追いこまれたけど、それを乗り越えました。同じようなことを舞台でも体験したことがあります。でも、これほどやりがいのある挑戦は、後にも先にも今回だけだと思います」

確かに、本作でのアレックスの演技は、彼の母親で女優のポリー・ドレイパーが製作総指揮・監督・脚本を手がけた愉快なモキュメンタリー『ネイキッド・ブラザーズ・バンド』で見せたものとは程遠い。ニコロデオンが『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』に対抗して製作したこの作品で、アレックスと彼の兄は2年間に渡り、架空のロックバンドのドラマーとボーカルを演じた。『ネイキッド・ブラザーズ・バンド』は3シーズンに及び、単純明快なロックミュージックを収録したアルバム2枚と、『ギター・ヒーロー』風のビデオゲームが発売された。「あの番組で8歳頃の自分の演技を観ると『すごく自由だな』と思う」と彼は初めて演技に触れた瞬間を振り返る。「でも11歳から16歳頃の演技は『おいおい、一体何をやってるんだ?』って。このくらいの年になると、みんな自分を守ろうとして、自分という人間をつくり始めるんです。この体験から気づいたのは、これから先もそうですが、ティーンになってから学んだことは忘れたほうがいいということ。子どもの頃の感覚に立ち返り、物事に瞬間的に反応したり目の前のものに集中するべきだ、と」
兄とのロックデュオ、Nat & Alex Wolffとして楽曲を発表し続けるかたわら、アレックスは最近初めてカメラの後ろに立った。2019年公開予定の彼の監督デビュー作『The Cat and the Moon』は、母親が更生施設に入ったため、年上のジャズ・ミュージシャンと暮らし始める子どもの物語だ。スター子役からホラーの帝王へと変身した若き俳優は、第二の矢を放とうとしている。その勢いはとどまるところを知らない。

「イーサン・ホークの『アートの分野とは握り拳の指のようなもの』という言葉が好きです。音楽、演技、監督業は、アーティストの握り拳を形づくる指なんです。全て同じものの一部であり、同じように刺激を与えてくれる」
「いろんな活動をしていると、どれかひとつを選びなさい、と周りから妙なプレッシャーを感じることもある」とアレックスは打ち明ける。「でもそんなときは、やりたいことは何でもできるというカニエ(・ウェスト)の言葉を思い出します。明日彫刻家になりたくなったらなればいい。そういう自由な発想が好きだし、みんなにもそう思ってほしい」
今後またホラーに出演する予定はあるのだろうか。「うーん、それはわかりません」と彼は笑う。「作品次第です。アリが監督なら引き受けますが。でもあえてホラーを選ぶことはないと思います。今回みたいな作品はめったにないだろうから」




Credits
Photography Zachary Chick
Styling Mark Jen Hsu
Grooming Jessica Ortiz at Forward Artists. Set design Two Hawks Young. Styling assistance Tolganay Seitzkazina.
This article originally appeared on i-D UK.